第2話 彼女も事情を抱えている。
魔法が使えないことに対して、これまで何度も「え、嘘でしょ。魔法を使えない亀山が、あの鶴島学園に行くの? 何しに?」と鼻で笑われていた。
だから俺は、兎川から意外にも明るい調子で肯定されたことに、えらく拍子抜けしたのだ。
「笑わないのか?」
「ちゃんと目指す先があるのなら、そこに向かって頑張るのは当然のことでしょう?」
「そう、だけどさ。魔法学校の名門でやることでもないだろ?」
「なら……笑うとしたら、その目標の小ささかしらね。せっかく鶴島学園にきたのに、どうして『少しでも使えるようになれば』なの? 素質は十分すぎるほどあるのに」
「十分かの実感はないんだが、それもいろいろとありまして……」
俺はまた言い淀む。ひとまず第一関門は突破したようだが、この先の話はその比じゃないはずだ。
心の準備をし、ゴホンと咳払いを一つ。
そして、話の続きをしようと思ったところで、思わぬ助け船がやってきた。
「もしかして、あなたが遅れてきたことと関係あったりする?」
「え?」
「精霊と相性が良くなかったとか? でもそれだと、遅れてでもちゃんと来られたのが引っかかるわね」
「精霊?」
「精霊。妖精さんみたいな……絵に描くような羽はないけど」
「妖精さん? かわいい言い方だな」
「は、話を逸らさないでくれる?」
「あまりにもかわいかったから、つい」
「は、はあ︎……!? あなた、なに言って……馬鹿なの!?」
「なんで!?」
分からん。突然のギャップには弱いもんだろ。しかし、これ以上触れると何が起こるかもっと分からないので、やめておく。
「つまり……この茶封筒を運んで、俺たちをそれぞれの会議室まで送り届けてくれたのは『精霊』ってことなんだな?」
「ええ。今もそこで待機してくれてるじゃない」
兎川は出入り口近くの机のほうへ、ちらりと視線を向ける。
「それがさ、俺には視えないんだよ」
「はい?」
彼女の視線の先へ目を向けた。そこで俺に認識できるのは、見覚えのあるハンカチだけだ。
「だから、俺は昔から魔法関連のものが視えないの」
「……はぁぁぁあ!?」
叫びを聞いて、俺はようやく気づいた。
いや、すまない。本当に申し訳ない。さすがに今のは調子乗った。さっき、魔法が使えない話を受け入れてもらえて、俺は思っていた以上に嬉しかったらしい。
ボートを盛大にひっくり返した彼女からは目を背けつつ……俺は簡単にだが、その話を補足することにした。
「俺は生まれつき、魔法とか魔力を含んだものが視えないんだ。精霊? というか、何か魔法的なもので封筒が飛んでくるのが見えたから、それはちゃんと受け取ったんだけどな。その後は見失っちゃって、みんな次々に教室を出て行くから焦ったよ」
おそらくその精霊さんは、まるで反応しない俺に困惑し、教室の入り口でオロオロしていたのだろう。物が落ちるまで気づかなかったし、うん、大変申し訳なかった。
それからは訳の分からないまま、とりあえず鞄の中からハンカチを発掘し、精霊に渡して今に至るという感じだ。
「ちょ、ちょっと待って。本当に? 聞いたことないし、あり得ないんだけど……」
「さっきの話はすんなり受け入れられたから平気かと」
「バッカじゃないの!?」
「スミマセン」
本日三度目の謝罪。俺、謝りまくってるな。そんなに謝らせなくても良くないだろうか。
とはいえ、兎川の驚きや怒りはもっともだ。
新入生お披露目会──あらゆる不平不満は受け付けられず、何があってもそのペアで成し遂げなければならないという洗礼行事。それは主席で入るほどの彼女にとっては、とてつもなく重要な見せ場だろう。俺の追加情報はさぞ衝撃だったに違いない。
「ところで、兎川よ。変身魔法とかは使えるか?」
「突然ね。瞬時に着替えるとかでいいなら、すぐにでもできるけれど」
「やってくれ」
「どうして?」
「実力の見せ合いだ。いろいろ証明してやるよ」
「お断りよ。何かあったら嫌だし。そうでなくても、もし本当に視えないなら……見えちゃうってことになるから……」
自分の口でごにょごにょと言いながら、兎川は頬を赤らめる。なんて頭の回るお嬢様だこと。想像までしちゃってんじゃないかコイツ。いや、思った以上に物わかりが良さそうで、助かるには助かるのだが。
「その通りだ。変身魔法は発動最中に下着や裸が見えるはずがない。全身を魔法が覆っている、らしいからな。これが一番手っ取り早くて、俺の目の証明にはもってこいだと思ったんだが?」
「最っ低。ただのセクハラだわ」
「だって、受け入れてもらうには信じてもらうしかないだろ」
「じゃあ、私はもう信じてるから必要ないわね」
「ほんとか? あり得ないとか散々言ってたくせに」
兎川は鼻で「ふん」と軽く笑った後、俺のハンカチがあるところに手を伸ばす。そして、ぬいぐるみを持つ手つきで、透明なものを持ち上げた。ハンカチが空中でひらひらと靡く《なびく》。
「あなたの精霊がハンカチを被ってたのが証明でしょう? 最初は何が起こってるのか分からなくて、特殊性癖の変態かもなんて思ったけど」
「思っちゃったか」
「だって、かわいいもの。……それ、付けにくいでしょう? ちょっと貸してみなさいな」
彼女は優しく精霊に話しかけると、自身の鞄が置いてある机の上に座らせた。ハンカチを受け取り、鞄の中から裁縫キットを取り出すと、針に糸を通し始める。
「あの、兎川さん?」
「必要なら同じ物を買って返すから、少し黙ってて」
「お、おう」
邪魔をしてはいけない、と俺は一歩下がった。
布を折り、あたりをつけて縫っていく。ずいぶんと慣れた動きだ。本当にお嬢様とは思えない。
「はい、できた。これをこうして……どう?」
スナップボタンを付けられたハンカチはしっかりと止まり、まるで頭巾のように収まった。精霊は嬉しさを表現するように、ひらひらと舞ってみせる。
かわいい。めちゃくちゃかわいい。そこにいる感も増してとても助かる。
「ありがとな、兎川。かわいいとこあんじゃん」
「べ、別に、あなたのためじゃないんだから、勘違いはしないでよね。この子がかわいそうだから、簡単にだけど作ってあげただけ。今後もあるんだし、困っちゃったらかわいそうだもの」
「でも意外だったな。お嬢様なのに裁縫上手くて」
「趣味なの、悪い?」
「全然。素敵だと思うぜ」
「ほ、褒めても何も出ないわよ……!?」
兎川はじんわりと頬を赤らめて顔を横に向けた。
魔法技術は褒めても胸を張るばかりだったのに、こういうところは弱いんだなぁ。不思議だ。それでも、間違いなく彼女のことを見直した瞬間がそこにはあった。
お嬢様なのに、とは随分と偏見でものを言ってしまったな。
「別にいらねーよ。ただ、偏った見方で悪いこと言ったなと思って……その、すまん」
かなり意外なことだったのか、呆気に取られた表情をこちらに向けてくる。だが、チラリと目が合うと、兎川は再び視線を逸らした。
「気にしないで。よくあることだから」
その顔がどこか悲しげに見えたが、何なのかは今一つ分からない。
それでも、どこか放っておけない様子に、俺は頭を捻った。信用に足る人物だということは十二分に実感できたし、この空気をどうにかしてあげたい。
であれば、やるべきことはそうないだろう。正直、どこにいるのか全く分からないが、いることは確からしいので、これだと定めて発言する。
「よければだけどさ、おまえの精霊にもつけてあげてくれよ」
「……ふふっ、いいわねそれ。任せておきなさい?」
ぱっと表情が晴れ、内心ほっとした。鞄の中を漁る後ろ姿に、自然と笑みを漏らす。
俺も案外、コミュニケーションは普通に取れるんだな。そう分かったことも嬉しかった。
「兎川、これから頼むぜ」
「当然でしょ、亀山くん。やるからには全力を尽くすのみよ」
針と糸を構え、キメ顔を見せる。
それがやっぱりかわいかったから、彼女が裁縫に戻った瞬間、俺は静かに吹き出してしまった。
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