第1章 視えなくてスミマセン

第1話 美少女と出会い、そして告白する。

 人間は魔法というものを科学技術と共に発達させた。今や基本軸は魔法で、それ以外はITなどの技術によって支えられている。


 そんな時代の先端をゆき、魔法師育成トップ校と銘打つ「私立鶴島つるしま学園高等学校」。


 そのとある会議室前で俺は足を止めた。着慣れない制服のネクタイを軽く緩める。


「すーはー」


 ゆったりと深呼吸。視界の端でハンカチが宙を舞っているのは、この際どうでもいい。


 完全に出遅れてきた自覚があるため、少々腰が引けてしまう。

 いや、でも俺が悪いわけではなくて、魔法に頼りすぎているこの社会が悪いというか。突然、何の説明もなく新しい環境に放り出されるんだから困っちゃうだろ。だから、うん、悪くない。


 そんなこんなで思考すること約十秒。会議室の扉がガラリと内側から開かれ、美形の女子生徒が姿を見せた。


 彼女の長い黒髪は手入れが行き届いており、蛍光灯の明かりを綺麗に反射して紺色に近い輝きを見せている。下部で二つに結わいてあるのも、なかなかにポイントが高い。ほら、顔を横に振ったときに、髪が凶器にならなくて済むからな。


 それに見惚れてぼーっとしていると、服を掴まれて室内へと引きずり込まれた。扉を閉めた彼女は、俺に怒鳴り声を投げつけてくる。


「遅い! 一体どこをほっつき歩いてたのよ?」


「……スミマセン」


「ふん、まあいいわ。で、亀山かめやま月人るなと。この私を待たせたのだから、相応の覚悟があるのよね?」


「え?」


「え?」


 疑問の声が跳ね返ってくる。どうして疑いもなく俺が知っていると思ったんだか。


「いやほんとごめんだけど、俺、おまえのこと知らない」


 今日が学校の初日で、入学式からまだ一時間くらいしか経っていないぞ。仮に入学試験の時に目立っていたのだとしても、会場には大人数いたし、自分のことでいっぱいいっぱいだったしで、俺には覚えが全くない。


「なっ、ありえな……コホン、まあいいわ。だったら、その手に持ってる基礎情報を読みなさいよ、早く」


 彼女は顔を背けて必死に隠しているが、耳まで赤くなっているのがバレバレである。

 本当は、名乗ってほしかったが……ああ言った手前、改めて名乗るのは恥ずかしいだろう。


 だがまあ、そんな彼女を見ていても仕方がないので、椅子に座って資料を読むことにする。茶封筒はいろいろあってしわしわだが、中の紙類は無事だった。

 一枚目は俺の入試成績か、あとでいい。彼女の情報は……二枚目にあった。


 氏名、兎川陽華。生年月日や経歴は飛ばして――なるほど、どうやら名家のお嬢様であるようだ。興味はないが、聞いたことくらいあるか? うん、ないなぁという感じであるが、備考にそう書いてあるから信じる他にはない。この自信過剰な様子といい、割とちやほやされて育ったのだろう。

 三枚目には、小さい紙に彼女の入試成績が書いてある。俺のよりも簡易的で、項目は三つのみだ。トップクラスの攻撃力、防御力は中の上、魔力量は上の中らしい。なんだ、完全にちやほやで育ってるだろこの数値は。


 ――ん? もしかしなくても、新入生代表とかだったりする?


 まあいいか。正直、全然聞いてなかったし。


「ちょっと、いつまで他人の情報ジロジロ見ているわけ?」


 隣に腰掛けた兎川が呆れ顔でこっちを見つめてくる。


 いや君に言われたからだけど。俺なりに基礎情報チェックしていたわけだけど。


「すごいな。この攻撃力は学年トップだろ」


「昔から磨いてきたスキルだもの。それくらいできて当然」


「ふーん」


「なによ、その反応は。興味なさそうね」


「や、これだったら俺の出番なさそうだなと。これ、総合一位なんじゃないか?」


「ふふん、そうね。何をやるかは公開日にならないと分からないみたいだけど、まあ任せておきなさい?」


 どやり、と胸を張ってみせる兎川。あんまり豊満ではないなぁ。っと、それは触れないでおこう。


 入学早々から行われる超大型イベント──いわゆる新入生お披露目会なるものがあるらしく、こうして二人一組になって親睦を兼ねた会議や練習をするということなのだそう。

 入学式の直後、ペアは学校側から一方的に通達された。成績などを考慮しての割り当てなのだろう。他のペアがどんなものか分からないから断定はできないが。


「……というか、そもそもあなたの成績はなんなのかしら?」


「あー」


 ついに触れてきたか、と若干ぎくりとする。後回しにして見ていなかったが、改めて自分の成績を見てみることにする。どうせ、よく入れたなという数値なのだろう。


 どれどれ――攻撃力、ゼロ。防御力、判定不能によりゼロ。いやー予想以上にひどい。三項目以外もなかなかの低さを叩き出している。若干いいのは物理攻撃力くらいだ、これは予想の範囲内だ。よくこんな名門校に入れたな。


「やっぱり遅いわね、あなた」


「ほっとけ」


 さて、実は最も気になっている魔力量は――んん?


「なんだよ、これ……」


 Aの上にプラスがついている。えっと、兎川の攻撃力がAで、その上ということは……。


「この魔力量は最上クラス、しかもそこにプラスが付くなんて聞いたことないわ」


 だ、よな。本気でびっくりした。処理が追いつかずに、頭がフリーズするレベルで驚いてしまった。


「で、本題はここからよ、亀山くん。どうしてこの魔力成績なのに、攻撃力も防御力もゼロなのよ?」


「……つっても、防御力は判定不能だし」


「うっさい、そういうのはいいの。理由を聞かせなさい、理由を。あるんでしょう?」


「えーっと、その、ですね」


「焦らさないで早くして」


 俺に遅い遅い言うけど、むしろこの女子がせっかちなのでは? と思わなくもなかったが、そうしていても仕方がない。

 聞かれてしまえば、素直に答える他ないのだ。しかし、これはすんなりと受け入れられた試しがない。まだ他者からの反応には慣れ切っていないので、少々おどおどしてしまう。

 けれど、今はともかく自分なりの考察を披露するしかない。


「今って、基本的にみんな魔法が使えるだろ?」


「そうね」


「一番得意なもの、あるだろ?」


「属性ってやつね」


「俺はそれが無いっていうか、『無』っていうか」


「……ハッキリ言いなさいよ」


「俺は得意魔法どころか、魔法自体がまるで使えません」


「は?」


 うん、やっぱりそうなるな。無理もない。

 誰もが魔法を使えて、それが常識で、生活の一部。そんな世界で、俺はさぞ浮いた存在だろう。他の子が普通にやれることができない。知っている、昔から。


「ちょっと待って。何も?」


「何も」


「魔法道具を使っても?」


「魔法道具だとされるものも、俺に使えた試しはない」


「…………」


「…………」


 とてつもなく気まずい沈黙の空気が漂う。


 兎川は頭を抱えて考え込み、俺に疑心と呆れ満載の瞳を向けてきた。


「……だいたい、なんでこの学園に入ろうと思ったの? まるで意味が分からないんだけど」


「そりゃ、入学許可がおりたからで――」


 俺が事実をそのまま口にすると、冷たい色合いの瞳から絶対零度の視線が放たれた。


「ふざけてる?」


「や、その、スミマセン」


 あまりの冷たさに、俺はすぐさま顔を逸らして謝罪する。紛れもない事実なんだからしょうがないだろう。まさか入れるなんて思ってもみなかったし。


 だが、視線を一方的に当てられ続けているというのは精神的に凍えかねないので、俺は改めて彼女と向き合うために体勢を整えた。


「まあ、なんだ、俺に魔力自体があるのは知っていたし、少しでもここで使えるようになればと思って……だな」


 実際、そこに立派な動機など存在しない。

 理由を見つけたくて、改善できるならしたい――ただ、それだけだ。


「いいじゃない。先にそれを言いなさいよ、まったく」


 意外にも明るい調子で返され、俺は目を丸くしてしまった。


 これまで何度も「え、嘘でしょ。魔法を使えない亀山が、あの鶴島学園に行くの? 何しに?」と鼻で笑われたものだから、拍子抜けしたのだった。


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