第3章 新たな繋がりのスタート
第1話 不自然なクラスメイト。
いよいよ情報公開日の当日ともなれば、クラスの雰囲気は二段階ほど明るくなったものだ。
あの殺伐とさえしていた空気はどこへやら、緊張感をかなぐり捨てて談笑するクラスメイトたちの姿がそこにはあった。
「おっはよう、亀山くん!」
このように、よく知らない女子生徒から突然に声をかけられたりもする。構えていないところから来ると、ハッキリ言って怖い。ただでさえ、女子との会話に免疫ないんだからさ。それ以前に、男子ともあんまり喋らないんだけども。物好きめ、一体どいつだぁ?
ジャスミンティーのような暖かい色味の茶髪は、毛先を内側にカールさせたショートボブのスタイル。心地よさそうな熱を持って向けられる、目尻の垂れた穏やかな色合いの瞳。教室内では常に誰かと話しているほど、人懐っこく陽気な――って、イケイケグループの主軸じゃないか。なんで、俺にまで話しかけてくれちゃってるんだよ。
ええっと、彼女の名前は……そうそう、犬森……
「お、おはよう……犬森」
「あっ、名前覚えてくれてたんだー。ありがとっ!」
……ん? どこか違和感を、具体的には妙な棒読み感を覚えたような……まあ、いいか。名前は合ってたみたいだし、幾分か意外だったんだろうってことで。他のメンバーたちの視線も痛い頃だから、余所者はそろそろ退散するとしよう。
そう思って集団の脇をすり抜けていたときに、俺はふと気づいた。
待て、浮かれるのが早すぎる。情報の解禁時間は午後になってからのはずだ。午前中は普通に授業を受け、午後になったらペアと揃って講堂に集合、と記憶している。だから、今はまだ何も公開されていないぞ。ここまで浮かれている意味が分からない。
俺はスマホに手を伸ばしかけて、止める。
考えすぎかもしれないが、誰かが意図して場を盛り上げている可能性もあるんじゃないか。少しでもこの空気に乗っかってしまったら、もしかすると――。
公開日とは言っても、その時間がまだであれば、軽率な判断はすべきではない。画面を覗かれればバレるわけだし、バレてしまえば対策を練られてしまう。だから、解禁時間まで絶対に気を抜いてはならない。
兎川から散々言われたことを思い出し、俺は思案することをも止める。
そりゃ、わざわざ自らで探るほど情報が欲しい人は、できうる限り早いほうがいいと考えるだろう。早ければ早いだけ、良質な対策ができるし、他にも多くの情報を得られるはずだ。テスト範囲がいい例である。なんで一週間前にならないと出ないんだよ、あれ。
結果として俺は、疑問を誰にも確認できないのであるが……きっと、なるようになる。兎川を信じ、時間の流れに身を任せるのみだ。
解き放たれた空気感によってハイになっている生徒がチラホラ見受けられ、俺はそれら全てから後退しつつ自身の席に着く。そんでもって、すぐさま机に突っ伏した。
ザ・寝たふり。
外界からのシャットダウンにはうってつけで、さらには気配も消せる便利な態勢である。ぼっちスキルは一流だからな、俺。本当はただ馴染めなかっただけだが、言わなきゃ分からないから前向きに捉えておく。
やはり、この席は大当たりだ。窓側の一番後ろという、教室内で最も絵になるであろう最高の座席。時たま意味もなく、頬杖を突いて窓の外を眺めてしまいたくなる。そのうちおもしろい形の雲に出会えるかな、とか適当に考える。出席番号順、万々歳。よし、寝よう。
「おはよー、亀山?」
「っ?」
突然、爽やかな男の声に呼ばれ、俺は反射的に顔を上げてしまった。
まさか寝たふりが通じていないなんて、一体どんな陽キャだよ。麗らかな声が羨ましいな畜生、とか思って顔を上げてみたら、つい表情筋がピクリとした。
すぐ目の前で微笑んでいるのは、クラス屈指のイケてる容姿を持つ
アシンメトリーの髪はミルクチョコレートのような甘い色をしていて、本人の雰囲気もそれに負けないくらいに甘く爽やか。俺は何より、その自然とほぐされそうな余裕たっぷりの瞳が怖かった。常にそれで人を惹きつけている気がしてならない。
「ごめん、驚かせちゃったよな」
「別に……おはよう」
「おはよー」
何を隠そう、こういうシトラス系男子と仲良く話したことなどない。
初めて出会ったよ、この――清爽系スポーツ漫画でマウントを取ってくる強力なライバル、みたいなイケメン。もしくは、少女漫画で相手の男にマウントを取ってくる強敵イケメン。どっちもだいたい作中でモテるし、リアルでも大人気のキャラだよな。
「えと、俺に何か用とか?」
「んー、特に用というわけではないけど、なんかみんな盛り上がってるだろ? 俺もなんとなく交流広げてみようかなと思ってさ」
「……で、俺?」
「そうそう、数少ない外部生同士仲良くしようよ」
「そっか、外部生同士――え、猫塚も高校からの入学なのか?」
「ん? そうだけど」
嘘、だろ。殺伐としたクラスでも自然と馴染んでいるから、てっきり内部上がりだと思っていた。なんだよ、この社交的な完璧イケメン。本当かよ。誰か、嘘だと言ってくれ。
「俺が外部生で意外だった?」
「まあな、嘘だとネタばらしするなら今だぞ」
「あはは。残念ながら、真実だよ」
コイツ、爽やかすぎる。話しかける相手を間違えているんじゃないかと、うっかり心配してしまいそうだ。ほら、そこらに女子がいるだろうが。女子にだって外部生はいるんだから、そっちにしておけよ。
と、俺は視線で訴えておく。ほぼ初対面も同然の仲だ、わざわざ言えるわけがない。もっとも、イケメンに指摘するとか野暮にも程がある。
「亀山ってさ、結構珍しいよな」
猫塚は顎に手を当て、首を傾げてくる。思い当たることがありすぎて、俺は怯む気持ちを隠しながら続きを促した。
「……何が?」
「その名前とか。月の人と書いて、『るなと』って読むだろ?」
高校入学以来、今の今まで誰も触れてこなかったから、ここで話題に出されて俺は目を丸くする。いつかは話題になるだろうなと思っていたが、それが今ここでとは想定外だった。
昔、というか中学時代はよく言われたものだ。「月の人って書くの? 荷が重いね」とか「るなと? 君には勿体なくない?」とか。失礼な。満月のように本性を暴いてやろうか、と内心ずっと思っていた。
俺としてはこの唯一無二さが密かに気に入っているので、他人があーだこーだ言わないで欲しい。両親だって別にノリだけで付けたわけではなくて、しっかりと思考した後、特別感で付けてくれたそうだし。でも、呼ばれるのはちょっと慣れないから勘弁して欲しい。荷が重いのは事実であるからして。
「それはあれか、俺に似合わん洒落た名前だなって?」
「はははっ、亀山はおもしろいなぁ。もちろん、そんなこと言わないよ。俺はただ、かっこいいなって思っただけ。ちゃんと似合ってるよ」
想定していた返答と違ったのか、なんとなく濁された気がする。というか、クールフェイスの岬って名前の人に「かっこいい」とか言われても説得力ないんだが。
「――でさ、亀山って誰とペアなんだ?」
唐突な話題転換という急襲によって、俺は一瞬動きを止めた。惹きつけるような瞳が、こちらを射貫こうとしているように感じる。まったく、恐ろしい眼をするものだ。
「え。いや、言うわけないだろ」
俺の若干引き攣った返答に、猫塚はわずかに目を丸くした。その質問に答えるはずだと言わんばかりの瞳が、刹那だが確かにあったと感じたのだが――この違和感はなんだ?
しかし、彼はすぐさま楽しそうに微笑みだした。全ては幻だったのだ、と思わされるような心地にされる。
「ははっ、そんな顔するなって。もちろん、冗談だからさ」
冗談だと言われても、俺は素直には受け取れなかった。どう聞いても、あからさますぎる聞き方だったし、だからこそ引っかかるわけもなかったからだ。
どういうつもりなのか、まったくもって図りかねる。
本気で純粋な冗談だったのか、それとも、猫塚には俺がよほど手ぬるそうに見えていたか。あるいは彼自身にそれだけの自信があったのか……。
「そんな疑いの目をするなよ、亀チャン。冗談なんだからそういうもんだろ?」
声の調子がワントーン落ち、さっきまでの爽やかさから一変したような気がする。奴は変わらず微笑んでいるが、それでも目が笑っちゃいない。
いやあの、どこかキャラ変わってません? 亀チャン、なんて呼んでなかっただろ。
「ホームルーム始めるぞー」
担任の牛久先生が入室したことで、教室内が一気にバタバタとしだした。みな、一斉に各自の席へと戻っていく。もちろん、猫塚も例外ではない。
「じゃあな、亀チャン」
「……おう」
掴みきれない恐ろしさを覚え、ぞわりと鳥肌が立つのを感じた。
せっかく謎の多いクラスメイトと仲良くなるのなら、物静かな可憐女子が良かったなぁ。そんなことを思いながら、窓ガラス越しの晴れやかさに溜め息を一つ吐いた。
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