第11話 ローズの女王様、現る。
黒くなってしまったブレスレットを見てもらうべく、猿井を訪ねてB組へ来たのだが、到着した教室内に彼女の姿はなかった。というか、C組に比べてそもそも人が少ない。すっかすかだ。やられたな。連絡先を知らないのがまた悔やまれた。
放課後にするしかないが、なんとなく同じように彼女を捕まえられない気もしてくる。やっぱり、アポイントは必要だろう。
こうなったら、兎川を頼るしかない。俺がその思考に辿り着くまでに、時間はそう要しなかった。兎川がいるのは隣の教室だし、せっかくなのでA組にも行ってみることにしたのだが――希望はまたしても、早くに潰えそうだった。
「んー……、えーっと……」
静かだったB組に対し、A組は大層賑やかだ。C組にも負けず劣らずである。これでは、俺など気づかれるはずもなかった。どうすれば、この喧噪の中で兎川を見つけられるか。あまり堂々と覗きたくもないし、うーん……どうすっかねぇ。
「あら、誰かお探しなの?」
背後から上品に声を掛けてきたのは、派手さと気高さを兼ね備えた女子生徒だった。その身からはローズの香水ががっつりと漂っている。
彼女の髪はトップがボブ、襟足がミディアムロングという二層のスタイルをしており、基本のカラーはオレンジだが、毛先にかけてピンクに染め上げてある。そこにバッチリメイクと自信に溢れた表情が合わさり、ついでにモデルのようなスタイルの良さもあり、王者の風格を纏っているように感じられた。まあ俺は、兎川も負けていないと思うがね。胸以外は。
後方に控えるお付きっぽい女子生徒が、二人揃って「こいつ誰?」って視線を向けてくる。お忍びで散策中の女王様に謁見してしまった旅人か、俺は。クラス内のカースト丸見えすぎるだろ。
「ええっと、兎川陽華を探してるんだが」
「兎川、ねぇ……。アナタ、もしかして亀山くん?」
「そうだけど……?」
誰かは分からないが、どうやら俺の名前を知っているようだ。兎川とペアだから、なのだろう。それだけでこの効果だとしたら、兎川本人はもっと大変に違いないな。
「ふぅん、そう。アンタがねぇ……」
頭から爪先までじっとりと観察された挙げ句、「なんか意外」とでも言いたげな目をされた。俺が相手だと何か都合でも悪いのかよ。
しかし彼女はそれ以上の何をも言わず、教室の中に向かって声を投げかけた。
「兎川さん、ペアの子が呼んでいるわよ」
女王の声が響き、どんちゃん騒ぎをしていたクラス内が途端に静けさで包まれる。コレはどんな空気だよ。さっきとは別ベクトルで居心地が悪くて、鳥肌が立ちそうになる。ここはさっさと兎川を探し、て……。
え…………?
そこで、俺は思わず息を呑んだ。
教室の入り口から繋がる、視線という名の案内ルート。実はクラスの中心に位置していた、兎川の座席。そして――キュッと口の端を締め、凪いだ状態で座している兎川陽華の姿。
いつもの冷ややかさは変わらずに持っているみたいだが、活気はどこにやったんだよ。全然すぐに見つけられないくらい、その存在が激薄になっているじゃないか。
そんな兎川は無表情のままスッと立ち上がり、足音なくこちらへと歩いてくる。
「……ありがとう、
そしてすれ違いざまに、ローズの女王へそう告げた。礼を受けた彼女、狸原は兎川に向かってニッコリと微笑んで返す。俺にはその瞳が一ミリも笑っていないように思えた。
「じゃあ、アタシは失礼するわね、亀山くん?」
重ねて微笑んだ狸原だが、やはりどこか恐ろしさを感じる。香水はきついし、リア充臭もきついし、俺はどうも彼女が苦手らしい。この絶対的王者感には、ふと負けを認めそうで嫌だ。
「おかえりー、
「聞いてよ、タヌカズちゃん〜」
兎川が抜けて狸原という生徒が入ると、再び教室内に喧騒が戻ってきた。A組はC組よりも割増で騒がしいようだ。たぶん狸原和音という女王を中心に、兎川を除いて。
「……なんなんだよ、このクラスは……」
「それで、なんの要件かしら、亀山くん?」
俺の小声が聞こえてか否か、疑問の隙を挟ませないような物言いで兎川は尋ねてきた。
「ああ。猿井に用があったんだが、教室にいなくてだな。兎川なら連絡手段があるだろうと思って、来てみたんだ」
「そういうことね。彼女、この時間はおそらく研究室にいるわ。放課後も詰めているだろうから、念のためにアポイントを取っておきましょう。……はい、連絡を入れておいたわ。一応、あなたの連絡先も送っておいたから」
話しながらスマホを操作し、さすがのスピードで頼んだことを済ませてくれた。持つべきものは高スペック美少女だな。このペア制度がなかったら、俺はどうやって学園生活を送っていたんだろうか。
「ありがとう、助かるよ」
「ええ。じゃあ放課後、亀山くんは猿井さんと話してからということで。私は先に会議室で待っているから、気にしないで話してきていいわ。ぜひとも、明日以降に繋げて」
「分かった」
「では、私は教室に戻るわね」
そう言い残して、兎川は涼やかなふうで自席へと戻っていく。
複雑な感情を背負ったその後ろ姿は、しばらく俺の脳裏に焼き付いていた。
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