第3話 その道の精通者はすんごい。

 俺が取り残された気持ちで佇んでいると、猿井は何かを思いだしたかのようにポンと手を叩いた。


「あっ、そうですそうです。忘れるところでした。亀くん氏にはまず、魔力制御具を使ってみてもらうのはどうかと思うのですけど」


「なんだそれ」


「魔力を扱いきれない人のための魔法道具です。アクセサリー型になっていて、装備するだけで魔力が制御される優れものですぞ」


「ほー。魔法道具が使えた覚えのない俺でも平気かな?」


「普通の魔法道具と用途が違うので、おそらく平気かと。百聞は一見にしかず、ですね。ちょっとばかり、お待ちをば。使ってないやつを持ってきたので……あれ、どこだろう。急いで突っ込んできてしまって……あ、ありました。どうぞ」


「おう、ありがとう」


 猿井から手渡されたのは、小さな丸玉が連なったブレスレットだ。水晶というか石英だろうか、透明なものや白っぽいものが混ざっている。綺麗だな、普通のブレスレットと変わらない気がするくらいに綺麗だ。とりあえず左腕に着けてみることにしよう。


 うん、特に変化したとの実感はないが――。


 顔を上げてみると、早く効果を検証したくて、瞳を嬉々とさせている猿井が目に入った。装置を見るためのスタンバイはOKな模様。もしや急かされてる?


 俺はもう一度黒板の前に立った。


「どうだ?」


「おぉ、効果ありです。六、七割ほど抑えられています」


「へえ。すごいな、このブレスレット」


「でしょう? ただ、現在は比較的リラックスしている状態なので……効果としては、まずまずかと」


「警戒状態のデータも必要かしら?」


「やめてくれろ!? やる気満々で指を鳴らす動作をするな! 鳴ってねえし!」


「それは喧嘩を売っていると受け取るべき?」


「なんでだよ!」


 俺と兎川が言い合っていると、猿井が誰もいないほうを向いて、完全に吹き出していた。咳き込んでいるレベルで笑っている。何がそんなにおもしろかったか分からないが、コントでもやっていたような気になっちゃうのでやめてくれ。


「ふふ……っ……し、失礼しました……えっと、あとはやっぱり魔法を認識できるようにしないとですね。今は、スマホで撮影しながらやっているんでしたっけ?」


「そうだな。精霊を映してみたら――」


 俺が虚空を見つめつつ当時を思い出しかけていると、猿井が興奮した様子でガタッと立ち上がった。と思ったら、つかつかと足早にこちらへと歩み寄ってくる。


「本っ当に、その話を聞いたときには顎が外れるかと思いましたぞ。あの愛くるしくも神聖な精霊を撮影するなんて素晴らしい発想をなさる方がいたのもそうだし、精霊が意外にもノリノリで撮らせてくれるものだからもう、堪らん……! なんといっても、神秘をこの手で記録できるという又とない機会には特別感、幸福感が止まりませんよ……はわぁ……鶴島学園に入っていてよかったぁ……」


 息継ぎも最低限に、猿井は愛を紡ぎまくった。すごく早口なのによく噛まないなぁと感心していると、一度ハッとしてから再び話し始める。


「ンッンン、失礼しました。とにかく、ずっとスマホで映しているわけにもいかないので、やはり魔法を恒常的に視るための最善策は何かと考えまして……そう、メガネなのでは、と」


「なるほど、メガネか」


 確かに妥当なのだろう。幽霊とか妖怪とかが出てくる作品で、霊感のないキャラが霊視のためにメガネを着けるってあるもんな。


「実は既に鋭意製作中でして……完成はまだですが、レンズの当てはあるので……試作品でいくつか、その名の通りお試しいただきながら、開発させてもらえれば……」


 メガネをくいっとやりつつ張り切る猿井には、全くもって話しかける隙がない。

 まあ構わないか。何にせよ、開発には全面協力するつもりだし。だって、現状では俺にしか需要がないからな。お試しを俺がやらねば詰むだけさ。やだよ、そんな五七五。


「亀くん氏!」


「は、はい」


 ぐっと右手を掴まれ、俺はちょっと驚いて仰け反った。

 猿井は両手で俺の手を包み込んで、今日一番の力強い瞳を向けてくる。精霊の話で何らかのスイッチが入ったようで、テンションが五段階くらい上がっていた。


「わたし、がんばるので。もうしばし、お待ちを! そして、試作品には詳細なレビューを!」


「わ、分かった。よろしく頼むわ」


「あっ、でも何かあったらホント遠慮なく、どぞ」


「おう、助かるよ」


 ふにゃりと笑った彼女は俺から手を放し、今度は俺に背を向けて、もにょもにょとする。


「言ってしまった……こりゃ前代未聞のプロジェクトですぞ、わたし。需要は限られそうだけど、亀くん氏みたいな人には必須のもので、もしや世紀の大発明になるのでは? って案件で胃がちょっと痛いけど……がんばれ、わたし」


 多方面に少しずつ不安が見えるような気もするが、常時視えるようになるという希望が見えたのは大きい。


 もし完成しなかったら、実質的に困るのは俺だけなわけで、それはなんとしても避けたい。兎川をこの方面では当てにできないから、マジで頑張ってほしい。頼むぞ、猿井。


 さすがに面と向かって口にはできないから、精一杯の念を送っておく。

 できれば、カッコいい感じのデザインでひとつ。俺に似合って、何割かカッコよく見えれば全然いいから……!

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