第9話 犬と猫。
結局のところ、事件はやはり昼間の報復だった。猫塚の魔法を警戒して、強力な首輪型魔力制御具を着けたらしい。
突入から約十分後。とっ散らかった教室内を元に戻したのちに、猫塚が最後の仕上げをすることになった。座らされた例の三人組は、全員胡坐をかいている。
「気晴らしをどうぞ、猫塚くん。具体的には、あなたの属性を見せなさい?」
「本当におっかないな、兎川サンって……」
そう呟く猫塚と目が合ったので、肩をすくめてみせる。要するにノーコメントだ。
それよりも、俺はレンズ越しの猫塚観察に夢中だった。ようやく視認できる機会だ、視ないという選択肢はない。さっきメガネが壊れたと言っても、フレームのつるが外れただけだから、直接リムを持てばいいだけの話である。
「んじゃ、鹿島たち。いい加減、まともな高校生活送れよ。そのためにまず心から謝ること」
「うるせえんだよ、外部生が調子乗りやがって――」
立ち上がってきた鹿島の目を、黄色く光った猫塚の瞳が眼光鋭く見つめる。
「ハイ、正座。しばらく反省な」
「うあッ……!?」
猫塚がパチンと指を鳴らすと、最初に鹿島がガクンと膝を落とした。次いで、取り巻きの二人も素早く居住まいを直す。予想的中、おめでとう俺。
初めて現実で視たが、これぞまさにマインドコントロールというやつだ。邪視とか魔眼とかいう類いの特殊な眼でもって、対象に暗示をかける。カッコよすぎて狡いな。
「けりは後々つけてもらうとして、残すは仲直りね。ほら、犬森さんから言い分をどうぞ」
反省ムードに入らされた例の三人組は捨て置かれ、兎川によって次の話題へと移り変わった。ここからが本題だ。
「……あ、あたしはさ、猫塚。もっと協力し合いたいというか、ペア戦だからもっと一緒にやるべきだと思うんだ。だからその……」
煮えきれない態度に歯がゆくなったらしい猫塚は、ごめんと言って犬森を遮った。
「この際ハッキリ言うけど、そのあやふやな感じが一番信用ならないんだ。遠慮するような関係なら、俺はそれこそご遠慮願う」
「……そ、そっかぁ。そう、だよね」
猫塚は犬森の前で爽やかイケメンを被るのをやめたらしい。それはいい傾向だと思うが、俺は放っておけなかった。犬森だって、好きでそうしているわけじゃないはずだ。なぜなら、俺と話したときにはうじうじとしていなかったからな。
「いや、俺は犬森の肩を持つぞ。少なくとも、誰かが近づいてきて逃げるようなやつより、犬森のほうがよっぽど信用できる。もしかしたら、犬森は犬森なりに仲良くなろうとして、接し方を模索していたかもしれないだろ。それを受け取ろうとしたのか?」
「…………」
「亀ちゃん……」
教室で、運動場で、猫塚は犬森が来たら姿を消していた。それはきっと犬森を避けていたのだろう。外部の俺でも微かに分かったんだから、本人だって感じていたはずだ。
「完全に第三者の意見だけど、私からもいいかしら? まず、犬森さん。猫塚くんが言ったように、あなたはハッキリとしないところが多すぎる。配慮ができるのはいいことだけど、度が過ぎれば煩わしいだけだわ。恐れすぎないで」
「は、はい!」
「それから、猫塚くん。あなたはもっと誠意を持つことね。亀山くんは世界のことを捻くれて見ているけれど、意外にも人のことは真っ直ぐに見ているわ。猫塚くんはその逆じゃなくて?」
「……確かにそうかもな。俺は生まれつき、目に魔力を集めやすくて、相手と目を合わせれば簡単に暗示をかけられる。そのせいか、あんまり他人のことを信用できないんだ。気になって本音聞けば、結局いつもは嘘ばっかりでさ」
自己防衛の果てってことか。親しくなったら本音を知りたくなるし、知ってしまえば傷つくことになる。そう学んでしまった。だから、わざと関係を深めようとしないのだろう。
「犬森に俺のことを話さなかったのは、もし俺と同じような属性持ちがいたら、すぐ筒抜けだと思ったからだ。しかも、犬森は人懐っこいのに、人を怖がってる。揉めて捨てられるのを恐れている。だったら無理しなくていいだろ。最初から薄っぺらい関係なら傷つかないし、いざとなったらどうにでもできるしな」
「あーもう! ずっと聞いてたけど、その考え方が超ムカつく! 論外!」
犬森は涙目になりながら、猫塚へ怒鳴りつける。
「ちゃんと関係築きたいなら、元から操ればいいって前提で人に接するな! あたしは、普通に仲良くなりたいと思ってたもん!」
「本番が近づいたら教えるつもりでいたさ」
「んなの知らない! もう遠慮なんかするもんか! 外部生だから気を遣ってたのに!」
「内部生にも使いまくりだろ、おまえさん」
「おまえって言うな、バカ猫! 犬森光葉ですよーっだ!」
「はぁ? うっせえ、バカわんこ!」
二人してスイッチが入ったようにギャイギャイと言い争い始めた。なかなかに見応えのある光景だ。そういえば、犬森の態度で気になったことがあったな。話題として投げてみるか。
「あのさ、月曜に俺が犬森の名前言ったら、棒読みで返事された気がするんだが?」
「うえっ!? えっと、それは少し、ほんの少しだけ外部生が怖かったというか……」
「つまり、猫塚のせいだと」
「そう、そうだ! そういうことにしよう! 亀ちゃん、意外といいこと言う!」
犬森がハイタッチを求めてきたので、俺は素直に答える。意外とか言われたけどね。
「おいコラ、それ明らかに今決めただろ!」
「いーや、全部バカ猫のせいだもんね! 顔がいいだけの猫被り偽善者め!」
「いい子チャンぶってんのは、おまえだって同じだろうが!」
猫塚が声を荒げるのは、犬森にだけだろう。俺は根拠もなくそう思った。主観的認識にすぎないが、この噛み付き合いは同属嫌悪のそれなのだろうとも。まあ、犬と猫って歯車は合うみたいだし。
「なんだかんだ、いいコンビじゃない。当たるのが楽しみだわ」
「かもな」
兎川の呟きに、俺は肩をすくめてやれやれと同意する。これで一件落着か。もうすぐ予選だってのに、敵に塩を送ったようなものだが、心地としては清々しいものだった。
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