第7話 猫探し。
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昇降口で猫塚の下駄箱を確認すると、そこにあったのは革靴だった。つまり、彼はまだ校舎内にいるということが確定したのである。
次に、いそうな場所を当たってみることになったのだが、新入生はまだ部活に入っていないし、外部生である猫塚が行くような場所はそうないから、自ずと限られてくる――ということで、俺たちは一年生の教室がある階へやってきた。
案の定、そこは静寂で包まれていた。実はこういう静けさが猫塚の好みなのではないか、と俺は思っている、直感で。だから、いる可能性が高いと踏んでいたりする。
「うーん。トガちゃんがいいか、陽華ちゃんがいいか、ヒバちゃんがいいか。それとも陽華っちがいいか、ハナっちにするか……悩むなぁ~! どれがいいとかある?」
「別にどれでもいいわ。どれも呼ばれ慣れないから、すぐに反応できる気がしないもの」
「余計悩むじゃんそれ!」
「というか、もう少し声量を落としなさい。とても響いているから」
「あっ、そうだね……えへへ」
俺がちらりと猫塚のことを考えていると、いつの間にか、兎川と犬森の距離が縮まっていた。犬森なんか緊張感を捨て去って大はしゃぎしている。顔を合わせてすぐの気まずさは何だったんだよ。実のところ、中学では仲が良かったとか? いや、少し違う気がするな。
そして、隣のB組の教室前に差し掛かろうとしたとき、女子たちが揃って足を止めた。犬森が緊張して――なら分かるが、兎川まで立ち止まったとは只事ではなさそうである。
「……ねえ、なんか教室変じゃない?」
「本当ね。教室から漏れ出ている空気に、魔力が混ざっているようだわ」
二人はそう口にした。当然、俺は何も感じられていない。ただ確実に何かが起こっているであろうことは、雰囲気で実感した。
「静かに寄ってみましょう」
兎川を先頭にそろそろとC組へ向かっていくと、初めに、犬森が自身の手で口を押さえて声を堪えた。兎川もドアの窓ガラスを見たのち、顎に手を当てて思考し始める。
「これは一体、何事かしら……」
「……兎川、軽くでいいから説明してくれ」
俺は兎川に小声で話しかける。状況が分からないと動くに動けないし、何より怖い。
「C組の教室内に霧が散漫してるの。亀山くんに視えないってことは、魔法で確定ね」
「ほう、霧ねぇ……」
俺には何も視えないから、兎川の言う通りなのだろう。にしても、霧の魔法か。どこかで耳にした覚えがあるような気がする。
「鍵も掛かっているようだし、随分と怪しいわ」
「ああ、どうにか室内の様子が知りたいところだな」
「お気づきでないようだけど、亀山くんなら見えるわよね? どうなっているか教えてくれるかしら?」
「おっ、確かにそうだな。おーけー任せておけ」
「あまりの軽さに、心配になってくるわ」
兎川のツッコミは流しておき、俺は透明ガラスを覗いてみる。
まず目に入ったのは、例の三人組のリーダー、鹿島の姿だ。次いで、取り巻き二人と猫塚の姿が視界に入ってくる。集団リンチのような構図だ。昼休みの報復でもするつもりだろうか。
「犬森、猫塚いたぞ」
「な、何してる? たぶん、霧って猫塚の属性じゃないと思うから、他にも人がいると思うんだけど……!」
犬森よ、おまえさん、ペア相手の属性も知らないのかい。あれ、それは俺もだったね。
「えっと……黒板のところで、なんか張り付けられてる? 感じ? だ」
「張り付けってどういうこと? てか、なんで疑問形?」
「企業秘密よ、犬森さん」
「んん? なんて?」
ただ視えないだけです、とはさすがに言えるわけもなく。そう、これは俺と兎川だけの秘密なのだ。一部、知っている人はいるけども。
「そういえば……犬森さんの属性があれば、侵入するのは容易いと記憶しているのだけど」
「えっ、陽華っち、あたしの属性覚えてんの!?」
「犬森さんは私の属性を覚えていないの? ときに、それで呼称は決定なのかしら……?」
「いや、めっちゃ覚えてるけど! ハナっちとあたしじゃ、そりゃもう天地の差というか」
「まずは呼称を決めきってほしいところなのだけど」
「いや、もうちょっと考えさせて? それより今は猫塚救出作戦だよ、張り切っていこう。鍵を開けたらたぶんバレるから、そしたら突入してきてね!」
声量を抑えながらも、犬森は張り切りを見せた。
俺は犬森の属性など知るはずもないので、何をするつもりだろうかと見守るつもりでいたが、兎川から「少し離れて」と手振りで指示された。そうだった、万が一にも弾くわけにはいかないな。そう思って一歩下がった刹那、犬森は「そいじゃ!」と床に吸い込まれていった。
「えっ。な、何事だ?」
「彼女の属性は『影』よ。影を操ったり、あなたを尾行していたときと同様、影の中に入って移動したりもできるの。ほら、これで視てみなさい。猿井さんからの届け物よ」
振り回されて疲れと呆れを見せる兎川は、ふらりとしそうな様子を堪えて俺に四角いケースを差し出した。見たことのない表情をしているな。もちろん、絵にはなっている。
「これは……メガネか」
受け取ったケースを開けると、そこには一本のメガネが鎮座していた。早くも試作品第一弾を完成させてくれたらしい。
猿井のこのスピード感には、こちらも張り切ったレビューで答えねばなるまい。まず、デザイン性に着目しよう。これは即コメントしたくなる造形だ。例えるなら、そう、遊園地で使われている本格3Dメガネっぽい。さすがにカラーレンズではないが……どうしてこうなった。
「本当にこれで合ってるのか? なんというか――」
「まさか、私を疑っているの? それとも猿井さんに物申すと?」
「いえ、スミマセン」
話している間に、犬森はもう教室内へと入ってしまった気がする。仕方ない。ひとまず、試着してみよう。浮かれている人に見えそうとか、そんなデザイン性は置いておく。
「おぉ、分かるぞ。こりゃ確かに霧だな、すげぇ霧」
「語彙力なく感心するのはあとにして。それより、内側の様子はどうかしら?」
「いや、タイミング」
掛けたばっかりなんだが、秒で外せとおっしゃるか。これ掛けてちゃあ見えないのよ。
俺は感動とともにメガネを外して室内を見る。彼らに大きな動きはない。たぶん内側も同じで、霧に遮られて外側なんて見えていないのだろう。割かし堂々と覗いているのにバレないし。
「一応、気づかれてないっぽいぞ。犬森がどこにいるかは視えないけど」
「ごめんなさい。せっかく掛けたのに、すぐに外さないといけないタイミングだったわ……。めんどくさいわね、あなたの目」
俺もそう思うわ。タイミングがすこぶる悪かったとも言えるけど。
「今は掛けないほうがいいやつかな」
「いいえ、さっきのは私のミスよ。だから、今からはむしろ掛けて。あなたが入れば、魔法の霧はすぐにでも消えるでしょう。せっかくの機会だから、ぜひ視ておいてほしいわ」
「そういうことなら、掛けるとするか」
謎の3Dメガネ、じゃなかった、魔法視メガネを改めて装着する。呼称は三秒前に決めた。
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