第9話【3】娘の彼氏-1-

 私は、何不自由無さそうな奥さんだと人から言われる。

 幸せそうな家庭。趣味のようなファミレスのアルバイトもやらなくていいんじゃない?と。

 でもね、ずっと家にいるだけじゃ、時々息が詰まるような気がするの。世界中で一人きりのような、誰からも必要とされていないかのような。



 アルバイト先のファミレスに、いつも夕方の同じくらいの時間に現れる高校生。娘と同じ高校の制服。気づいたら私は彼らと同じ年代の頃が遠い昔に思えるくらい年齢を重ねて来てしまった。

 娘と同級生のお母さん達からはまだまだ若いって言われる。でも彼らから見たら完全にオバさんなのは間違い無い。


 今思うと当時は何も分かってなかった。18歳の頃に主人との間に娘を授かって結婚した。

 その当時は一生で一度の大恋愛をしていると思い込んでいた。それがどうした事か。今となっては『ただの家族』という感覚で、もうお互いに異性とは思ってはいないだろう。

 夫の帰りも謎に遅い事が多い。

 シャツに口紅の跡が付いていたりだとか、知らない女性物の香水の匂いがしたりだとか。

 でもそんな物、問い正しても『電車で付いたんだよ』とか難無く答えるんだろう。彼はそういう器用な人だ。

 もし本当に彼にやましいところがあったのだとしても、なぜだか自分に夫を責める資格が無いように思えてしまう。夫はそれなりの収入もあって、それ無くしてはこの高級住宅街の一軒家に住めるはずも無く、娘の通う有名高校にも通わせられなかった。

 充分に感謝に値する。


 でも、なぜだろう。

 本当に、時々虚しくなるのだ。

 私の若い頃からの大半の時間が『娘のお母さん』と呼ばれ、いつからか名前でも呼ばれなくなってしまっているのだ。

 特に趣味も無く、今より若い頃は『美人』と言われていた昔のような風貌も若さも徐々に失われつつある。

 だから何だって?

 何か足りないと思っている事、それは贅沢でしか無いって事ぐらいは分かっている。

 それなりに良い暮らしが出来て、パートは趣味のようなもの。それは事実だし。



 眩しいような高校生の彼を見ながら、なぜかふとそんな事を思ってしまう。

 キラキラと若さが溢れる。

 どう考えても彼はこれからで、可能性に満ちている。同年代だったら放っておかないだろう。爽やかで今風な男の子。


 彼が呼び出しボタンを押す。

 そして、いつものようにドリンクバーを注文し、私がオーダーを受ける。


 内心ドキドキしつつも、

「いつも、勉強お疲れ様」

 と、ほんのひと言声をかけてみた。

 変なオバさんと思われるかもしれない。

 すると、彼は照れた笑顔を見せて、

「あ、・・・こちらこそ、いつもお疲れ様です、お姉さん・・・」

 と、答えてくれた。

 そのはにかんだ笑顔と『お姉さん』という呼び方に、年甲斐もなくときめいてしまう。

「お姉さんて、オバさんの間違いじゃないかしら?」

 と、私が答えると、

「え?普通に20代ですよね?」

 と、返され、お世辞なのか本気なのか分からないけど、

「あはは、デキる子ね・・・。

 どうぞ、ごゆっくり」

 と、オバさんらしく返し、私はその場を後にした。

 

 なぜだか、ほんの少しの会話なのに、ドキドキした。

 彼みたいな年頃のお客さんだって、たくさんいるのに・・・。

 そして、『いつも』って、認識されてるのかな?なんて、まさか。

 だからと言って、どうだというわけでもないんだけれど・・・。

 うん、でも毎日の潤いみたいなの?そういうのも大切だし。

 まるで芸能人のファンみたいに、彼の事をそっと、少しずつ、意識し始めた。

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