第12話 便利アイテムとかわいい精霊くん。

  **


『トガちゃん氏から聞きました! おけです! お待ちしておりますね!』


 猿がウインクしながら「OK!」とするスタンプ付きで、猿井からメッセージが来た。テンション高いなぁと思っていたら、それはオンライン限定らしく――。


「あっ……ど、どうも~、亀くん氏……」


 二日ぶりに会った猿井は、おどおどと研究室のドアをボールペン一本分だけ開けて出迎えてくれた。いや、デジャヴ。二日前とほとんど同じ状態じゃないか。久しぶりに再会した親戚の子みたいで、俺との絆を覚えてくれているか心配になってきた。


 ここは教室とは別棟にある研究室フロアだ。初めて来たが、普段あまり耳にしない工具の音や薬品っぽい臭いに、別世界かのような緊張感がする。むずむずしてきた。


「入れてくれるか、猿井さん?」


「ひぇっ。やっぱり、こそばゆいです……ご勘弁を……っ」


 思い出して「さん」付けしてみたら、こそばゆさは健在のようだった。とにかく、覚えていてくれてよかった。


「どうぞ、こちらに」


「ああ、さんきゅ。んで……ほい、まずはメガネだ」


 猿井から案内された席に腰掛け、鞄から魔法視メガネの入った四角いケースを取り出して手渡す。


「あ、はい。受け取らせていただきます。あの、どうでしたか?」


「バッチリ視認できた。レンズは問題ないな」


「よかったです。では、やはり問題は強度とデザイン性ですね」


「ああ、強度とデザイン――のほうはぶっちゃけ諦めているんだが……?」


「難しい話ではあるのですが、トガちゃん氏に『どうにかして』と言われてまして」


 真正面から言ったんかい、兎川よ。俺は気遣って、気にしてないふうを装っていたのに。


 まあ確かに、俺自身は掛けてしまえば見えないが、兎川は「変なメガネを掛けた亀山月人」が常に視界で動き続けるから、気になるのだろう。そう思うと、俺も余計に気になってきた。


「俺からも頼むわ。できれば、ちょっとカッコいいやつ」


「が、頑張ります。おそらく、明日には完成……できるように……」


 猿井は小さな声で言い聞かせるように呟いた。だが同時に、小さく拳を握っているのが見えたため、大丈夫だろうと任せることにする。


「なあ、話は変わるんだが、ちょっと気になることがあってだな」


「なんでしょう?」


「兎川って、中学時代に揉めたりとかしてないか? おそらく、犬森光葉と狸原和音って女子生徒が絡んでると思うんだが」


「あー。彼女たちはどちらも、トガちゃん氏が生徒会長をしていたときの中等部生徒会メンバーです。そして、その役員期間に揉め事があったのは確かですね。わたしは、噂程度しか知らないのですが……」


「その話さ、本人に訊いたら気を悪くするだろうか。できれば、他からじゃなくて兎川から話を聞きたいんだが」


「うーん、どうでしょう。わたしは部外者なので……一度、犬森さんにお話を聞いてみては? それなりに仲がよろしいようですし」


「犬森『さん』? いつもみたいな呼び方じゃないんだな」


「そ、それは、なんといいますか……」


 猿井は言いづらそうに、ちょいちょいと俺を呼ぶ。耳打ちするために寄ってくれ、とのことらしい。そうしてみると、ラベンダーのような甘くも爽やかな花の香りがほのかに漂った。


「ぶっちゃけ、苦手なのです。彼女は、わたしなんかとは別世界の人間で……とても明るいので、わたしなんかすっかり焦げちゃいます。焦げすぎて、炭を通り越して浄化されます……」


 言いたいことは分かる。頷きすぎて、首が痛いほどに分かる。要は、陰キャと陽キャの因縁だ。人懐っこく、常に誰かといようとする犬森にはテンションが追いつかない。


 思い出してか、猿井は太陽から目を背け、遠くを見るような目で虚空を見つめていた。


「分かった、犬森に聞いてみる。ありがとな」


 左手を振って、俺は研究室を後にしようとする。用が終わったら、颯爽と去るのが良さそうだ。兎川が待っているし、次のメガネも楽しみだし。


「……あれ? お待ちを、亀くん氏! そのブレスレット、変色してませんか?」

「おー、そうだった。これも見せようと思ってたんだ」


「あ、あの、ちゃんと手入れしました?」


「手入れ? どうやってするんだ?」


「はわっ、言ってなかったぁ……!」


 わなわなと猿井が震える。黒く変色して少々禍々しいが、そんなに大惨事なのだろうか。


「申し訳ない……。とにかく、その、自分に合ったものを正しく使うのが、何事にもおけるルールといいますか……魔力制御具は使い続けると、それだけ魔力を溜め込んでしまうので、劣化が早まってしまいます。特に亀くん氏は、ブレスレットの一つでは限界があったかと」


「一応、ずっとじゃなくて風呂とか寝るときは外していたけど」


「なるほど。外している時間は許容範囲ですね……。寝るときはどこに置いてました?」


「枕元だな」


「……えぇ~……本来なら、その状態で五日は保つと思うけど……。うーん、やはり元の量が多いからでしょうか。このまま放置していたら、今夜には壊れていたかもです。あぶないあぶない」


 そして、彼女は空中に荷物を引っ繰り返しつつ、自身の鞄をガサガサと漁りながら続けた。


「あぁ。ちなみに、壊れるときは弾けるらしいですよ」


 待て待て。ちなみに、じゃないんだが?


 物理的に弾けるのは怖いって。いや、精神的に弾けるのも怖いけどさ。とにかく身体が強張ってしまう。その俺の属性効果で、宙に浮いていた物が数個落ちてしまったが、猿井は構わずゴソゴソと鞄を漁りながら「あれぇ?」とかやっている。前回も思ったけど、整理整頓したらどうかな、猿井さん。


「もう一つお渡しするので、交互に着けてください。それから、ブレスレットを外している間は、もう少し距離を取るといいです。そうすれば問題ないかと……あった。いくつか出てきたので、お好きなものをどうぞ」


 猿井によって陳列されたブレスレットを眺める。まるで本物のショップのような眺めだ。商品棚は理科室の机みたいなものだが。


「猿井、お金は?」


「いえ、気にしないでください。これらって、実は色が不揃いとかで譲ってもらったものなんです。わたし自身は観賞用に持っているだけなので、遠慮なくどうぞ」


 ふむ、いいと言うならそれ以上は逆に失礼だろうな。今度、何か驕らせてもらおう。


 改めて物色すると、一つだけ、妙に目を惹かれるものがあった。透明に白に、水色に紫――と、四色の石がごちゃごちゃと混ざっている不揃いなもの。だが、それにこそ深さを感じた。


「それにしますか?」


「ああ……うん。じゃあ、これで」


「どうぞどうぞ。早速、付け替えちゃってくださいな」


 猿井がどこか満足げに微笑む中、危険物を扱うようにブレスレットを外すと、視界の端でハンカチが揺れる。精霊なのは分かるんだが、なんだろうか。


「外したブレスレットが欲しいみたいですよ」


「これが……? 分かったよ、ほい」


 よく分からなかったが、猿井が見てれば平気だろう。そう思って渡してみると、子どもがぬいぐるみを抱くようにギュッと握りしめた――ように見えた。


「はっ、か、かわいいですよ亀くん氏!!」


 うぅん、俺も見たい! スマホだスマホ!


「か、かわいいな!?」


「ですね!!」


 そのかわいさに二人して撮影会を始め、あまりの遅さに兎川が「さすがに遅すぎるんだけど?」と乗り込んでくるまで俺たちは盛り上がっていた。


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