第4話 あのシトラス男子のせい。
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情報公開日から二日が経ったが、未だに衝撃だった内容は談話の題材に選ばれるらしい。
我らがC組の場合、最も盛り上がっているのは犬森&猫塚のペアだ。二人が珍しい同クラス内ペアだというのもあるが、女子の中で猫塚のことがとりわけ話題になっている。あのシトラス男子め。まだ登校してきていないから、みんな好き勝手に盛り上がりまくりだ。
「マジで気づかなかったよ、みつば~! 二人で狙ってたの? やるじゃん~」
「てか犬森、羨ましくない? 内部のあたしらにとっちゃ、謎の転校生ていうか? 猫塚、ちょーカッコいいしさ」
「どっちも分かる~。うちのペア、そもそも内部生同士だもん。顔も性格もイケメンな外部生とのペアっていいなぁ~」
イケイケグループの女子たちに囲まれ、犬森は中央で苦々しく笑っていた。
「あはは……同じクラスだから、結構? それなりに? やっぱり大変だったよ~? どうやって隠そうかってなってね。だから、逆にあんま話してないというか……」
「またまたぁ。みっちゃん、実は結構仲良くなってたりしないの?」
「う、うーん、特別なことはないかなぁ」
大変だな。俺にはどっからどこまでが社交辞令かイマイチ分からん。妹のちゃっかりにも七割くらい普通に引っかかっちゃうし。いや、嘘だ。そんなに引っかかってない、はず。
俺は女子グループを横目に自分の席に向かった。何故か犬森からの視線を感じたが、お生憎様、俺には何もできるはずないぞ。
「亀くん、おはよ~」
俺が席に着くと、熊崎がほわほわ微笑みながら歩いてきた。その手には、菓子パンが一つ握られている。熊崎の顔並みに大きなパンで、三分の一ほどが既に食われていた。
「ああ。おはよう、熊崎」
この間は体操着だったが、いざ制服の熊崎を目の当たりにしてしまうと、頭を抱えそうになる。いや、ズボンの熊崎ももちろんいいんだけどね? パンツスタイルの女子とか、学校制服以外では普通だし。でもやっぱり、性別不詳系キャラは不詳のままが美学みたいな暗黙の了解とかあるだろう。男の娘とか特に――いや、待てよ。服装が全てでは断じてない。
今や、ジェンダーレスの時代だ。男子でも化粧をしたり、スカートを履いたりする。そも、学校制服以外では一切スカートを履かない女子だって一定数いるとのことだ。
最近では、制服の改革をなされている学校もあるらしい。うちの星良曰く、「制服が最初から選べるならズボンを選ぶかも? でも、普段はスカート履かないし、むしろ制服くらいスカートなのはあり。どっちにしろ、申告制だったらわざわざしないかな。ぶっちゃけ、めんどくさいもん」とのこと。本当にあいつは俺の妹だよ。
個人的には、あのタイプのスカートは学生服ならではな気がするし、スタンダードはスカートのままでいてくれていい。だが、当事者にはなりようもないので、心の内に留めておく。
ところで、ミニスカって冷えないのかな。視覚的にはいいけど、身体は大切にしてほしい。
「今日も猫さん遅いね?」
「そうだな」
熊崎はキョロキョロと教室内を見回しながら、はむりと菓子パンを頬張る。いつの間にか、さらに半分くらい減っていた。もぐもぐと頬張る熊崎はとても癒やしだ。
「話が変わるんだが、それは朝食か?」
「うーん、ちょっと違うかなぁ。朝ご飯でおにぎり二個しか食べれなかったから、足りなくて……追いモーニング?」
「追いモーニング」
そんな追い飯みたいに言うなよ。追加コンテンツだけで腹いっぱいだわ。
だが、熊崎の言うように、俺もそろそろ猫塚が気になってきた。SHRまであと五分を切ったくらいなのに、彼はまだ来ないらしい。
というか、ペアの犬森が困ってるんだから、おまえが早く来て助けたれよと思う。
今朝これだけ盛り上がってるのは、昨日ふたり揃って教室にいない時間が長かったのも要因だろう。呼び出し主は猫塚のほうだったから、結局おまえがどうにかしたれ案件だ。犬森が可哀想になってくるぞ。
「っ……はぁ。あー、間に合ったぁ」
すると、熊崎のパンが残り少なくなった頃に、ようやく話題の主役が登場した。
走ってボサボサになった髪が掻き上げられると、その物珍しさに爽然さが伴われて、クラスの視線が彼一人に総集される。猫被り塚め、無駄に色気を出しやがって。高校生にはこう、いろいろと早いだろうが。
「おーっ、猫塚来たぞ。遅れて登場ってかコノヤロウ!」
「んー、何の話だよ? 俺はただ寝坊しただけだから、何のことかさっぱりなんだけど」
はて、嘘か真か。それを疑っているのは、おそらく俺だけだと思うが。おそらく、寝坊のほうは本当だろう。未必の故意という言葉があってだな、そうなってもいいやと行動することをいうらしい。ま、法律用語だけどね。
「ク~ッ、さっすが猫塚だな。格が違うぜ」
「え、なになに。すごく気になるぞ?」
登校早々、イケイケグループの男子隊が猫塚を囲んだ。そこに、女子隊も合流を果たす。
「いやねー、あたしらずっと猫塚の話してたんよ。ねー、犬森」
「う、うん」
おまえのおかげで犬森が困り果ててるぞーと言ってやりたいが、窓側から大声を出す勇気はない。月曜日みたいに、目だけで訴えておこう。
「はいはい、ホームルーム始めるぞー」
そんでもって、ちょうどいいところに牛久先生のご登場だ。
俺には、猫塚が何もかもを狙っていたように思えるんだが、それってどこかおかしいだろうか。いろいろ怪しいし、羨ましいし、ついでに何故か手を振られているし。
わ、分かんねえ。熊崎から手を振られれば頬が緩むことしか分からない。
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