第3話 精霊に触りたい珍獣、お嬢様に試練を置かれる。

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 兎川の精霊も無事にハンカチによって可視化され、俺は感動を胸に抱く。


 触ってみたい――が、なぜか触らせてくれない。やはり精霊と言うからには、視えないと触れることなど許されないのだろうか。残念。まあ、遊んでいるような動きをしていたり、何かを指さすような動きをしていたり、見ているだけでも十分に癒されるけども。


 俺たちは今、椅子に腰を掛けての休憩時間としている。今現在の俺にはやることがないのだが、兎川のほうは手をくるくると動かしながら、何かを考えている様子だ。


 表情を伺うように彼女を見てみると、ふと問いを投げかけられる。


「ところで気になったのだけど、これまではどうしていたの? 遊び程度でも頻繁に魔法が飛び交っているし、視えないなら避けられないでしょう?」


「ああ、小学生時代はよくそれで傷作ってたな。よっぽどおもしろかったのか、だいぶいじめられた。多分、まだ傷は残ってる気が――」


「見せなくていいわよ」


 制服を捲り上げて腹部を見せようとすると、速攻ストップが入った。さすが兎川、早い。


「対抗しようとは思わなかったの? 体術とかあるじゃない」


「一時期やろうとは思ったんだけどな。結局、いつどこからどんなものが来るか分からないし、こっちの物理攻撃なんてすぐに防がれるしで諦めた。それからは、ずっとビクビクするのも疲れて、半ば悟ってたな。警戒くらいは今でもするようにしてるけども」


 視えない魔法攻撃がいきなり飛んでくるのは嫌なので、常に警戒態勢を維持するよう心掛けている。まあ、心掛けたところでどうにかなっている実感はないのだが。


 そういえば、なぜか今までに何度か驚かれたことがあるな。あれ、何なんだろう。

 一応、会話に出してみるか。


「でもさ、ある日を境にやられなくなったんだよ。六年生くらいだったかな」


「へぇ、心当たりはあるの?」


「あいつらが言うには、俺に『魔法が効かない』って」


「体質が変わったとかの自覚は?」


「全く」


「そう……」


「しかも、段々と騒ぎが大きくなって、新たないじめになった」


「詳しく訊いてもいい?」


「ああ。確か、『亀山月人の周りでは怪奇現象が起こる!』ってな。魔法が上手く発動しないとかなんとか言ってたぜ?」


 俺からしたら、魔法のほうが怪奇現象なんだけどな。なぜかこっちのほうがそんな扱いをされ、中学時代はやけに気味悪がられた。


 おかげで早くも孤立した俺は、毎日ラノベの世界に浸かり込み、ハマりすぎて「もしや、俺は転生者なのでは?」と思ったりもしたのだが……それにしては悲しくないかと思い至り、すぐに目が覚めた。思い出しただけでも涙が出そうだ。


 ごしごしと目元を拭い、現実へ戻ってくる。兎川の視線が重く刺さったような気がして、俺はゆっくりと首を横へ捻った。


「ねえ、亀山くん。ちょっといいかしら?」


「ハイどうぞ」


「今から私、魔法をぶちかますから」


「は?」


「警戒しなさいよ」


「え、ちょっ!」


 兎川は立ち上がり、こちらを正面に据えて直立姿勢をとる。 

 そして、アイドルのファンサービスが如く、拳銃の形にした右手が向けられた。それっぽく構えられ、何かをぶつぶつ呟かれてしまうと、実感を帯びてとても怖くなってくる。


 俺は反射的に、両手で顔を覆った。


「……?」


 しかし、特に何も起こらなかった。心臓に悪いな、まったく。


「はったりかよ」


「はったりじゃないわ」


「じゃあ、なんだよ。一体何をしたんだ?」


「ちょっとした実験」


「実験? 俺が本当に視えてないのかってことを?」


「いいえ、それはもう終わってるわ。本当に視えていないことはよーく分かったから」


「ん?」


 どういうことだ。俺は何もした覚えがないのだが――と思いかけて、ふと思い出す。


 精霊たちがしていた、何かを指さすような動き。

 それが気のせいではなかったのだとしたら、もしかしなくとも、ずっと試されてたのか俺は。

 空中に面白絵とか描かれてたりしたのかなー。はたまた会って早々の悪口だったりして。


 うん、分からん。考えるのやめよう。


「……信じてなかったのかよ」


「実は、私の放った魔法は二発」


「無視かい」


「亀山くんが構えた後に一発、そしてもう一発はその前に」


「てか、やっぱりまだ疑ってんじゃねーか」


「違うって言ったでしょう。これは目的が違うの。いいから聞きなさい」


 兎川は近くの机に軽く腰掛け、腕組みをしてこちらを見下ろす。見下す、ではなく見下ろす。ここは大事なところだ。兎川に十分な好感が持てる。


「で、何が分かったんだ?」


「ええ。だから、私は二発ぶちかましたの」


「うん」


「そういうことよ」


「どういうことだよ!?」


 はぁーと割りかし長めのため息を吐かれたが、いや普通に分からないだろ。聞く耳持った途端にこれとはちょっとお嬢様がすぎるんじゃないか。前言撤回しちゃうぞ。言ってないけど。


「頼むよ、兎川。分かりやすく聞かせてくれ。俺にはさっぱりだから」


「そうね、ごめんなさい……。いい? 私は確かに、あなたに当てるために魔法を放ったの。こんな感じにね」


 兎川はまた立ち上がると、座っていた机に向かって右手を伸ばす。再び手を銃の形にして、本物を打つかのような動きをしてみせると――。


 机が宙高く舞い上がった。


「な……!?」


 待って待って。本当にこれをぶちかましてたの? 下手したら大怪我じゃ済まなくない? トップクラスの攻撃力を持つ人が、トップクラスの攻撃をしかけちゃダメじゃない? というか、打ち上がった机があり得ない形で積み上がってんだけど?


 いろいろと言いたいことがあるものの、どれも台詞にはならなかった。


「なにをそんなに驚いているの? これくらいは序の口よ?」


「え」


 思わず、濁点が付きそうな勢いだった。否、たぶん付いてただろう。


「……あぁ、そうね、あなたにはこれって浮かんで見えるのかしら? 被害が出ないように、氷で固めたのだけど」


 ほ、ほう。とても不自然な形だが、なるほどこれが氷魔法か。後ろの机の上部で、若干浮いているように見えるが、どうりで安定感を持っているわけだ。


 ふむふむ……情報多すぎない?


「まあいいわ。とにかく、私が放った魔法だけど、一発も当たっていないのよ。いいえ、打ち消されたと言うほうが正しいわ」


「打ち消された? 無効化ってことか? まさかぁ」


 ラノベや漫画で出てくるような「魔法無効化能力」といえば、最強部類に入るものじゃないか。よく登場するから、よほど憧れのものなのだろう。カッコいい描かれ方をするし。


 だからこそ、大抵は代償があるはずだ。しかし、視えないことがそうなるとは考えづらい。


「これはあくまで推測だけど――あなた、ずいぶんと珍しいタイプかも。魔法を弾くための、いわゆる防御魔法と呼ばれるものはあるけれど、それを……属性、として持っているなんて。あまり聞いたことないわ」


 言葉を選んだように発された「属性」という単語にわずかな違和感を覚える。まだ何か決めかねているものの、一応の答えとしてそう呼称するような……。


 しかし、それよりも今は魔法無効化能力についてだ。視えない時点で満腹になるほど珍獣扱いされているのに、まだ何かあるらしいのだから。


「そうは言ってもなぁ」


 というかそもそも、それは消す対象が視えてるからできるようなものだろ。あり得ない。意味がない。宝の持ち腐れで、発動すること自体おかしいはずだ。


「現に、私はこの目で見たのよ。それが信じられないと?」


「うん。信じられないけど」


「……捻くれ」


 ド直球のディスが来た。だが、ぽつりと呟くあたりに優しさがあった。いや、憐れみのほうが正しいだろうか。


「亀山くん。あなたの魔力量を考えると、この魔法中心の世界で『ほぼ全ての魔法を弾くことが出来る』可能性があるってことになるのよ」


「いやいや、言い過ぎじゃ」


「いいえ、十分だと思う」


「そう、なのか……」


 そこまで言われてしまうと、信じる他にはなくなってくる。ひとまず、名家のお嬢様を信じてみるか。


「分かった。信じてみるよ」


「そうこなくちゃ」


 不敵に、でも優しく微笑む。見惚れてしまいそうな自分をなんとか振り切るべく、俺は手根骨で頭を軽く叩いた。


「改めて訊くわ、亀山くん。今度は直近目標、つまり新入生お披露目会までにどうなりたいか? 本番ではどうしたいか? それを聞かせて」


「そうだな……俺は、お披露目会自体はまあ無事に乗り切れればいい。だから、基本的には兎川に乗っかるよ。ひとまず、足手纏いにはならないように――」


「だめ、甘いわ。亀山くん」


 遠慮がちに告げる俺に対し、兎川は自信満々な様子で被せてくる。


「と言われても」


「いいこと? 私は当然、優勝を目指す。だから、そこに付いてきてくれなきゃ。私とペアになったからには半端はさせない。このペアがどうやって割り振られたかなんて分からないけど、やってやろうじゃないの」


 兎川は立ち上がり、ランウェイを歩く優雅な足取りで黒板前まで移動する。胸を張り、左手を腰に当て、右手でこちらをビシッと指差した。


「本番までに、私がきっちりものにしてあげるから覚悟なさい?」


「は、ハイ……」


 なんだか、とんでもないハードルを置かれた気がする。


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