第15話 犬森視点で聞く兎川の話。

☆  ☆  ☆


 兎川は自分の職務を終わらせると、他の役員の仕事も進んで引き受けた。初めは「助かる」という感情を持っていた面々だが、兎川が不在のときに狸原がこう呟いた。


 ――アタシたちのいる意味ってなに?


 その発言に影響を受けた役員たちが、徐々に不満を溜めていったのだ。


 ある日、ついに狸原が募らせた思いを本人にぶつけた。生徒会室内に彼女の声が響く。


「――だから、全部をアナタがやったら意味ないでしょ! 何のための役職だと思ってるの!?」


「生徒会全体で仕事をやっているのだから、早く終わらせるに超したことはないわ。手の空いた人が溜まった仕事を片付ける。それの何が悪いのかしら?」


「――っ。そう、一人でなんでもやれるものね。分かったわ。なら、全て任せることにしましょう。行くわよ、光葉」


「あ、ちょっ、待ってよ和音!」


 他のメンバーも狸原と犬森に続いて、生徒会をボイコットするようになった。


 しかし、たとえ自分以外の役員が揃わずとも、兎川が表立って意に介する様子は全くなかった。それが余計に狸原の逆鱗に触れたらしい。彼女はさらに勢力を広げ、兎川の孤立を助長することになった。その空気が高校に入ってもなお続いているのだろう。


☆  ☆  ☆


「ハナちゃんは生徒と教師の間に挟まって、ずっと一人で仕事をしていったみたい。で、結局そのまま、新しい爪痕も残すことなく任期は終了。残ったのは気まずさだけ、かな」


 あはは、と乾いた声を漏らして犬森は話を締めくくる。なんとも後味の悪いものだ。


「どうして、犬森は狸原に合わせて行かなくなったんだ? あまり不満を持っていたふうには聞こえなかったが」


「あー、そうだね。あのときは……和音のことが気になって、かな。和音から誘われたのもあるし、ハナちゃんと二人きりになるの怖いなーとかちょっと思ってたかも」


 かも、とは随分と曖昧な言い方をするが、そんなのは単純な話だろう。ただの建前で、すなわち「同調」というやつだ。


 初対面時の印象ではあるが、狸原は共感を得るのが上手いタイプだと思う。自然と人を集める、愛され女王様気質。つまり、自分が動かずとも人を動かせる才能を持っているのだろう。


 俺は犬森視点で話を聞いただけだし、憶測でものを言うべきではないから、声に出して言う気はない。けれど、脳内での推量だけは許してもらおう。


 ――兎川は手伝わせてくれない、相手にもしてくれない。と背を向けた狸原。


 ――一人でできるから別にいい、気にしていない。と見向きもしなかった兎川。


 それはきっと、それぞれのプライドが邪魔をしたことによる亀裂だ。

 両者を戦場に置くと、狸原は後方で士気を鼓舞するタイプで、一方の兎川は先陣切って部下を引っ張るタイプだろう。相性としては決して悪くないはずである。


 皮肉なことにこの件に関しては、よく知りもしないはずの狸原目線のほうが想像しやすい。兎川としたやりとりの感覚があるから、精度の高い仮説を出せる。


 だが、兎川本人を知るには依然として時間が足らないのだ。結局のところ、俺はまだ兎川の正確な属性さえ把握できていない。だから唯一言えるのは、彼女が狸原にした返答自体は本心だろうということだけ。犬森の記憶頼りではあるが、似た内容ならそのはずである。


「ちなみに、狸原が自分から手伝いに行こうとしたことは?」


「あたしの知る限りではないかな」


「兎川から手伝ってくれと言われたことは? 狸原と犬森以外でもいいんだが」


「ない。他の誰も聞いたことない。あったらたぶん、こうなってなかったと思うし」


 犬森としてもそれは断定できることのようだ。まあだからこそ、話を聞いた俺がああいった感想を抱いたのかもしれないけど。


「だからね、あたしが亀ちゃんに相談しに行った日、驚いちゃったんだ。ハナちゃんが人を頼ってるところなんて見たことなかったから、そんな存在いるんだなんだなって。変わったんだなって。ちょっぴり悔しくて、羨ましかった」


「そうなのか」


 しかし、犬森はまたも気になっていることを言ってくれた。


 中学から兎川を知る彼女が、驚いたと口にしたのだ。やはり、当初抱いていた「兎川は他人を頼らなそう」というイメージは的外れではなかったらしい。


 俺としては、当時の兎川が俺の知る数倍も「あっさり」していたことが引っかかる。


 生徒会に来なくなっても、兎川は誰一人として呼びにいかなかったのだ。多少の状況が違うのかもしれないが、冷めすぎてないか。俺なんか抗議文貰ってんだぞ。


 とはいっても、こればかりは分からない話だ。犬森が言ったように、高校に上がったことで気持ちを切り替えた可能性もあるし、グループとペアでは勝手が違った可能性もある。


「ねぇ、亀ちゃん。本当にハナちゃんに訊くつもり?」


「いや、今はまだやめておく。ハッキリ言われたわけじゃないが、本人も言いたくなさそうだしな。犬森がこれだけ話してくれたから、俺の心持ちとしてはなんとかなる。兎川自身が話したくなるまで待ってみるよ」


「そっか。なら、よかったのかな?」


「ああ、十分だ。ありがとう」


「うん! ちょーどバカ猫の件でお返ししたかったし、役に立ててマジよかった~」


「なるほど、それですんなり受けてくれた訳か。よし、記念に猫塚を落とそう」


 俺の発言を耳にして、呑気に箒の上で寝転がっていた猫塚がピクリと反応する。


「は? おいコラ。意味分かんねーし、聞こえてんぞ。こっち来んなよー、亀チャン?」


 おっと、これはこれは! リアルでそれが聞けるとは思わなかった。


「ほほう、これが振りというやつか」


「ちっげーし! 来んな!」


「やっちゃえ亀ちゃん! 課題終わらせろって『眼』で脅してきた恨みだ!」


 属性使ってとか、強硬手段じゃないか。犬森が全然やろうとしなかったのか、猫塚が面倒がったのか……まあ、どっちでもいいや。結果として終わらせてくれたんだし。ありがたや~。


「おまえさんがやんねーからだろ、バカ犬! あと、亀チャンは感謝しながら寄るな!」


 会議室の中、天井ギリギリを飛んで逃げる猫塚、それを追いかける俺、楽しげに見物する犬森――という、なんとも青春っぽいシュールな光景が完成したのであった。

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