第7話 いざ情報解禁のとき――。

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 席に戻ると、兎川が腕を組んで待っていた。じっと閉じていた瞼を静かに開け、不愉快な光景が目の前にあるかのような顔をする。


「遅かったわね。一応でも、行っておいて正解だったようで」


「違う。……と、友だちに会って話してただけだよ」


「あらそう」


「さっきの件に関しては、すまなかった。確かに俺の言い方は悪かったと思う。けど、早く集合したことについて、俺から非難とか文句とか本当にないんだ。だから安心してほしい」


「別に、安心したいわけではないのだけれど……そういうことにしておきましょう。早く座りなさい、始まるわよ」


 柔らかくなった表情がわずかに火照った気がした刹那、会場の照明が静かに消えていく。


 紛れもなく、始まりの合図だ。


『お待たせしました! 新入生のみなさーん、準備はよろしいですかー? いよいよ、情報公開のお時間ですよ~!』


 入学式で聞いたものと同じ声が、マイクを通してホールの中に響きわたる。

 ぱっとライトが一点を照らすと、そこには在校生代表をしていた女子生徒が立っていた。シャキッと張られた胸に、発されるは明るいトーン。あのテーマパークのお姉さん再びだ。


『こんにちは、入学式ぶりの羊ヶ丘奈那です! 覚えてくれていますかー? おぉ、素晴らしい! 元気いっぱいで、私も元気になっちゃいますっ。さて本日は、私が司会進行させていただきますよ~。よろしくお願いします!』


 身振り手振りを豊かに、それでいてしつこすぎない自然な動き。まさに、熟練の舞台キャストだ。制服だから生徒なのは間違いないが、何者だろうか。


 俺はコソッと訊くことにした。耳打ちとなってしまうが、できるだけ距離は取っておこう。変に近づきすぎて、気持ち悪がられたくはない。


「なぁ、兎川。あの先輩って?」


「現高等部生徒会長、三年生の羊ヶ丘先輩よ。あんな風に、幻術が得意なの」


 アクセントを「あんな風に」に置いて、軽く現状を伝えてくれる。なるほど。


 つまり、入学式で他の生徒が目を輝かせていたのは、本当に大掛かりなショーを見てのことだった可能性があるってことだ。


 距離があるから見えづらいが、生徒会長先輩の髪は横結びになっている。三つ編みにでもしているのか、髪にほとんど揺れが見られないため、本人の動作に注目が集まりやすいようだ。それも、もしかしたら計算されてのことなのかもしれない。


『では、本日の流れについて説明します。まず初めに今回の大会形式が、次にお待ちかねの各ブロックが発表されます。ブロックの数は全部で五つ、見逃さないようにしっかりとチェックしましょうね~! そして最後に日程確認をして、終了アンド解散です!』


 魔法が視えない俺でさえ、アトラクションの開始や演劇の開幕を目の当たりにしている気分なのだから、演説の技術も相当に高いとみた。さすが三年、さすが生徒会長、格が違う。


 ほぇーと感心していると、ふわりふわりと花の香りが嗅覚を刺激してきた。清楚で可憐で上品な、石鹸にも近い透明感のある香りだ。

 軽く動揺したまま、俺は黒目だけ隣へ向ける。案の定、兎川の顔がすぐそこにあった。髪から柔らかく漂ってくるから、これはシャンプーの香り……なのだろう。香水を付けるイメージもないしな。


「現在の私たちには、紙吹雪や花吹雪、銀テープやシャボン玉まであらゆる演出が見えているわ。それを上手く使って、視覚情報を与えてくれているの。あなた以外にはね」


 彼女は小さな声で耳打ちを続けてくれた。だが、目が合った途端に「こっちを見ないで前を見て」と指で示され、俺はブレブレの目線を舞台のほうへと戻す。


 慣れてないんだよ、こういうの。女子の香りなんて、近づくか、横を高速で通り過ぎられるかしないと分からないものだろう。映画館でもここまでは近づかないし、むしろ距離が生まれるまである感じ。俺はきっとそういうタイプ。ラブストーリーなんて夢のまた夢だ。


 しかも、よりによって学園のマドンナだぞ。ないない。つか、マドンナって言い方、最近はまるで聞かないよな。アイドルと言ったほうがいいか。聖母よりは偶像のほうが兎川に似合う。

 といった具合に落ち着きを取り戻し、俺は自身に内心で溜め息を吐いた。


『さーて、心の準備はよろしいかな~? まずは、大会形式について説明します。スクリーンをご覧ください』


 スクリーンが明るく照らされ、囁く必要のなくなった兎川は上品な座り姿勢に戻る。いい香りだったのぅと浸りかけていたら、つんつんと左腕を突かれた。


「いよいよ、ね。ちゃんと聞いてなさいよ、亀山くん」


「はいはい」


 真っ白だったスクリーンに、洒落たフォントの文字が大きく映し出される。


 Fresher Magic Battle Tornament――新入生魔法戦闘勝ち抜き試合。


『今年の大会形式は魔法模擬戦闘、通称・FMBT! サバイバルゲームのごとく「自陣にある旗を守りながら、敵陣の旗を取りに行く」スタイルのトーナメント戦です! 予選から本戦まで、全ての試合が一ペア対一ペアでの対戦を予定しています。攻守のバランス、互いの信頼関係や連携が重要になりますよ~』


 何のためのペア戦だと思っているの、とかつい先日言われたばかりだった。和解できていたことが俺を安堵に導いてくれる。そうじゃなかったら、気まずすぎるにも程があった。

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