魔法社会のヨソ者こと俺ですが、ほどよく邪魔者くらいにはなりたい。

久河央理

第1部 魔法世界のヨソ者こと俺ですが、ほどよく邪魔者くらいにはなりたい。 

第0話 それすなわちアウトサイダー

 突然だが、見えるものと見えないもの、どちらが怖いだろうか。


 見えないものか。お化けや幽霊、その他伝説の化け物などが怖いとすれば、その正体は未知と想像だ。知らないところに知らないものがいるかもしれない。視界が悪い闇の中に、もしかしたら何かいるかもしれない。その「かもしれない」という想像に対して恐怖心を抱く。


 なぜそんなものを信じるのか。それはアニミズムに由来する霊魂の信仰が由来だ。人間は、とりわけ日本人は神に縋る。まあ、どの神かはさておいて。そして、仏にも縋る。神様仏様とはまさに、そういった幅広さを示すのだろう。

 他方、見えるものか。よくあるホラーと思わせておいての、結局、最も恐ろしいのは人間であった……というオチのやつだ。確かにそうだろう。存在も定かでない何かが仕掛けてくるよりも、確実にいる何かが仕掛けてくるほうが実感を伴っている。

 自分の世界と「それ」が明確に隔離されていれば、そこにいるかどうか、あるかどうかが分からずとも恐れないことが多い。だが、それが現実味を帯び始めたときに恐怖心が煽られて、一気に喚き始めるのである。


 とすると、やはり重要な点は存在の明瞭さだ。幽霊がストーカーしてくるよりも人間がストーカーしてくるほうが怖いだろう。いや、仮に幽霊が存在していたとしたらどこまで覗かれているかという点において、他を圧倒する鳥肌ものではあるのだが。まあ「百聞は一見にしかず」というのはこの点においても使えることわざだろう。事柄が認識を主軸にするというのは過言ではないかもしれない。


 つまり結論として、人間は「確実にあるにも関わらず見えないもの」を最も恐れ怖がると言っていいだろう。なぜそうなるのか理解できず、不思議で信じられなくて、認識さえも出来ないものほど怖いのだ。


 では、俺は何が言いたいのか。一言で言うならば、きっとこうだ。


 残念なことに、俺も同じである。


 それにも関わらず、なぜ俺のほうが畏怖されねばならない。あまりにも悲しいと思わないだろうか。俺という人間は確かに存在していて、普通に認識だってされていて、不思議なことなど何もないはずだ。


 だから、俺はこの魔法に溢れた社会に少しでも馴染みたいと思う。それが高校における俺、亀山かめやま月人るなとの目標である。



  **



 入試の作文課題で、そんなことを書いた気がする。


 確か、テーマは「昨今の魔法中心となった社会を踏まえて、高校で目標とすること」だったな。形式は自由で文字数制限無しだったため、なんだかノリノリで小説の序章っぽく書いた覚えがある。


『新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます』


 学園長や来賓に続き、今度は在校生代表が入学式のマイク前に立った。

 シャキッと胸を張り、明るいトーンで声を張るその姿は、まるでテーマパークのお姉さんだ。手を広げて「ようこそ」なんて言われると、自然にわくわくとしてしまうだろう。

 否、した。考えたそばから、わくわくした。


 ……今思えば、あの作文は問題なく通ったわけだ。ほう、いいのかアレ。信じられん。自信もクソもなく、ただただ思っていたことをぶつけたにすぎないぞ、アレ。構成的にも今ひとつだと思うんだが。


 入試のときから、そのハイグレードな校舎には吃驚し続けている。中等部も併設された、いかにもブランド校らしいこの学園に、どうして俺が入学できてしまったのか。


 可もなく不可もない容姿。黒髪にはネタになりそうな癖もなし。寝癖を取るのは少し大変だが、今日は無事に直ったからよし。変に韻を踏んだ気がする。


 俺はもう一度壇上に目をやり、それから左右に座する新入生たちを視界に入れた。誰も彼も、大掛かりなショーを見ているかのように瞳を輝かせている。自信と希望に満ちた目には映るものが違うらしい。


 いや、きっとそれだけではない。だが、何も映せていない俺には関係ない。


 他の生徒たちと反比例するように、俺の気分は落ちていく。


 それどころか、中学時代にうっかり聞いてしまったクラスメイトたちの会話がフラッシュバックし、未来への希望まで曇りゆく。



「ねえ、亀山月人の周りってさあ、なんか怖くない?」

「怪奇現象起こってるよね」

「てか、まじで『ヨソ者』じゃん」

「ありえねー。やっぱもっと距離置こうぜ」



 むしろ相手のほうが、いや、そもそも社会のほうが遥かに信じられないと言えるはずなのに。


『続いて、入学者宣誓。新入生代表、兎川とがわ陽華ひばな――』



 まあ、いいんだけどね。俺が悲しいだけだし。ちょっぴりだし。平気だし。 

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