第14話 犬森視点で聞く兎川の話、導入。

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 なんだかんだ、犬森はただの陽キャ女子ではないらしい。


 日曜日に、課題をぐわーッと進めてきてくれたのだという。予選三日目の朝、ドヤァと満足げに微笑まれた。まだ終わったわけではないようだが、それはなんのドヤですか?


 俺と猫塚はもちろん、二日目に終わらせていた。心穏やかな休日を挟み、今日を迎えている……のではあるが、空はどんよりしていて、何をする気も起きない。


 本日の試合は各ペア一試合ずつで、俺たちはCブロックの一戦目だった。つまり、早々に出番終了というわけで、既に暇をしていた。ちなみに、試合のほうは相変わらずだ。何事もないままに勝ち上がり、見事に本戦進出決定っと。俺がいる意味とは、検索。


 よし、ぐだぐだしよっと……。




 いつしか午後になり、ぐだぐだしていた俺は復活した。


 現在は犬森たちの会議室にお邪魔している。


 室内にいるのは三人。俺と犬森、そして猫塚だ。俺たちが机を挟んで向かい合いながら着席している一方で、猫塚は俺から距離を取り、どっかから持ってきた箒の上で優雅に寝転んでいる。いや、器用だな。そんなで昼寝できるの?


 まあ俺は、邪魔しないように心掛けよう。彼はいろいろと勝利した試合の後でもあるわけだし、なにより犬森が課題を終わらせられたのは猫塚のおかげだったりするのだ。どうにか彼女を見張ってくれとダメ元で頼んでみたら、まさかの二つ返事で引き受けてくれて助かった。


「で、相談ってなーに?」


「まず聞きたいんだが、狸原和音って生徒が何ブロックか分かるか?」


 一応、予想はできている。兎川が唯一の反応を示していたし、今日の様子からも推測自体は簡単だった。だから、話を聞く前に確認しておきたいのだ。


「和音? 和音は、Dブロックだよ。ペアは確か、内部生の猪子いのこ亮次りょうじくんだったかな」


 表情を崩さずに、さらっと答えてくれた。ペア相手まで伝えてくれるとは、さすがの気配りである。

「なんで亀ちゃんがこのタイミングでそんなことを?」という答え方ではあったが、犬森に訊くのは正解だった。おそらく、狸原とはそれなりに仲がいいのだろう。


「俺は、兎川と狸原の間で起こったことが知りたいんだ。だから、中学時代のことを教えてほしい。その年の生徒会で、一体なにがあったのか」


「……それ、なんであたしなの?」


 ややシリアスな顔をして、犬森は俺に尋ね返してくる。だから俺はあくまで真っ直ぐに、率直な理由を応えることにした。


「犬森も生徒会のメンバーだったと聞いたからだ。完全な部外者ではないだろ?」


 わずかにでも犬森が頷いたのを確認して、俺は続ける。


「何も、具体的な話じゃなくていい。詳しくは兎川に訊くつもりだから、その前に少し知っておきたいだけなんだ。もし気を悪くするものなら、兎川本人に訊くのはやめられるし」


 本当は兎川に、試合の前後でそれとなく訊こうとしたのだが、まるで言い出せる空気じゃなかった。パッと会場へ行って、スパッと終わらせて即解散。狸原のことには全くもって触れてほしくないようで、訊こうとすると避けられる。心でも読んでるのかと思うほど、敏捷に。


「……そういうことなら、うん。いいよ、話す。けど、簡潔に話せるか分かんないよ。取捨選択に自信ないし、全部言っちゃうかもだし、視点も偏ってると思う。それでも、いいなら」


「全然いい。それで頼むよ」


 俺の即答を聞いて、犬森は覚悟を決めたような顔になった。そして、一度立ち上がって大きく深呼吸をし、瞳を揺らしながら口を開いた。


「とっても簡単に言うと、会長だったハナちゃんと副会長だった和音のすれ違いから生徒会がバラバラになって、そのまんま解散したって感じかなぁ」


 トスッと再び座ると、机の上に両手を置いて続けた。俺は黙って聞き続ける。


「あたしはね、書記だったんだ。字はそんな上手くないと思うけど、和音が一緒にやらない? って誘ってくれてね。その和音は、兎川さんに誘われたって嬉しそうに言ってたの――」


 元は生徒会選挙で会長の座を争っていた二人だが、兎川の当選が決まった際に狸原を副会長としてスカウトしたことで、その形に収まったのだという。誘った兎川も、誘われて承諾した狸原も、当時は互いに認め合っていたようだ。


「最初は役割分担しながら、みんなで上手くやってたと思うんだけど――」


 犬森はやや目を伏せながら、当時のことを話し始めた。

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