第17話 狸原&猪子戦、開始!

 第二試合開始の鐘が鳴ったと同時に、兎川は敵陣に向かって走り出す。いつもの光景だ。


 俺は守備担当として、自陣の旗の周りをうろちょろとする。暇だなぁ。


 ふと視界の端に、揺れる影を察知した。まだ慣れない魔法視サングラスの映す光景では、イマイチその姿が視認ない。試しに額までそれを押し上げてみると、そこにいたのは木の陰からこちらの様子を覗いている相馬だった。いや、バレバレだぞ。


 それにしても、なんだか気まずい。試しに手でも振ってみようか。俺たち、仲良くなれると思うんだがな。方法は知らないけど、お互いに同担拒否とかなさそうだから。


 そこで、ザザッと兎川から無線が入った。


『――亀山くん、そっちに相馬くんはいるかしら?』


 そういうことか。相馬がわざわざこちらへ近寄らないのも、できうる限り隠れていようとするのも、俺の目のことを分かっているからだろう。


 もうこれは、例の事件と同じ状況だ。俺の目ってば、相馬の属性を完全に殺しちゃってるじゃないか。ハハハ。でも諦めるなよ。あのときのように、戦闘態勢になろうぜ? 今は兎川いないぞ?


 俺は試しに「おーい」と手を大きく振ってみた。すると相馬は、さっと木の陰に引っ込んでいった。悲しみ。


「……おう、いるぞ。ちなみにメガネは外してる」


『了解。もう片付くわ』


 おそらくこれまでの試合は、相馬のドッペルゲンガーを頼りに乗り切ってきたのだろう。なんか、すまんね。視聴者各位、多方面に謝っておこう。スミマセン。


 敵陣方向から兎川が駆け戻ってくる。追手はなし。相馬もそのまま負けを悟ってか、動く気配すらない。いや、もしかしたら兎川がいない時点で、もしくは俺たちと当たった時点で悟っていたのかもしれないな。

 そんなことをぼんやりと考えながら、俺は念のために旗を見守っておく。


 すると、兎川が白い旗をひらひらと揺らしながら、涼しげに歩いてきた。制汗剤のコマーシャルができそうなくらいの冷涼さだ。


 絵面的には降参を意味する白旗を振っているわけだから、少々複雑なものを感じるが、まあこれで勝ちである。旗のサイズ的には、バスガイドに見えなくもないから大丈夫だろう。


「ただいま戻ったわ」


「ああ……おかえり」


 兎川が自陣に到着したタイミングで試合終了のホイッスルが鳴り、会場全体に『試合終了! 兎川&亀山ペアの勝利! なんとなんと、大会本戦最短記録更新です!』とのアナウンスが流れた。

 俺、本当に何もしてないな。



  **



 午後、来る準決勝。対狸原&猪子ペア。


 試合前の兎川は、いつも以上に周りが見えていない様子だった。作戦を尋ねても、冷たく「いつも通りで結構だわ」と返すばかりだ。


 俺が事前に訊けたのは、狸原は「土砂」を操り、猪子は「身体強化」を最も得意とするらしい、というそれぞれの属性だけだった。


 俺としてはどこかスッキリしないが、兎川ならなんとかしてくれるのだろう。大会にかける思いも彼女のほうが大きいし、信じる他に選択肢はなかった。


 開始の鐘が鳴る。いつも通り、兎川は敵陣へ向かって走り出した。


 俺は守備担当として、自陣の旗の周りをふらふらとする。今回くらい、少しでいいから出番があってもいいと思う。ほどよく邪魔をして、「亀山、なんか邪魔」とか言わせてみたい。


「んー……」


「やぁーやぁー。オマエ、亀山だっけか? 鹿島に聞いてるぜー」


 これまで通りに暇を持て余そうと全身を伸ばしていると、不意に男子生徒から話しかけられた。金色に染めた短髪の下に、好戦的な笑みを湛えている。ガラ悪いな。


「……そう言うおまえは猪子、だよな」


「んそ。オレっち、猪子亮次! んじゃ、早速……――遊ぼうぜ?」


 ――ッ。鳥肌が立った。嫌な予感がする。


 猪子は力を貯めた足で地面を強く蹴り、力を貯めた拳で勢いよく殴りかかってきた。

 猛然としたその攻め姿勢に、俺は危機を感じて身構える。反射的に『対魔力防御』で防ごうとしたが、勢いが落ちる様子がまるっきりない。


「んな……っ……ぐ、ぁ……っ!?」


 俺は咄嗟に腕をクロスして受け身を取った。しかし、真正面から受けてしまうのはよくなかった。よろけながらもなんとか立っているが、両腕に受けた衝撃が骨を伝って、全身に痺れが広がっていく。声が上手く出てこない。


「もう一発! そらぁぁ!」


 猪子は一歩下がって助走をつけた。もう一度同じスタイルでの拳が来る――のかと思いきや、今度は足技だった。横向きになって、力を溜めてから回し蹴りを繰り出してくる。


「――ッ、がは……ッ!」


 他に方法が思いつかなくて、俺はまた両腕で防御態勢を取った。

 だがやはり今度は受け止めきれず、まるで何かに轢かれたような勢いで、身体が後ろへ吹っ飛ばされる。背中を思いっきり木にぶつけたため、一瞬だが意識が飛ぶかと思った。人間、そこまで丈夫にできちゃいないんだが!?


「ぅ……く、はァ……。いっでぇ……ッ!」


「おぉーっ、マジで事前についたスピードまでは無効化出来ねぇようだな! 上々上々!」


 非常に悔しいことながら、猪子の言う通りだ。以前、箒がぶっ飛んできたように、こういう物理強化みたいな魔法だけは、どうも打ち消すのに一歩遅れてしまうらしい。だから、攻撃をもろに食らうことになる。俺の弱点、鹿島経由でバレバレかぁ。

 というか、なんなんだよコイツ。旗元が空いてるっていうのに、そっちには見向きもしないで俺を追いかけてくるじゃないか。俺のこと好きなの? 野郎はもうご遠慮ですが?


「はははっ。もっと楽しませてくれよ、亀山ァ!」


「おいおい本気かよ、まだやるのかよ……っ!?」


 猪子としては軽く吹っ飛ばしているだけなのかもしれないが、こちとら既に全身が悲鳴を上げていた。そもそも体術がそこまで得意じゃないんだぞ、俺は!


 食後だから脇腹だって痛くて、上手く走れる気がしないし。いや、この現状では逃げるしかないから走るけども。サイコホラー映画の一場面かよ。なんでこうなってるんだ。


 猪子は身体強化の魔法によって、猛スピードで追って来るからすぐに追いついてくる。たとえ俺が打ち消しに成功しても、素の高い身体能力によって余裕で追いつかれてしまう。そして追いつかれては、拳や蹴りで何度も吹っ飛ばされそうになった。


 唯一の幸いは、猪子があまり器用じゃないことだ。奴は常に猪突状態で猛進してくるため、ギリギリ回避できれば隙を作れる。


「うおりゃぁぁっーあぁーっ! 亀山ぁー避けんじゃねぇぇーぇ!」


 だから今も俺は、割と派手にズコォーッ! とすっ転んでいる。名付けて、転け避けだ。これってば、隙は作れても余裕は生まれないんだわ。つまり、ダメージは順調に蓄積中である。


「っ……い……っ、たたぁ……っ」


 背中からいったこの転び方は最強にかっこ悪いな。


 そういえば、兎川はどうしてるんだろうか。さっきの試合みたいな無線が一切ないし、大丈夫なのかよ?


「なあ、おい兎川? もしもーし?」


 こちらから呼びかけてみるが、応答は一切ない。何のための無線だ。


 あーいや、俺が上手く繋げられてない可能性もあるのか。初めてこっちからかけるんだし、改めてやってみよう。えっと、発信ボタンはどこに――。


 メキッッ! メキメキッ、メキメキメキメキッッッッッ!


「なん……だ……!?」


 嫌な音がして見上げてみると、今さっき激突した木が段々と傾いてきている。


 そして、俺はちょうどその真下にいるのだ。危ないと脳が分かっていても、身体のほうは一ミリも動かない。


『――亀山くん?』


 刹那、一本の大きな木がこちらに向かって倒れてくる。俺の周りが、夜の帳でも降りたかのように暗くなって……。


 ――次の瞬間の意識は、もうなかった。

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