第4話 かわいいな……。

  **


 無事に保健室へと辿り着いた俺は、養護教諭から治療を受けた後、衝撃の事実について熊崎と同じやりとりを繰り返していた。


「マジで言ってる?」


「うん、本気で本当なんだけどなぁ」


「ネタばらしをするなら今だぞ」


「もうっ! そろそろ信じてよー、亀山くん!」


「もう一回、名前言ってくれるか? フルネームで」


熊崎くまざきしずく


「ほらー! 癒し度満載で純度も高い!」


「なんなのさー!」


 俺が知らないのも無理なかった。そもそも他人のことなど見ていなくて、今日話したほとんどの人が初めましてみたいなものだったことは置いておいても、無理なかったのだ。


 こんなかわいい女子がいたなんて知らなかった? 当然だ。だって、熊崎は男子だったのだから。おのれ男女共通の体操着! 変な期待をさせるな!


「熊崎、ちょっと変身魔法とかやってみてくれ。それで信じられるはずだ」


「そんなで!? でも、ごめん。ぼくはそれ、できないんだ。言うほど簡単じゃないんだよ?」


「そうなのか……」


 兎川がさらっと言っていたから、瞬時に着替えるとか簡単なのかなと思っていたんだが、話が違ったようだ。そりゃ、キャーキャー言いながらも魔法なしで着替えるわ。いや、男子がキャーキャー言うな。


「でも、ビックリしたよ。まさか、亀山くんには治癒魔法が効かないなんて」


「あーそれな……正確には魔法全般? なんだが、他には言わない方向で」


「もちろん言わないよ! 大丈夫、約束する!」


 ちょこんと小指を立てられ、そこに俺の小指を絡めて約束の証をした。その指も男とは思えないほどほっそりとしていて、ぜひとも優しく包み込みたくなっちゃいますね。


「あっ、そうだ。交換条件といってはなんだけど、亀くんって呼んでもいいかな?」


「もちろんOKだ、断るわけがないだろ。むしろ、そう呼んでくれ」


「やったね!」


 にっこり微笑んでくる熊崎に、俺の頬もゆるゆるになる。いい子だ。守りたい、この笑顔。

 そう思った矢先、熊崎の表情が陰ってしまった。まだまだ修行が足りないようだ。


「あのさ、亀くん……ごめんね」


「ごめんって、何が?」


「箒を飛ばしちゃったの、ぼくなんだ」


 俺の中で、ようやくピースが繋がった。グラウンドで熊崎の声や手が震えていたのは、つまりそういうことなのだろう。

 しかし、熊崎が謝る必要は一ミリもないはずだ。全容を知っているわけではないが、それでも俺は熊崎に非はないと思っている。


「いや、熊崎のせいじゃないだろ」


「え……?」


「何人かの男子に絡まれたとかじゃないか?」


「どうして、分かったの?」


「やっぱりか」


 猫塚が不快そうに睨んでいた先には、三人くらいの男子グループの姿があった。彼らはケラケラと、俺というよりも熊崎を見ながら笑っていた。

 でも、それを熊崎本人に言うのは違う気がする。


「だって熊崎、そこまで下手じゃないだろ。箒をしっかり握ってたし、ぶっ飛ばすなんてことは起きないようにしてたはずだ」


 俺は髪型を頼りに、なけなしの記憶を引っ張り出した。男女それぞれで観察していたから、あまり上手くない人のことは、どちらもまあまあ覚えている。そして、思い浮かべた男子の中にこんな天使の姿はないし、女子の中にもここまで小動物的にかわいい子はいなかった。


「すごい、その通りだよ! 亀くんっ!」


 わぁっと感動した熊崎は、俺の右手を両手でガッシリと握り込んでくる。興奮した勢いでずずいっと来られて、俺は少し身を引いた。熊崎の性別は男子でも女子でも極論どっちでもいいが、かわいいことに変わりないため、俺には刺激が強すぎる。

 兎川とは別ベクトルのかわいさだ。彼女が眺めていたい系美少女なら、熊崎はもふりたい系美少女、もしくは美少年だ。つい撫でてしまいそうな手を、惜しみながらも引っ込める。


 扉をノックする音が聞こえたからだ。


「失礼しまーすっ!」


 がらがらっと元気に扉を開いて入室したのは、制服姿の犬森光葉だった。「やほやほ~」とごく軽い挨拶をした後、俺たちの顔を見て「よかったぁ!」と声を上げる。


「なんだよ、犬森。どうかしたのか?」


「あーね、体育もう切り上げちゃったから、それを言いに来たの。お昼食べたら情報解禁の時間だし、早めに終わらせて備えろって牛久先生が」


「そうか、ありがとな」


「いえいえ~。ってことで、教室戻ろーっ」


 隊列で旗を掲げるような動きをする犬森を先頭に保健室を出ようとすると、授業の終わりを告げるチャイムが流れた。


 そこでハッとした熊崎が、俺たちに向かって両手を合わせる。


「あっ、ごめん。犬森ちゃん、亀くん。ぼく、売店寄ってから戻るね!」


「あいは~い!」


「おう」


 たたたっと廊下を小走りで急ぐ背中を、犬森と見守った。二人を並べてみると、熊崎の方がほんの少しだけ高いかなというくらいの身長差だった。かわいいな、熊崎。


「けど俺、熊崎って弁当なのかなって、勝手に思ってた」


「うん。熊ちゃん、大体お弁当持ってきてるよ? そうじゃなくても、前もって買ってきたりしてるかな」


「……うん?」


「なんかね、お弁当だけじゃ足りないみたい。早弁して、いつも菓子パンとかおにぎりを、プラスで二個くらい平らげてたかな。あと、放課後にもそれなりに食べてるっぽい」


「まじか」


 人って、見た目じゃないんだなぁと思いました。熊崎のどこにそんな容量があるのか、その栄養をどこに使っているのか、てんで不思議なことだ。それはそれとして、あのかわいさのままで在り続けてほしい。次の七夕での願い事はこれにしようかな。候補一つ目、出でたり。


 ああ、不思議と言えば――。


「そういや、猫塚は?」


「なになに、気になるんだぁ?」


「いや、別に。聞きたいことがあるだけだ」


「ふぅん。でも、知らない。不機嫌そうに、男子三人くらいを連れてどっか行ってたけど……もう教室にいるんじゃない?」


 まあ、向こうからその話題に触れてこない限り、この件は猫塚に任せておくとしよう。


 このあと、かわいく昼飯を頬張る熊崎の姿にきゅんとしかけたが、それはまた別の機会に堪能するとしよう。今は、情報解禁に備えなければならない。


 ――備えるって、何をどうやって?


 それよりも、早く制服に着替えなければならない。そういえば、どこで着替えようか。例の会議室でも借りるしかなさそうかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る