第11話【3】娘の彼氏-3-
アルバイト先のファミレス。
いつもと同じ時間ぐらいにまた『彼』が来る。
気のせいか、目が合ったら微笑んでくれた気がした。
気づいた?
気のせい?
まあ、どっちだっていい事だ。
私が梨奈の母親だって、ファミレスのオバさんだって、杉崎くんには小さな事。きっと私は彼の日常の『背景』なのだから。
杉崎くんからの呼び出し音が鳴る。
私はいつものように彼からオーダーを取る。
特にそれ以外の会話は無いし、私も話しかけなかった。
うん、それでいい。
当たり前の日常だ。
辺りが少し薄暗くなり始めた頃、私は帰路に着く。
家に買い置きが無い時は、夕飯の買い物をしてから帰る。
店を出ると、ガードレールにもたれ掛かるように杉崎くんがいた。
私はキョロキョロと辺りを見回して、待ち合わせだろうか?と思う。
挨拶をするのも何なので、軽く会釈しながら通り過ぎようか?と迷っていると、
「浅田さん・・・」
と、彼が私の苗字を呼んだ。
娘は、いるはずも無く。
「
と、私の名前を呼んだ。
なぜ、私の名前を知っているのだろうか?
そして、気づかれずに通り過ぎようとしていた自分に何とも言えない気まずさを感じる。
「杉崎くん、
気づいてたんだ・・・
何か、梨奈の事?」
と、切り出すも。
「いいえ、香奈美さんにお話があって・・・」
と、意外過ぎる答えだった。
じっと、私を見つめる彼。
『香奈美さん』と、最近では滅多に呼ばれる事も無い。
こんな少年のような相手にドキッとするのもおかしな話だと分かっているけれど。
ふいに、彼が至近距離まで近づく。
内緒話でも始まるかのように。
「あの、
僕は、ずっと、香奈美さんの事を見ていました。
梨奈さんと知り合う、ずっと前から。
気づいてたかもしれませんけど・・・」
そう言って俯く彼。
「え?
・・・どうして?」
と、思わず聞き返す。
「ずっと、目で追ってました。
結婚してるのも知らなかったし、
梨奈さんも、ごめんなさい、あなたの事を知りたくて、声をかけました。
あの、
だから、
好きなんです・・・」
思いもよらないその言葉に、耳を疑い、思考がストップする。
この、娘とそう歳も変わらない彼が、自分に想いを寄せていると言うのだろうか?
「ちょっと、待って。
うん、だから私、結婚してるし・・・。
あなたとそう変わらない年頃の娘だっているでしょ?
そうね、あなたくらいの年頃の子は、年上の人に憧れるものかもしれないでしょ?
それは一時の感情だと思うの。
うん、一度冷静になってみようか・・・」
次々と途切れも無くそう言う自分の方が冷静さを欠いていたのかもしれない。
「子供っぽいですか?
好きな人に好きだって言えないなら、
僕はそんなつまらない大人になんてならなくたって構わない・・・。
これは、僕なりに精一杯考えての事ですから・・・」
真っ直ぐに見つめてそう言った彼が眩しかった。
こんな風に想いをぶつけられたのは、いつぶりだろうか?
クラクラと目眩がするようだ。
彼の想いに飲み込まれそうになる。
冷静さを取り戻そうと、大きく息を吸い込んで、吐き出す。
彼は、梨奈が想っている相手だ。
例え彼にどんな理由があろうとも、梨奈は彼の事を真剣に想っている。
「ごめんなさい。
あなたのような子供は眼中に無いから。
それに多分、私はあなたが思ってるような『お姉さん』でも無いから」
精一杯大人ぶって、冷たくあしらってみるも、
ふいに、彼が私の腕を掴んで、
「香奈美さんが、時々寂しそうな顔をしてるのを知っています。
ずっと、見てたから。
今、幸せですか?」
心を見透かすような目で、彼は私の真ん中に突き刺さる言葉を放った。
「幸せよ・・・」
声が、震える。
「だから、あなたの妄想の世界の私と、本当の私は全然違うんだから。
梨奈の事を泣かせるような事をしないでね・・・」
そう言って私は彼の腕を振り払い、走り出す。
平坦で、満たされない毎日に戻るために・・・。
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