第13話 ……で、俺たちって友だちなの?

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 金曜日、いよいよ予選開始の日。


 予選は試合数が多く、一年のクラス担任はもちろん、その他数名の教員がそこに駆り出されている。とうとう始まってしまったぞ、と走り回っているようだ。


 だが、生徒たちからすれば、見え方はまるで異なっていた。


 一ペア毎の試合数はそう多くない。しかも、単純なルールで即開始でき、体育館かグラウンドを使用した五分から十分程度で終わる小規模な試合だ。服装も体操着だし、普段の体育とそう変わらない。他試合の観戦も許可されていないことだし、自分たちの試合時以外は極めて暇なの――かなと思っていたが、そういうことはなかった。


 国語、数学、英語、と主要三科目からの総復習課題が出された。両面印刷のB4プリント、合計十五枚。この三日間で終わらせるものだろうな。いや、日曜日を挟むから余裕すぎるけど。


「大事な課題だ。終わるまで、試合以外で教室を出ないこと。練習場や会議室に行くのも禁止だ。話し合いたい? とっとと終わらせることだな。では、私は忙しいから失礼する」


 妙に張り切った牛久先生が今朝そう言い残していたし、成績に入る可能性が高い。それか、前期の中間テスト範囲に入っているはずだ。四月の授業時間少ないからね。


 予選の間を狙って、犬森から話を聞いてしまおうと思っていたのだが、今はどうも難しそうだ。課題を終わらせないうちに教室を出るのは気が引けるし、犬森がイケイケグループのメンバーに囲まれていて、話しかけるのも腰が引ける。そもそも無理だったんじゃないかなコレ。


 ――ということに、グラウンドから教室へと戻ってきたタイミングで気づいた。


 ともかく、まずは自分の課題を済ませてしまうか。休みの日にゃ休みたいので、真面目にやりますよ俺は。

 中学時代は他にやることがなく、そこそこ真面目に勉強していたんだ。本気で集中して取り組めば、案外早く終わるだろう。見てろ、ぼっちライフを謳歌していた俺の集中力。きっと数分で飽きて、本とか読み始めるぞ。


「よー、亀チャン」


 次第に飽き始めていた俺の前に、猫塚が座ってきた。俺の前席は、ちょうど試合で不在なのである。その生徒はいつも自席にいない気もしないでもないが、リア充さんなのかな。


「俺もここにいていいか?」


「すでに座ってるだろ。一応、理由を聞こうか」


「一つ、あっちでは集中できない。二つ、日曜日という休みを返上とか勘弁。三つ、速攻で課題を終わらせたい。出番以外、会議室で昼寝をしたいんだよ。ってことで、どっちが早く終わらせるか勝負な?」


「なるほど、欲望に忠実だな。というかもう始めてんじゃねーかオイ待て」


 まあ、分からなくもない。猫塚の席の周りには人が集まっているのだ。男子にも女子にも囲まれ、歓談の中心に据えられていたのだろう。


 常に猫被り状態で、シトラス笑顔を張り付けて、たまに相打ちを打ってみる。それに疲れて俺の所へ来た。ってところだろう。ちょっと羨ましいなとか思って、見ていたわけではない。ちょっと視界に入ってきただけだ。


 クラスを見回してみると、犬森たちだけでなく、他もそれぞれに仲良しグループで集まって談笑していた。いや、課題やろうよ君たち。そんなに日曜返上でいいの?


「予選一試合目はどうだった?」


 猫塚が顔を上げずに尋ねてくる。それに対する俺の返答はこうだ。


「気づいたら終わってた」


 嘘だーと疑いたくなるくらい大袈裟な言い方に聞こえるかもしれない。事実、こちらに耳を傾けていたクラスメイトの数人がコソコソとそう言っている。


 だが、一昨日のごたごたを知っている猫塚にその選択肢はなかった。


「おっかないなぁ、兎川サン」


 手を止めた彼は、若干目を逸らして乾いた笑い声を発した。俺もそう思うよ。


 開始早々に「私は旗を取ってくるから、守備は頼んだわ」と言い残し、五分も経たないくらいで「取れたわよ」とか言いながら帰還してきたのだ。俺たちって待ち合わせでもしていたのかな? と感じてしまうくらいのテンションだった。微動だにしなかったよ、俺。

 だから、魔法視メガネの出番はなかった。実は間に合ってなかったから、ちょうどよかったのではあるが。そもそも兎川には、あろうがなかろうが関係なさそうだけどね。


 あとで猿井には連絡を入れておこう。涙目で「申し訳ない……っ。あの、午後の試合には間に合わせますので……!」と言われていたのだが、この調子なら今日は必要ないだろう。ゆっくりと調整してもらうほうがよさそうだ。


「おーい、猫塚。あたしたち、そろそろ準備しなきゃっぽいよ?」


 黒板を指差しながら、犬森が俺の席まで来る。ブロック毎にリアルタイムで、試合状況が表示されているらしい。俺には何も視えてないけど。


「犬森、課題は進んでるか?」


「へ? な、なんで……?」


 ほぼ進んでいないだろうなと思いつつ、俺は聞いてみた。すると、案の定の反応だ。これって、言っておかないと全くやらないやつじゃないか? 危ない危ない。


「ちょっと相談事があるというか、聞きたいことがあるから早く終わらせてほしいんだが」


「えっと……それって移動したいってことだよね、なんの話だろ……?」


 続けて、小さな「えー、終わるかなぁ。まだ何にも手をつけてないや。どうしよ」という呟きが聞こえてくる。察しがいいのは助かるけど、喋ってないで早くやりなさいよ。心配だよ。


「まあ……無理なら諦めるよ。犬森は俺の数少ない内部生の、仲良い顔見知りだけどさ」


「そこは友だちじゃないの!?」


「いや、おこがましいだろ。きっと友だちになるにはもっと段階があるに違いない。俺じゃ、まだまだ――せいぜい課題を終わらせてくれたまえ、と催促することしかできないよ」


「なに目線なの、それ……!?――あっ、そうだ! 手伝ってくれてもいいんだよ? 具体的には、答えを見せてほしいなぁって……」


「ダメだ。それは犬森のためにならないからダメ」


「即答! しかも、めちゃくちゃ友だち想いだね!?」


「ほー、これが友だちを想うってことなのか。……半分くらいは、俺の苦労が不当に奪われるような気がしただけだけど……」


「亀ちゃーん? 聞こえてるぞー!?」


 ツッコミが冴えまくっていると、ボケるのが楽しくなってくる。さすがだな。

 頭をぐるぐるとして必死に返答を考える犬森。その横で、猫塚は至極爽やかに微笑んだ。


「行くぞー、犬森」


「ちょ、ちょっと待ちたまえよ、猫塚くん!」


 動揺してか、犬森も口調がおかしくなっている。君が得意な同調って、口調を同じくするって意味じゃないはずだぞ。


「んじゃ、俺は先に行ってるから」


「こんの猫ぉ……! うわーっ、ど、どうにかする! どうにかするから、どうか見捨てないで! 拾ってください!」


 捨て犬の看板みたいに言うな。こっちに謎の罪悪感が生まれるだろうが。


「とりあえず、がんばれよ」


「くぅ……亀ちゃんとは、いい友だちになれると思ったのに……」


 とっても残念そうに、わざとらしく肩を落としたまま教室を去っていく。結局、友だちじゃなかったのかよ。やっぱり、友だちには段階があるってことじゃないか。俺、正しい。


 いや、だって、課題とか宿題とかを一方的に写されるのは頷けないだろう。そんなもの、便利に使われているようにしか思えない。俺はいつだって、ウィンウィンでギブアンドテイクしていたいのだ。


 ……で、俺たちって友だちなの?

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