第2話 検査?実験?検証?

「猿井さん、そろそろ本題に」


「ハッ。そうでしたね、トガちゃん氏。まず、亀くん氏の特徴を見ていくとしましょう」


 机に鞄を置き、ガサゴソと猿井が取り出したのは、小型のノートパソコンにしては小さく、電子辞書にしては大きい、折りたたみ式の装置だった。


「それ、なんだ?」


「これはわたしの作品で、魔力を見るための装置です。まだまだ試作段階ですが、一応とある方の監修を受けての成功例第一号なのですよ。ささ、黒板前に立ってもらえますか、亀くん氏? トガちゃん氏はこちらに」


 猿井はテンションを二段階くらい上げて、アトラクションの案内係みたいなハキハキ度で誘導を始めた。たとえ試作品だとしても、すでに作品があるのか。すごいな。


 俺は猿井から言われた通りに、黒板の前で直立する。一方、兎川は猿井の隣に腰掛けて、彼女の横から画面を覗き込んだ。

 緊張するなぁ、女子二人から真剣な眼差しで見られるって。画面と交互に見られていると、実験動物だか未知の生物だかになったような心地がしてくる。なんか違うぞコレ。


「確かに、常に魔力を纏ってる様子があるっぽいですね」


「やっぱり、体質ではなく魔法なのかしら」


「はい。こちらを見ても、魔力を纏っているのが分かりますし」


 言っていることは分かるが、どうなっているのかは全く分からない。俺も知りたいんだが? 一度よく考えてみてほしい。俺の特徴って、実は俺が一番見たいヤツなんですよ。


「動かないで、亀山くん。ブレているから」


 だーもう。二人だけでキャッキャと盛り上がるなっての。本当に実験動物になっちまうぞ。


「俺だって気になるんだっての。俺にも分かるように教えてくれよ」


「あら、確かにそうね」


「し、失礼しました。えっと……」


「絵にしてみたらどうかしら」


「トガちゃん氏、ナイス。そうしましょう。少々お待ちください。今、イラストで起こしてみますので……」


 今度は鞄からB5のリングノートとシャーペンを取り出し、猿井は画面を写していく。描くことに慣れているのか、全く迷いがなかった。さっと描き上げ、俺に絵を見せてくれる。


「どうです? とても簡単に描いてしまったのですが、分かりますか? 本当は現像的なことができればいいんですけど、とりあえずはこれで――」


「おぉ、上手。えっ、上手いな。いいよ、むしろコレがいいくらい。十分だ」


「お、恐れ多いです」


 食い気味に感想を言ってしまった。それくらいに分かりやすかったから、思わず。


 デフォルメされた俺は精霊みたいで、身体の周りには集中線が描かれている。ゴゴゴッと効果音を付けられそうな、まさに「気」が発されているような雰囲気だ。これをシャーペン一本でさっと描き上げたんだから、たいしたものである。


「なんか凄そうなオーラみたいなのを纏ってるんだが、これは?」


「魔力です。属性『対魔力防御』として、常に魔法を発動し続けているような感じでしょうか……。亀くん氏は少し特殊なので、おそらくは外からの魔法に触れた瞬間、防御効果を発揮しているものと思われます」


「それは歴とした属性と呼べるのか?」


「十分に当てはまるかと。種類として、わたしは聞いたことありませんが、属性は人それぞれですので……あ。もしかして、違う呼称のほうがよかったですかね? たとえば『魔法無効化』とか……!?」


「いや、それは平気だけど――」


「はわ、ついやってしまった……。まああの、亀くん氏のお好きなようになさってくれれば、わたしはいいので、ホント……」


 猿井は自信なさそうに、ぼそぼそと言葉を並べる。距離感が難しいが、悪い気分はまったくしない。彼女なりに考えてくれていたのだろう。


「じゃあ、好きに呼ばせてもらうよ。どっちにしようかなぁ」


「へ? もしかしなくても、わたしの出した二種類で……?」


「ああ、それのどっちかでいいかなって。兎川もいいと思うよな?」


「亀山くんの属性なのだから、そもそも私に異論はないけど……いいんじゃないかしら。分かりやすいし、語感だって悪くないわ」


「きょ、恐縮なのですが……!?」


 俺としては、どっちの呼称でも割とありだ。兎川のお墨付きもあることだし、じっくりと悩ませてもらおう。直感に頼ると、最初の『対魔力防御』になるかなぁ。


「それより、一ついいかしら。属性って扱いとしてはどうなの? 私は、得意魔法中の得意魔法が属性と思っていたのだけれど、亀山くんの例を考えると少し引っかかる気もするのよね」


 兎川に「それより」と捨て置かれた。はいはい、あとでゆったり考えますとも。

 だが、それは俺も気になっていたことだ。魔法とは無縁でござるって体で生きてきた俺なのに、弾く魔法だけは自然と身についちゃってたのだし、属性って特異な扱いって感じがする。


「確かに、得意中の得意が属性といった認識自体はあながち間違いではありません。しかし、得意魔法と属性は、正確には若干の意味が異なるかと」


「どんな感じに?」


「わたしにとって属性とは、わたしが『唯一、自然と身につけた魔力の使い方』です。そして、魔法自体があまり得意ではないわたしでも、属性である『物体の重力操作』だけはすぐにできます。……まあ、自分の体重以下の物限定なんですけど……このように」


 そう言いながら、猿井は持っていたシャーペンとノートを宙に浮かせてみせた。これは見えるからありがたい。兎川のときはまるで視えなかったからな。


「トガちゃん氏はどうです?」


「ええ、私にとっても同じだわ。何も考えなくても、それは魔法になってくれるもの」


 兎川が手の平を上に向け、空中に何かを出す動きをしている。くっそー、スマホを机の上に置いてきたから何も視えないぜ。大人しく諦めるしかない。


「話を戻すようだが、体質とも違うんだよな?」


「はい。属性とは本来、事物が有する性質を表す言葉なので、体質とも似ているものです。けれど、その二つは違います。体質のコントロールは難しくとも、属性のコントロールは十分に可能ですから」


 数値を元に分析してもらった上でそう言ってもらえると、やはり安心する。別に、今までの兎川をないがしろにしているわけではない。断じて。


「亀くん氏はそもそもの魔力量がそこそこ多いので、常に無意識で発動し、弾いてる可能性があります」


「加えて、用心によって左右される、と私は見ているわ。怖がったり怪しんだり、警戒すればするほど出力が上がる。逆に、気を抜いていれば効果は下がる、といった具合に」


「あり得ますね」


「実験してみる? 喜んでぶちかますわよ」


「やめてくれます!?」


 構えるな構えるな。いくら弾けると言われても、視えないんだからそれなりに怖いんだよ!


「トガちゃん氏、検証完了です。その通りっぽいですよ!」


「本当に便利ね、その道具」


 ダメだ。リアルの俺のことなんて全然見ていない。二人で画面を見ながら楽しそうに盛り上がっている。楽しそうでいいけどさ。俺の身にもなれってんだ。

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