第4話 土曜日の学校で、仲直りを。

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 鶴島学園高等部は全寮制で、五階建ての棟が三種類ある。女子棟、男子棟、それから俺たちの住む家族棟だ。2DKの内装は一般的なアパートにも劣らず、清潔感溢れる廊下はまるでリゾートホテルのようと言っても過言ではない。入寮初日は感激して寝れなかったものである。


 そんな学生寮から俺は無事、星良によって笑顔で送り出された。なんでも、ちょうど友人を招きたかったらしい。なんだよ、俺のためじゃなかったのかよ。思惑有りとか、いつものパターンすぎて悲しいぞ。やれやれ。


 土曜日の学校、いつもの会議室の前で佇みながら俺は考える。

 これは何度目だろう。数えればすぐなのだが、細かな回数なんぞどうでもいい。

 どんな顔して兎川と会うのが正解なのか、全然分からない。感情がもやもやとして、妙な緊張から身体が強張っている。

 こういうときは、ひとまず深呼吸だ。


「すーはー……」


「亀山くん」


「はぃ? って、とがっ……痛っ!」


 いきなり兎川が背後に現れ、驚きのあまり飛び退いたところ、背中が壁とぶつかって激痛が走る。痛みに上体を縮込ませながら悶えていると、兎川が苦そうに顔を覗き込んできた。驚きと呆れが一度に押し寄せている表情だ。


「驚かせるつもりはなかったのだけど、大丈夫?」


「いや、平気だ平気……」


「そう、ならよかった。誰かに見られてもいけないし、さっさと入るわよ」


「お、おう。そうだな……」


 二人揃ってさっさと入室する。誰かに目撃されている気はしないが、念のためなのだろう。兎川に超絶急かされた。


 ドアを閉めてしまうと、その密室感に肌がぞわぞわとする。

 昨日は、精霊の力を借りて兎川と通話ができたらしく、星良がいろいろと世間話をしたことで多少の雰囲気は取り持ってくれたらしいものの、この緊張感はどうしようもなかった。


 幸いにも、今現在の兎川に怒っている様子は見えない。それでも、再会早々困り顔までさせてしまったし、心なしか早口だったし、俺は一体どうすればいいんだ――と頭を捻りかけて止める。これは考えてもしかたのないことだ。


 ええい、ままよ。男なら潔く謝罪ってもんだぜ。いやー、こういうときの勢い付けには便利なもんだよな、男らしくって言葉。あんまり好きじゃないんだが、俺自身への皮肉としちゃちょうど良いだろ。


「あ、あのさ、兎川」


「なにかしら」


 兎川が凛とした顔つきで、腕を組みながら振り向く。制服の袖に皺が寄っていることから、手に力が入っているのが見てとれた。


 ごくりと俺は固唾を呑み込む。


「……すまん。俺、二日もサボった。俺のための特訓なのに、何にも言わずに放りだして――ごめん」


 そして、両手を身体の横に沿わせて頭を下げた。これが正解なのかは知ったことではない。過程にある理屈や理由は抜きにして、まずは俺がした行動への詫びに限る。今ここで、兎川と衝突してもいいことなどない。面倒な負の感情は全部置いてきたつもりだ。


「…………」


 一方、兎川は黙っていた。

 しばらく沈黙が破られないために歯痒くなっていると、頭上から小さな深呼吸が一つ聞こえてくる。探りつつ顔を上げてみると、俺から見て右側を向いたその口から声が発された。


「亀山くん」


「はい」


「私も、配慮が足らなかったわ」


「え」


 もっとキレのある言葉が飛んでくると思っていたため、あまりの落ち着きように度肝を抜かれてしまう。気づけば、彼女の手からも力みが抜けているではないか。


「え、ってそれは失礼じゃない?」


「いや、もっと怒ってるとばかり」


「もちろん、怒ってたわよ。けど、心からの謝罪は無下にすべきではないもの」


「そ、そうか」


「パートナーとして、それから『鶴島学園』の先輩として、あなたの成長をサポートするのは当然のこと。だから、何かあるなら遠慮しないで言って。むしろ、無断でサボられるほうが許せないから言いなさい」


「分かった、そうさせてもらうよ」


 ごもっともだと思ったから即答したのだが、それが余計に怪しかったらしい。顎に手を当てた兎川は、信じられないレベルで凝視してくる。


「いいこと? 嘘はもう無しよ。今度こそ、本当にやる気になったの? もう諦める、なんて言わない?」


 まるで、虚偽を疑うような目つきだ。そんで、こちとら犯罪を疑われている容疑者の気持ちだ。決して、経験があるわけではない。決して、ない。

 気圧されて反射的に後退りをしかけるが、俺にやましいことは何もないので足を踏ん張る。


「俺だって、人生楽しみたいんだ。今度こそ、ものになるよう頑張るよ」


「それなんだけど……亀山くんにとっての当初の目的って、実感のないものだった?」


「ぶっちゃければ、そうだな」


「決め直しましょう。少しでもここで使えるようにとか、足手纏いにならないようにとかじゃなくて、もっとハッキリとした目標を立てるの」


「はぁ、鶴島学園で学生生活エンジョイ? とか?」


「話を聞いてた? まったくもう……。あなたが、この鶴島学園で最初に成し遂げたいことって何?」


「今はクラスから浮いちまってるから、そこに馴染むって感じかな。友だち作り、とか? あとは――授業くらいはまともに受けたい」


「なら、制御できるようにするのが第一課題ね。問題は、どうやって特訓するか……。私だけ見えていても、結局はまた同じことになるだろうし」


 兎川はうーんと唸りながら首を傾げる。そこに、俺はハイと控えめな挙手をした。


「実はそれ、なんとかなりそうなんだ」


「というと?」


「スマホで撮ってみたら、精霊が見えたんだ」


「っ。……それは盲点だったわ。普通、精霊を撮影するなんて考えないもの。思えば……ええ、魔法の類いも写真にはバッチリ収められる……」


「昨日試したんだ。いや、試したというより、妹がすんなりとやってのけたんだけどな」


「そこはなんでもいいわ」


 いいんかい。

 つい勢いでツッコミをしかけたが、会話の流れを考えて押し留めておく。いや、詳しく聞かれたら聞かれたで妹語りをしてしまいそうだから、ある意味では助かったかもしれない。

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