第16話 本戦当日。

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 他試合の観戦ができなかった予選と違って、本戦は開始前からかなりの盛り上がりを見せている。というか、もう祭りレベル。文化祭への期待が増すというものだ。何月だっけ?


 試合会場の第三体育館入り口には『新入生お披露目会!』や『FMBT 本戦!』という横断幕が掲げられ、露店も数軒出ている。なんなら、賭博スペースまで――と見つけたそばから、警備担当のキリッとした女子生徒に取り締まられていた。ご愁傷さまです。


 辺りを見回すと、腕章をした生徒がちらほらと見受けられた。さっきの『警備』担当の他にも『運営』や『救護』など……やはり本戦は、生徒主体の大会となっているようだ。


「すごいな」


 彼らの姿を目で追いかけつつ呟くと、そばを歩く犬森が「ねえ知ってる?」と声をかけてきた。俺だけでなく、兎川と猫塚も彼女に視線を向ける。


「本戦で活躍してアピールできれば、あの人たちの仲間入りも夢じゃないんだって!」


「へぇー。ところで、あの人たちって何者なんだ?」


「まさかのそこから!? ハナちゃん~、亀ちゃんに分かるように説明してあげてよ~」


「最後まで自分で説明しなさいよ……まったく。あの人たちは学園の特別な役員よ。特殊な委員会でスカウト制だから、新入生お披露目会での目標の一つと言われているわ」


 初日に兎川から受けた説明を思い出す。確かに、似たようなことを言っていたな。あくまで噂の域を出ないようだが、それでも大会本番ともなればあり得そうな感じがしてくるものである。まあ俺は、極論どっちでもいいんだが。変に目立つのもなんか、あれだし。怖いし。


 一方、猫塚は「ふーん」と少し興味ありげに呟いた。兎川に補足されてから反応した辺り、犬森の話し振りでは興味が湧かなかったらしい。


「つまり、優勝できなくても活躍できればあるいはってことか?」


「そういうことね」


 兎川に確認した猫塚はフッと笑う。その横で、なぜか犬森はむすっとしている。自分に訊いてほしかったのだろうか。なら、兎川に説明を投げたのは間違いだな。くるっとつぶらな瞳を向けられるが、俺は咄嗟に顔を逸らした。


 とにもかくにも、中学から高校までの鶴島生や教職員、その他学校関係者といった観客たちが、大会仕様になった第三体育館に集まっていた。いや、もはや鶴島学園スタジアムと言っても過言ではないだろう。実際のところ、ドームみたいだなと思っていたら、急に屋根が開いて驚いたし。学校の一施設だよな、ここ。


 そんな競技場の中心である試合の舞台は、サバゲーがごとき森仕様のフィールドと化していた。学校の一イベントだよな、これ。


「大会Tシャツはいかがですかー? 全八色、数には限りがあるのでお早めに!」


 販売担当の生徒がプラカードを持って宣伝する。彼女が着用しているものこそ、その大会Tシャツなのだろう。八色とはなかなかにバリエーション豊富だ。今年の西暦と『FMBT』の文字入りTシャツ。スポーツ大会らしいと言えばそれらしい、のだろうか。音楽フェスっぽいとも言えるかもしれない。


「おお〜、こっちに大会出場選手エリアってのがあるよ! すごーい!」


 犬森は右手を額に当てて眺めるポーズをした。絵に描いたような姿勢だ。

 その、なんとも気恥ずかしくなるプレートが置かれた座席に、俺たちは並んで腰掛ける。


 すると、見覚えのある女子生徒が優美さを纏ってやってきた。テーマパークのお姉さん改め、生徒会長の羊ヶ丘先輩だ。


「出場選手のみなさん、おはようございます。心の準備はできていますか?」


 こんな間近で拝見する日があるとは。近くで見ると、より洗練されているのが分かる。どんなに動いても、横結びにした三つ編みヘアが派手に揺れることがなく、落ち着いた心で見れるというものだ。伸ばされた背筋も気持ちがいい。スタイルも普通にいい。


「さて、みなさんには一足お先に……本戦トーナメント表の発表をしちゃいます! 私の魔法で映させていただきますね?」


 こんなこともあろうかと、今日は魔法視メガネの準備バッチリだ。予期したのは兎川と猿井だけどね。


 今朝方に渡されたこの魔法視メガネには、いくらか魔力制御機能を搭載してくれたらしい。だから、あとはリラックスするだけである。あ、デザインですか? 可もなく不可もない俺が着用すると――。


「ちょっ……亀ちゃん……マジ本気じゃん……っ!」


 このように、犬森が吹くくらいにはガチっぽくなるスポーツサングラスです。ハイ。


「似合ってるよ、亀山くん。それでは、ご注目!」


 ほあっ!? さらりと触れないでくれますか、羊ヶ丘先輩!

 突然すぎて声引っ込んだし、どんどん恥ずかしさが増してくる。ていうか、俺の名前まで知ってくれてんのか。生徒会長ってのは大変そうだな。心からのお世辞でも嬉しいです。すごく尊敬します。


 そうこうしているうちに、俺と兎川の間に小さな画面が浮かんだ。予選ブロックからシャッフルされた状態で、第一試合から第四試合までの生徒氏名が並ぶ。


 俺たちは第二試合だ。えっと、対戦相手は――ん、相馬? 相馬ってあの、ドッペル相馬? 兎川から氷の矢をぶち込まれた?


「なあ、犬森。あの相馬って……」


「うん? 同じクラスの相馬くんだよ? ほら、そこにいるじゃん」


 犬森が指差した先で、相馬はビクッと肩を揺らした。熊崎推し同士なのに……。


「あら。アタシたち、準決勝で当たりそうねぇ。当然いらっしゃるわよね、兎川さん?」


 いつの間にか、狸原が兎川の隣に並び立っていた。自信たっぷりで挑発的な笑みを携え、兎川のことを鋭く見つめている。

 彼女が言ったように、第一試合にいるのは狸原&猪子ペアだ。俺たちは第二試合だから、勝ち抜けば次の準決勝で当たることになる。


 対し、兎川は表情を硬くして口を開いた。狸原と目は合わせずに。


「そうね。あなたも来るのかしら」


「もちろん。アナタと真正面から勝負できるなんて、素敵だもの。ふふ、負けないわよ?」


 嘲笑とも取れる狸原の笑っていない笑顔に、場の空気が引き締まる。この雰囲気だけで、決戦はすぐそこという気がしてきた。恐ろしいな。


 そんで、犬森&猫塚ペアは第三試合だ。互いに準決勝を勝ち抜けば決勝で当たるだろう。ただ、その準決勝には――。道のりとしては、ちと遠いかもしれないな。


「お次に、大会Tシャツと小型簡易無線機の配布です。Tシャツは各ペア一色ずつお配りしますので、二人同じ色になるよう注意してくださいね~!」


 俺たちには「青」が、犬森たちには「黄緑」が、狸原たちには「ピンク」が、ついでに相馬たちには「白」が、それぞれ手渡されていく。なるほど、だから八色か。今までは体操服だったが、Tシャツで色分けをしておけば分かりやすくなるもんな。


 それと無線機だ。片耳型ワイヤレスイヤホンのような形で、声が拾いやすいように長めのマイクが付いている。広い試合会場でのこれは非常にありがたい。俺は通話魔法使えないしな。


「みなさんの健闘を祈ります。がんばってね!」


 羊ヶ丘先輩の笑顔により、場の空気は温かく包まれた。しかし、兎川の纏う雰囲気は冷たいままだった。

 しかもそれは、第一試合の開始前になっても変わらずだ。つかつかと何処かへ歩いていく彼女に続きながら、俺は尋ねてみる。


「兎川、試合は観なくていいのか?」


「平気よ。それより、集中したいの。狸原さんなら、絶対に勝ってくるもの」


 そうハッキリと告げられてしまえば、それ以上は何も言えなかった。兎川のきりりとした青髪の精霊も、不安そうな顔で見つめている。だが、俺にはどうにもできなかった。

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