第5章 迫り来る過去とイベント

第10話 とにもかくにも、収まったならいい……よね?

 FMBTの予選前日、つまりあの事件から一夜明けた木曜日の朝。

 どんよりな曇り気味だった空に、暖かな陽射しが差し込んだ。


「熊崎。オレたち、ずっと謝りもしないで……悪かった。ごめん!」


「……うんっ。言ってくれてありがとう、鹿島くん!」


「かわっ、え、かわいぃ……え……?」


「……えっと、大丈夫? 相馬くんと蛇沢くんも頭を抱えてどうしたの?」


 例の三人組は見事、熊崎のかわいさに敗北したのであった。めでたしめでたし。


 なんだよ、好きな女子にちょっかいかけたかっただけかよ。めちゃんこ青春じゃないか。熊崎は女子じゃないけどね。かわいいもんね、熊崎。ファンが増えるのはいいことだ。


 いいことなのだが、待ってほしい。


「く、熊崎……お詫びにデザートを買ってきたんだが……」


「えっ、くれるの? わぁ〜いっぱいだ! ありがとうっ、鹿島くん、相馬くん、蛇沢くん!」


「うっ、かわいい……!」


 ガチのアイドルとファンかよ。彼らはすっかり虜になったらしく、昼休み早々に姿を消したと思ったら購買ダッシュを決めていたようだ。

 いや、分からないでもない。実際、あんな嬉しそうに微笑まれたら貢ぎたくもなる。しかし、あれは俺たちに向けられた笑みではなく、食べ物嬉しい〜のほうだからね……? まあ、当人たちが幸せならいいか。俺の気分もスッキリとしていることだし。


 結局、俺たちは昨日のことを先生に報告しなかった。迷いはしたものの、兎川の容赦ない脅し――じゃなかった。兎川の直球すぎる説教によって、示談となったわけである。

 何はともあれ、過程もともあれ、予選前に解決してよかった。


 そして今日も猫塚は、俺の席で昼飯を食っているのであった。だが今日は一日、二人で様子を見届けようとなったのでセーフだ。俺の心の安定度の話です。


「あーのさー、亀チャン」


「ん?」


「ちょっと言おうと思ってたことがあってさ。言い忘れってわけじゃないんだけど、タイミングがなくてな。お礼も込めて、カミングアウトさせてくれ」


 昨日の続きか。

 そう思って真正面から受け止めるべく、俺は腕組みをして背もたれに寄りかかり――かけたが、ごく真剣な顔をした猫塚に「顔を近づけてくれ」と人差し指でくいくいっと示された。だめか、これは。リラックスしすぎだったかな。


「俺、人は操れるからいいかってどこかで思ってた。だから、亀チャンみたいにまるで効かねーやつがいるなんて驚いたし、なんか興奮もした。それと同時に、本音を隠さず伝えてくれることにも感動した。初めて信じられるんじゃねえかって、本気で嬉しかったんだぜ?」


 やめろよ、照れるだろ猫塚。女子だったら舞ってたくらいに嬉しかった。


 こうも穏やかに、しかもちょっと照れ入りで微笑まれりゃ、誰だってコロッと落ちてしまうだろう。恋愛ゲームだったら、ちょうど攻略ルートの最高潮に差し掛かったあたりで、このあとクライシスが起こる感じだ。ところで、俺と猫塚のどっちがプレイヤーなの? 俺?


 とにもかくにも、男子でも女子でもこういうのは俺の管轄外だ。経験が無いから、どうすればいいかさっぱり分からない。表情も返答も、何も浮かばない。一周回って虚無っちゃう。


 事実、友情と愛情の違いも感覚としては曖昧だし、家族からの義理チョコがどうしてカウントしちゃダメなのかも分からない。俺ってば、実は毎年もらうのよ。星良から「友だちがくれて、気持ちは全部頂いておいたんだけど……モノのほうは食べれないから、るー兄にあげるね!」って。おや、なんか違くない? うん、おかしいかも。おかしだけに。たはは。……悲しみ。


「亀ちゃんと猫塚ー、なんの話してたのー?」


 俺が多方面に崩壊を起こしかけていると、にっこにこ笑った犬森がヘイヘイと割り込んできた。


「んー、犬森には秘密のことだよー」


 対し、猫塚は途端にわざとらしい笑みを向けて、ものすごーく明るく返す。さっきまでの空気はいずこへ? とつい首を傾げちゃうくらいに居心地が悪い。


「へーえ?」


 犬森も負けじと微笑んだ。こちらも無事に仲直りして、このように仲良くやっている。目と目を合わせ、逸らしたほうが負けとばかりに火花を散らして――。コホン、訂正しよう。


 二人とも悪態を投げ合いたいのは山々だが、揃って外聞を気にしているので、教室では満足にできていないらしい。そして、そこに挟まれてしまった俺。この悪すぎる居心地に、いよいよ本気で虚無と化しそうだ。


「仲がよろしいことで。んじゃ、俺は用事があるんで失礼し――」


「あー、待って亀ちゃん!」


「なんだ、犬森?」


「あのさ…………ありがと…………」


 もじりと身体を縮こませながら、消え入るような声で呟かれた。お礼を言われたような気はするものの、あんまりよく聞こえなかった。


「ごめん、なんだって?」


「あーえっと、その……あ、メガネ! すごく特殊そうで何用かイマイチ分からないけど、に、似合ってたよ! あの、デザインセンスもいいと思うよ!?」


 下手くそかッ。全然思ってないだろ、それ! 照れ隠しが刃になってるっての!


「無理に言わなくていいぞ。デザインは俺の趣味ってわけじゃないし、まだ試作段階のものだし、いろいろあるんだよ」


「あっ、そうなんだ。じゃあいいのかなー……?」


「んじゃ、俺は用事あるんで……」


「ところで、亀チャン」


 ようやく話に区切りがついて、俺が立ち上がったとき、今度は猫塚に呼び止められた。


「なんだよ」


「そのメガネの修理に行くっぽいけど、左腕に付けているブレスレットは大丈夫なのか? なんか、濁っているみたいだけど」


「――ん? あれ、本当だな……?」


 言われて見ると確かに、透明や白だったはずの丸玉が真っ黒に染まりかけていた。禍々しくて、なんか嫌な感じだ。こんな呑気に話している場合じゃなかったかもしれない。


「俺、マジで行くわ!」


「おう。ありがとな、亀チャン!」


「む……猫塚にしてやられた……っ!」


 照れてしまった犬森に見せつけるように、猫塚はハッキリと告げた。それを受けた彼女は悔しそうに頬を膨らませ、むすぅ~っとしている。やめろ、俺でマウントの取り合いをするな。



 かくして俺は逃げるように、そそくさとB組の教室へと向かうことにした。

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