第4章 嘘と本音とメガネ
第1話 サポメンはタイミング悪くやってくる。
本当に突如として疑問に思ったことであるが、兎川陽華とは果たしてどのような人物なのだろうか。
というのも、俺は初対面の日以来、彼女が声を荒げているところなんぞまるで見ていないのである。あの時は確かに、俺が大幅に遅れてきたり、衝撃発言を連発したりしていたから、とも言えなくはない。むしろ、その点に関しては俺が原因すぎる。だがやはり「あの日だけ」というのは、いささか気になるものだ。
初日以降の兎川は、優等生感溢れるクールビューティキャラがほとんど崩れていない。だからこそ、当初のツンデレ感がそれはもう懐かしいというか、一周回って疑問にまでなっているくらいには懐かしいという感じである。
ここでパッと思い浮かぶ答えを挙げてみるが、俺という存在に慣れてきてくれたのかな? いやどの動物だよ、とセルフツッコミを入れずにはいられない。ちなみに、兎は種類によって様々で、ツンデレな子だって割といるらしい。わざわざ調べたとかではないデス。たまたまテレビでやってたんデス。
そんなことを考えながら、俺はいつもの会議室で少し緊張しながら座っていた。漂う空気がどことなく妙な具合にシュッとしていて、反射的に身体が縮こまる。それこそ、亀が甲羅に頭を引っ込めるかの如き有様だ。俺に隠れるところなんてないんだが。
そして、本日の兎川がこちら。
静かに座っていたと思ったら、やにわに立ち上がって教室前方へと歩いて行き、ドアを気にしながら円を描いて歩く。暫時の後、また椅子に腰掛ける。
俺が来てから約十分、同じ流れがこれで五回目だ。ペースとしては二分間に一回の計算になるが、少しずつ間隔が狭まっている。勘弁してくれ、怖いから。せめて、何か言ってほしい。
「亀山くん」
「あ、ハイ」
「今日は待ち合わせをしているの」
「ほう」
でしょうね、と返しそうになった。あれだけドアを気にしていたら、さすがに分かる。逆にそうでなかったら、何事だってレベルで分かる。ゆえに、刺激するべからず、だ。
今の彼女はそれなりにイライラとしているだろう。かつて俺が遅刻をしたときだって、すごい剣幕で怒鳴られたことだし、待たされるのが得意でないことは明白だ。
俺もちょい遅れてくればよかったかもなぁ。来てすぐはそんな様子を微塵も見せていなかったから、おそらく七、八分前に約束の時間を過ぎたのだと思うし。
「けれど……まだのようだから、昨日あなたが訊きかけた質問を受け付けてあげる」
「ハイ。え?」
「さあ、どうぞ」
てっきりイライラとしているものだと思っていたが、声色は想像の三割増しで穏やかだった。これはイライラよりも、そわそわのほうが正しかったらしい。まあ、空気が悪くないだけよしとしよう、そうしよう。
それより、せっかくの機会だ。兎川の気が変わらないうちに、俺が時間を稼ごうじゃないか。
「兎川の属性って何だ? 針山とか兎と亀とか造形してたから、氷なのかなとは思ってるけど」
「正確には少し違うかしら。氷も含まれるというだけで、その――」
兎川が答えを口にしかけたところで、扉をノックする音が三回響いた。
いや、タイミング。あれだけ時間があって、今かよ。世界が俺に優しくない。あれ、それって今に始まったことじゃなくない?
「あ、あのー、トガちゃん氏?」
おそらく兎川のことを呼んだであろう女子生徒が、そろ~とドアをシャーペン一本分だけ開けて覗いてくる。顔が全然見えない。
「待っていたわ、猿井さん。どうぞ入って」
兎川が迎えに行くと、彼女は幾分か安堵した様子で入室してきた。
黒髪をお団子で一つに纏め上げた涼しめスタイルだが、あちこちで毛がぴょこぴょこと飛び出ている。癖毛なのか、なんだか微笑ましい。そして、オレンジ色のアンダーリムメガネがよく似合っている。
なるほど、この女子生徒が猿井彩芽さんか。
「すみません、トガちゃん氏。例の物を取りに行っていたら、思ったよりも時間が掛かってしまって……」
「平気よ。さあ、こっちに来て」
おずおずと足を踏み入れてきた猿井さんは、俺の顔を見るなり両手を胸の前で握り込んだ。ハの字眉毛の顔が緊張に揺れているから、絶賛人見知り発動中らしい。そうだよね? それでいいんだよね?
「亀山くん。こちらが私のルームメイト、猿井彩芽さん」
「ど、どうも。猿井です」
紹介された猿井さんはもじもじと控えめな感じに、でも丁寧な会釈をしてくれた。レンズの奥からは、はみかみながらも好奇心旺盛な瞳がこちらを見つめている。
「猿井さん。こっちが例の亀山月人くん」
「どーも」
猿井さんに倣って、俺も軽く会釈をする。と、彼女もまた返してくれた。悪い人ではなさそうだ。兎川と並べると、いろいろと温かみも柔らかみもあるし。
つか、例のって聞こえた気がするんだが。さっき猿井さんも「例の物」とか言っていたし、二人でどこまで話が進んでいるのやら。
「それで、猿井さんはどこまで知ってるんだ?」
「ご、ご心配には及びません。当然、秘密として厳守させていただいておりますので……!」
「ああ、大丈夫だ。その心配はしてねーから」
「あわわ……すみません……っ」
ぺこぺこと頭を下げてくる猿井さんに、俺は困惑して兎川の顔を見る。しかし、なぜか冷ややかな視線を浴びせられた。なんでだよ。
「亀山くんのことなら、猿井さんには粗方話してあるわ。昨日、サポートメンバーの説明があったでしょう? さすがに発表前に直接会わせることは控えていたのだけど、そのための話は予め進めていたのよ」
もちろん覚えている。魔法道具開発でのサポートをお願いすることができるってやつだ。確か、申請等条件があるとも言っていたが、兎川ならなんとかしてくれるのだろう。
「あれって、どんな括りなんだ? 新入生全員、問答無用で参加しないといけないものだと思っていたが」
「ええと、それはわたしから……ブロックEに載っていた名前は、大会への出場を免除された内部生たちなんです。中学時代からそれぞれ開発や救護などの分野で活動をしていて、学校側からの提案があればサポートメンバーとして参加できるので」
「なるほど。それで熊崎もか。確か、属性は治癒だよな」
「ああ、はい。熊ちゃん氏のように、非戦闘向きの属性持ちもいますが……技術班だけでいえば、魔法自体はあまり得意でないけれど、研究や発明が好きで得意な人が大半なのです。そのため、もし試合に参加すれば、初戦敗退が目に見えておりましてですね……」
「へえ、ちなみに猿井さんは――」
「はわっ、あの、その……か、亀山くんの声で、猿井『さん』ってこそばゆいので、どうかそのまま猿井と呼んでいただければと」
なぜか属性を聞こうとすると遮られるな、今日。まあ、そういう日もあるか。
俺には、それよりも気になることが一つあった。
こそばゆい。俺の声で、さん付けが、こそばゆい……と。
初めて言われたぞ、そんなこと。これはどんなリアクションをするのが正解なんだろう。そのまま頷くべき? それとも、ハハッと爽やかに笑っておくか?
助けを求めて兎川を見るが、彼女の顔には「早く本題に行きたいのだけれど」と書かれていた。そこまであからさまな表情を浮かべなくてもいいだろう。
「分かったよ、猿井。じゃあまあ、俺のことも遠慮なく呼んでくれていいから」
「っ……かたじけない。では、親しみを込めて……亀くん氏と呼ばせていただきます……!」
「お、おう」
うん、いい。それでいいや。段々と、仲良くなればやがて分かる。むしろ、初対面なのに親しみを込めたあだ名で呼んでくれるんだから、それ以上は求めなくていいのさ。
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