第6話 背後にご注意。
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昨日から通常授業に切り替わったため、放課後に集合できる時間が遅く、また短くなった。つまりは本番が近づきつつあるわけで、じわじわと焦りを感じてきそうなものだが、俺には不思議とそれがなかった。猿井のメガネが待ち遠しすぎて、それどころでなかったとも言える。
教室での様子を他人事のように思い出しつつ、俺はいつもの会議室へと向かう。颯爽と咎めに行った猫塚、悔しいけどクールに決まっていたな。
ノックをして、室内からの返事を聞いた後に会議室の扉を開く。俺は「よっ」と返事をしただけなのだが、こちらを向いた兎川が驚いた様子で目を見張った。
「亀山くん。あなた、後ろがガラ空きね」
へ? まさか、何か付いてる? それとも、憑いてる? と、変に恐怖心が煽られた俺はくるっと振り返る。
「ひゃっ!? んえ……弾き出された……?」
すると、そこにはなぜか犬森光葉の姿があった。いつの間に跡をつけられていたんだ。全然気づかなかったぞ。ちゃんと人間だったことには、たいへん安心した。
「えっと、犬森?」
「ど、どうも~。あ、ははは」
犬森は困った顔でへらへら笑い、両手の人差し指を胸の前で合わせては離してみたり、くるくると回してみたりと気まずそうな様子だ。
「どうも、犬森さん。顔を合わせるのは久しぶりね」
「ひ、久しぶり~、兎川さん」
どうやら兎川と犬森は顔見知りらしい。まあ、内部生同士だから十分あり得る話ではあるのだが、ただそれだけではない何かがありそうな雰囲気である。中等部で何があったんだよ。犬森が異様に緊張してるじゃないか。まるで叱られることを察した犬みたいだ。
不分明にもやもやした思いを抱えていると、背後から兎川に肩を叩かれた。耳元で「亀山くん」と囁きが聞こえる。
「ここに来るまでの間、もっと緊張感を持ちなさい」
「……スミマセン」
ふと先日の会話を思い出す。俺の魔法は、警戒すればするほど出力が上がり、気を抜いていれば効果は下がる――言ったのは兎川だったな。見事、その実証となったわけだ。
と、二人でコソコソしていた一方で、犬森は自問自答をしながら意志を固めるようだった。
「……こうなったら、もう真っ向勝負だよね……」
おいおい。うっすら聞こえたけど、何との勝負だよ。まだ予選も始まってないぞ。これから素潜りを始めそうなほど深く息を吸って、一体どんな宣戦布告をするつもりだよ。
「あの! 亀ちゃんにお願いがありまして!」
ほうほう、俺との勝、負、え。俺にお願いとか言ったか?
「えっと? 俺に、なんて?」
「亀ちゃんにお願い! ね……猫塚を説得してほしいの……っ!」
「なんで俺だよ!?」
「だって! 亀ちゃんって、猫塚とすっごく仲良いし」
「いや、それはきっとたぶん絶対に誤解だ」
「即答しようとした割には曖昧だね!?」
正直、猫塚案件で頼りにされるのは心外だ。俺はそんなやつじゃない。
犬森とぎゃんぎゃん争っていると、兎川がわざとらしく咳払いをして割り込んできた。
「入り口で叫び合ってても仕方ないわ。会議室の中で話を聞きましょう。犬森さんも入って」
「あ、ありがとう、兎川さ――」
「早く入ってくれるかしら?」
犬森への当たり、キツくないか。と一瞬だけ思いかけたが、俺も初対面で引きずり込まれたんだった。これが兎川の通常運転だったな。重々思い出しましたとも。
こうして女王感増々の兎川に導かれた俺たちは、一つの机を囲んで着席する。俺自身はまだ同意していないが、兎川が言うなら受け入れるしかないだろう。見守り隊、ここに見参。
「さて、犬森さん。詳しい話をお願いできる?」
「詳しい話というか……あたし、ペアなのに猫塚のことをほとんど知らなくて……」
「それはどうして? ペアなら毎日でも話をするものでしょう?」
ここで俺は黙って目を逸らす。兎川の言葉で聞いてしまうと、改めて申し訳なくなった。
「ううん、してない。作戦くらいは立てるんだけど、それ以上はあんまりコミュニケーションを取ってくれなくて……あたしの何が悪いのかさっぱりだから、直しようもないんだ……」
「大体分かったわ。じゃあ、その猫塚くんをさっさと呼び出しましょう」
「ふぇ!? い、いや、心の準備というか!」
「そんなの、呼び出してからいくらでもできるわ。彼も交えて話し合って、とっとと決着をつけるべきよ。犬森さんが一人でうだうだしていたところで何も変わらないわ」
さすが兎川、気持ちいいくらいスパッと言ってのけた。そんで、良策だから犬森だって言い返せない模様だ。俺としては、そうしてくれるほうが大いに助かる。
「ああ、精霊を通して通話できるはずだろ。それで猫塚を呼び出しちまえよ」
「え、何その機能。ちょーハイテクじゃん?」
後押ししながらサクッと解決――のつもりで言ったのだが、まさか知らないとは思わなかった。俺は魔法領域の常識が分からないから、つい周りを常識と思い込んでしまう節があるようだ。そう考えると、やっぱり兎川ってばチートじゃないか。
「すまん、兎川。教えてやってくれ」
「……仕方ないわね。言ってしまったらそうするしかないもの」
兎川の冷ややかな視線が痛い。本当にすみません、と手を合わせておく。
「犬森さん、説明するからこっちへ来て」
戸惑いながら見つめてくる犬森を促し、俺は一息吐くことにする。
やはり、猫塚案件で頼りにされるのは心外だ。
犬森の言いたいことは分からないでもない。むしろ分かるからこそ俺向きではないと思う。
猫塚は俺史上初パターンの絡み方をしてくるし、未知すぎて何も分からない。分からなすぎて戸惑いしかない。仲良いのかな?
「だめだー、応答ない……。繋げられてる気はするんだけどなぁ」
「何か、立て込んでいるのかしら」
「うーん、どうだろ。あたしにはさっぱり。亀ちゃんは?」
「いや、知らん。ついでに連絡先も知らん。あいつ、普段はどうなんだよ。即帰宅タイプか?」
「それも分かんないんだってば」
なんでか、犬森がいきなりスンと冷たくなった。この短時間で兎川の温度が移ってしまったのだろうか。もう餌を持ってないことが判明してそっぽ向かれた、みたいな気持ちだよ。
「……とりあえず昇降口行こうぜ。靴があるか見るのが手っ取り早いだろ。その後に、いそうな場所を当たってみるって感じで」
「待って待って。それって、直接探しに行くってことだよね? いつ心の準備すれば!?」
「道中でできるわ。亀山くんの案で一刻も早く、確認しに行きましょう」
「ちょっ、待ってよ、兎川さん!」
「犬森さん、そろそろハッキリして。私たちだって暇じゃないの。もしこのまま行かないなら、あとはあなたが一人でどうにかしなさい」
「……い、行く。あたしだけじゃ、これまでと一緒だから……」
「決まりね」
妙に乗り気な兎川に反して、犬森は早くも緊張し始める。どうやら、当初の気まずさはなくなったらしい。なんだかんだ安心した気持ちで、俺も二人を追いかけて会議室を出た。
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