第5話 兎と亀。
「とにかく、これ以上ない朗報が手に入ったのだから、それを上手く使った特訓に変更しないと。少し実践してみましょう」
スマホを使えば、俺でも魔法を認識できることが判明し、兎川は会議室の机へ歩み寄る。
そして、俺専用スペシャル特訓初日と同じように、またはあの針山発言の際と同じように、おそらく針山を作り出そうとした。
「あら……?」
「どうした?」
「魔法が出しづらいかも」
は……?
例の属性が扱いきれなくなってたら、それってトラウマ再来すぎるだろ。特訓によって、本末転倒にならないか心配だ。
「ど……どうすんだよ、それ」
「いいから任せて。ちょっとルームメイトに相談してみるから」
兎川から飛び出したセリフに、俺は停止する。正確に言えば「相談」という単語に、だ。
この才能溢れる美少女が、人に頼るのか? 自身の弱みは見せそうにないから、まるでイメージにないのだが。
というか、兎川が相談するなんて……一体全体、何者なんだ?
「何者だよ、そのルームメイトって」
「何者って……精霊を通じた通話魔法に逸早く気づいた、同じ一年生の猿井彩芽さんって子よ。B組だから、A組の私ともC組のあなたとも別のクラスね」
「ふーん。大丈夫なのか? 俺のことバラして」
「私がヘマをすると思っているの? 平気だから任せておきなさい」
研究者気質の子なのだろうか。それともいわゆるオタクタイプか。どちらにせよ、魔法分野に詳しい専門知識のある人みたいだから、兎川が頼るのも頷けよう。頼れるならそれが全てだ。
「そういや、通話魔法って初めて見たけど、あんな感じなんだな?」
「少し違うわ。普通は頭に二本の指を当てて、意識を集中させる必要があるの。そもそも、通話魔法って本来は高度な技術を要するものよ。それが簡単にできたのは、精霊たちのおかげ」
「へぇ……精霊ってすごいんだな」
「ええ、本当に。私にとっても初めての通話魔法だったから、昨日は驚いたわ。いきなり精霊が手を伸ばしてくるから、分からないなりに握ってみたら、知らない声が聞こえてきて……」
「それは申し訳なかった。けど、俺たちも突然だったし……その割にはあいつ、ノリノリだったがな」
「いいのよ。むしろ、妹さんには何かお礼がしたいところね」
「兎川が感謝してたって事実で十分だよ」
「だめよ。昨日は突然すぎてできなかったのだけど、お礼はしっかりすべきだわ。そうね、妹さんの連絡先もらっていいかしら?」
「その前に、俺と交換してくれるとありがたいんだが」
「――してなかったわね。いいわ、交換しましょう」
なんだ、その渋々さは。失礼な。だが、そうか、女子の連絡先が俺のスマホに……奇跡だ。
「さて、では改めて特訓といくわよ」
「おう」
「今度こそ作れたから、スマートフォンを向けて見てもらえる? この机とこの机の上にそれぞれあるわ」
「分かった」
スマホのカメラを起動して、俺は示された箇所を映してみる。と、そこに現れたのは――。
「氷でできた、兎と亀か……?」
イソップ物語を思い出すその二体。だが、兎が亀を呼んでいるように見えた。なるほど、お互いの苗字から取ったわけか。なかなかに洒落ているじゃないの。
「着実に行きましょうってことよ。私が負けるってことじゃないから、断じて。ちなみに、あのときの針山はこれよ。視える?」
「ああ……針山というか、氷のウニだな」
兎川の手元を映すと、そこにあったのは鋭利な物体だ。刺されたら即出血しそうだぞ。
「造形が美しいと受け取っておくわね」
「はいはい」
俺は山を張るのが苦手だ。それでも、絶対出るだろう箇所は分かったりする。そして、外さない自信があるから、そこだけは重点的に勉強したりする。
それを今回のペア探りに置き換えてみると、それって兎川のことにならないかと俺はふと気づいた。内部生であれば学年トップの入試成績だと確信しているはずで、彼女の攻略は考えておいて損はないと思っているはずだ。
つまるところ、外部生である俺は兎川にとって切り札なのだろう。
……小っ恥ずかしいというか、プレッシャーが大きそうだなというか。
兎川が本気で目を、氷のような鋭さで輝かせている気がして、背筋が震えた気がした。む、武者震いです。きっと、武者震いだ。
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