第8話 女子を侮ることなかれ。

 ここで今度はタイミングよく、合図である解錠音が鳴った。作戦通り、突撃だ。ところで、それ以上の作戦ってあったかな。なかったよね。ぶっつけかい。


「行くわよ」


「はいはい」


 兎川が勢いよく教室の扉を開くと、なんだなんだと混乱する声が聞こえてくる。そこへ、俺が若干緊張しながら足を踏み入れたことで、一部の霧が消散した。それによって、混乱が増長したようで、ぎゃんぎゃんと騒ぐ声が大きくなる。


 俺はなんだか楽しくなってきたので、花咲か爺さんが灰を蒔くような動作で腕を振ってみると、広範囲の霧が消え失せた。特別客になったような感覚で、とても気分がいい。

 スカッとした思いに浸っていると、取り巻きの一人が増えて立ちはだかった。蛇沢か相馬か分からないが、何故か同じ顔が二人になっている。双子だったのだろうか。


「なっ、なんで亀山がここに入ってんの!? つか、どんなセンスだよソレ!」


 しかも同時に喋るもんだから、絶妙なエコーがかかって聞こえた。息ピッタリすぎる。


「おい! そいつらを早く追い出せ、相馬!」


 リーダーの鹿島に言われ、相馬ーズは戦闘態勢になる。待て、二対一はキツいだろう。


「亀山くん、メガネ外して」


「……ああ、そっか」


 兎川に従ってメガネを外してみると、二人が一人になった。なるほど、これは魔法か。視えたから、うっかり現物なのかと思ってしまった。メガネを掛けてたんだったね、一瞬忘れていた。


「どっちが消えたかしら?」


「奥側が消えたぞ」


「さっきの、訂正するわ。あなたの目って、意外と便利かもしれないわね」


 どうやら視えることにもデメリットがある、というのが今日の収穫だ。それが分かってしまうと、視えないのも案外悪くはな――いや、どうだろう。結論を出すのはまだ早い気がする。


 今はとにかく目の前のことだ。俺は昼食時に聞いたことを思い出す。三人の属性は、霧にドッペルゲンガー、それと……蔦だか草だかだったと記憶している。


「さあ、今度は掛けて視ていなさい。これが私の、最も得意なことよ」


 俺がまた掛け直すのを見計らい、兎川は両手で魔力を紡いだ。右手には氷製のラケット、左手には氷のボールを三つほど持ち、相馬本体の頭上に向かって次々と打ち上げる。

 放たれた球体は相馬の頭上で爆ぜ、氷の矢が降り注いだ。もはや砲撃の勢いである――って、結局「氷」じゃないか。そう思って俺は兎川を見るが、辺りが白くなってきてよく見えない。


「うわああああ、ちょ、嘘だろぉぉぉ!?」


 ドドドドッと氷が降り、雪煙が立つ。その容赦のなさで、「雪崩の中で踊る相馬」という図が出来上がった。床が抜けていないのが不思議なくらいだ。


「お、おう……」


 あまりの迫力に、俺もつい力みそうになる。しかし、場をぶち壊さないように緊張を緩めるよう努めた。各首を回して、リラックスだ……。そういえば、犬森のほうは大丈夫だろうか。


「なんだよっ、この纏わり付いてくるのは!」


「猫塚のペアこと、犬森ちゃんでっす! 蛇沢くんどうも!」


 蔦だか草だかの蛇沢を相手にしていた。犬森は華麗に回し蹴りを繰り出し、蛇沢を教室後方へと吹っ飛ばす。ボウリングのピンよろしく、積まれた机の山がはじけ飛んだ。


「ごはぁぁっ!」


 ナイスストライク。女子だと侮るなかれ、だな。

 犬森は足技が得意、っと。ついでに、スカートの下に短パンは履かないタイプらしい。


「おい、亀チャン」


 どさくさに紛れ、猫塚が俺の元に駆け寄ってきた。さりげなく腕を擦っているが、そうか、蔦を使って張り付けられていたんだな。理解理解。


「おお、猫塚。平気か?」


「大丈夫だ。てゆーか、亀チャンが来るとか意外すぎるんだけど」


「依頼人ありだ」


「探偵業でも始めたのかよ。まあ、なんでもいいけど。それより、コレ取れるか? 苦しいのに全然外れないし、コレ着けられてからは魔法が上手く使えないんだ」


 猫塚は自身の首に巻かれたチョーカーを指差す。いや、ペットに着ける首輪といったほうが近いかもしれない。よく見ると、それはベルト並の太さと厚みがあった。


「あら、趣味悪い首輪ね。亀山くん、それもおそらく魔力制御具の一種でしょう。どうにか外してあげて」


 いつの間にか、対戦相手をリーダーの鹿島に変えた兎川は、彼から距離を取りながら雑すぎる指示をくれた。どうにかっていわれてもなぁ。俺は方法が知りたいんだが。


「舐めやがって、この女!」


 兎川は鹿島の拳をするりと避け、瞬時に作った氷製バットをフルスイングした。腹部に叩き込まれた鹿島は、あまりの衝撃ゆえか声無く悶えている。いろいろと心配になる絵面だ。


「このように、私は忙しいから失礼するわね。亀山くん」


「さ、さいですか」


 女子を侮るなかれ。大事なので再度言ったぞ、鹿島。まあ、一度も口にはしていないけど。


「おっかねぇな、あの美少女。兎川陽華だろ? 亀チャンとペアの優等生チャン」


「そうだよ。……あ、メガネ壊れた」


「さっきから気になってたんだけど、そのメガネってなに?」


「……企業秘密だ」


「へぇ……。なぁ、コレどうにか外してくれよ」


 んな無茶な。そう思っていたが、本当に大変だった。素材が丈夫すぎて、引っ張ってもビクともしなかった。挙げ句、兎川が鹿島から奪った解除装置で無事に外しましたとさ。

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