第5話 友だち?との食事はドキドキする。
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クラス内の話題は昼休みになっても変わらないらしかった。
俺としては興味も入る隙も場所もないので、いつも通り、一人でゆったりとランチをするつもりだ。さて、屋上入り口でも行くかな。今日はコンビニで海苔弁を買ってあることだし。
アニメではよく屋上ランチの光景があるが、残念ながらこの鶴島学園はそれを許可していない。噂によるとその昔、屋上から脱走した生徒がいたとかいなかったとか。事の真相や如何に。
だがそれよりも、俺には気になることがある。
――なんで俺の目の前に猫塚が座ってんだ?
俺の前席にある椅子を借りて後ろ向きに座っており、机の上には同じコンビニの唐揚げ弁当が置かれている。そして彼は、さも当然かの如き様子で弁当の蓋を開けた。
「よく食べるよな、熊崎は。二時限目と三時限目の間でも何か食べていなかったか? うん、健やかに育ってほしいよ。なぁ、亀チャン?」
「いや、まあそれは全面的に同意見だが。なんで俺の席にいるんですかね、猫塚くん?」
「んー、なんとなく?」
猫塚が俺の席にいるせいかは分からないが、誰も話しかけられずにただこちらを見ているようだ。俺ってやっぱり未知の生物だったりするのだろうか。だったら、心底微妙な想いしか抱けないんですけど。傷ついちゃうんですけど。
「真面目な話、亀チャンといると気が楽なんだよ。気を遣わなくていいっつーか」
褒めてるのか貶してるのかどっちか分からない。そんなことは初めて言われたし。
一緒にいて楽とは、人として好意的な認識をされているのか、それとも雑に扱ってもいいやと思われている節があるのか。後者ならわざわざ本人に面と向かって言わないだろうが、皮肉ということはあり得る。人間ってのは分からない生き物だ。
「俺はどういう反応をするのが妥当なんだよ?」
「そのまんま受け取ってくれりゃいいさ。俺、亀チャンのこと気に入ってんだぜ」
「なんでだよ」
「そりゃ、ここでは言わないほうがいい理由だ。お互いに、な」
唇に人差し指を当てて、シーッとする。だから、そういうことは女子に向かってすることだって、何回も目で訴えてるだろうが。みんな、猫塚と仲良くなりたがってるんだぞ。あぁ、視線が怖い。でも、わざわざ俺が言うのは違うから口にする気はない。
「あ……そう」
まあ、猫塚がいようがいまいが、俺の振る舞いはあまり変わらないからいいとしよう。いたいならいればいい。来る者拒まず、去る者追わずだ。
それからしばらく、互いに黙々と弁当を食していた。これといった話題がないため俺から話は振らないし、猫塚も話す気があまりないのか話題を出してこない。その効果か、妙に重々しい空気になって、遠巻きに見ている人たちもいなくなった。各々、談笑に花を咲かせていく。
しかし、突如として教壇に上がり、「はーい、クラスの男子諸君、注目!」と大きく呼びかける男子がいた。イケイケグループ男子隊の盛り上げ隊長だ。俺たちも対象に当てはまるので、とりあえず視線は向けてみる。
「今日、カラオケ行かねー?」
いや、なぜ? どうして、この時期にカラオケへ行くんだよ。大会が終わったわけでも、ましてや始まってさえもいないのに。もしや、探りを入れるためか? そうだったら、やり方が下手すぎるだろう。あからさますぎる。
「……アホくさ……」
猫塚はぼそりと、俺にだけ聞こえるくらいの声量で呟いた。ねえ、なんなの。なんで俺の前でだけ毒づくの、こいつ。
「熊崎は行くかー?」
バラエティーの司会者っぽい動きで、盛り上げ隊長は熊崎に尋ねた。しかし、反応したのは熊崎ではなかった。
「はっ? 熊崎はいいだろ」
そう言ってケラケラと笑い始めたのは、飛行実習で熊崎にちょっかいをかけていた例の三人組だ。発言した男子がリーダーらしく、偉そうにふんぞり返っている。そこに、取り巻き二人が続いた。
「確かに、意味ないわな!」
「それなー! オレらと違って、大会出ねえし!」
熊崎は俯いてしまった。シュンという効果音の似合いそうな表情はかわいいものだが、そんな顔をさせる原因を作った輩は許せない。
「……懲りてねぇんだな……」
猫塚は再び小さく吐き捨てると、その三人組の元へと優雅に歩いて行った。
「なあ、月曜日のこと、熊崎と亀チャンに謝ったのか?」
「あん? 月曜日? んー……ああ、謝ったよ謝った」
嘘つけ。謝られてないぞ。この調子では、たぶん熊崎にも謝っていないだろうな。
本人たちを目の前に、よくもまあ嘘を吐いたものだ。
猫塚がこっちを向いたから、俺は首を横に振っておく。熊崎もそんな俺を見て、同じく横に首を振った。
「嘘はいけないなぁ。今すぐ、ここで謝りなよ。今のことも含めてさ、まず熊崎に謝れ」
「なんでオマエに指図されなきゃなんねーんだよ。王子様気取りですか、さっむー」
「ん? 言われなきゃできない人が何言ってるのかな?」
猫塚は笑みを浮かべたまま、リーダーっぽい男子の襟を掴んで教室の隅っこへと連れて行く。
「なっ、なんだよ、猫塚」
「ねぇ、鹿島くん。君たちの属性ってなに?」
「はあ? 残念だったな。外部生は分かんねーで」
「そうかな? 内部生にも君たちのことが知られてるとは思えないけど。もしかして、悪目立ちできてると思ってる? みんな、君たちにそこまで興味ないと思うけど」
話しつつ、猫塚は鹿島と呼んだ男子にぐいっと顔を近づけた。みなに背を向けているため、俺たちの誰も猫塚がどんな表情をしているかは分からない。声色もわざとらしすぎて、感情がまるで読み取れなかった。
「で、なに? 教えてよ。君たち三人の属性」
「お、オレは霧デ、蛇沢は蔦デ、相馬はドッペルゲンガー……あ、あれ?」
鹿島はカタコトで言葉を並べていたが、たちまち「信じられない」と絶望を顔に貼り付け、そのまま教室を飛び出していった。慌てた様子で、取り巻き二人も教室を出て行く。
クラスから拍手が湧き上がった。
俺はなんとなく、さっきのは一種の催眠だったんじゃないかと想定する。ありがとう、歴代のラノベたち。これ、間違ってたらちょっと恥ずかしいけど、たぶん合ってると信じるぞ。
「――で、ええっと、熊崎と、あと亀山と猫塚はカラオケ参加する?」
「猫塚、パスで頼むよ」
「ぼく、熊崎もパスで……」
「亀山もパスで」
元より、カラオケに行く暇なんてないしな。
結局そのあと、他のクラスメイトたちもみんな仲良くパスしたため、この話は無しになったそうだ。うんうん、真面目に冷静になれよ君たち。
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