リアルな姿
コラム
***
都内にある某ホテルのスイートルーム。
客室の中には階段があって二階建ての作りで、一階はリビング、二階はベットルームと分かれている。
さらには船のような丸窓から外が見えるなど、個性的な設えになっており、朝の光がふんだんに差し込む二階のベッドルームで目覚める時は、ホテルにいながらもまるで我が家のような不思議な気分にしてくれる。
そのリビングではスマートフォンを横にして置き、そのカメラに向かってひとりの女が喋っていた。
「視聴者の皆さ~ん! 今日なんとホテルのスイートルームから生配信でお届けしますよ!」
その女の名はミエコ。
最近美容系Youtuberを始めた化粧品会社の派遣社員だ。
目標である収益化を目指して、今日も日課の動画撮影をしている。
彼女は自分の容姿に自信があったので、動画配信でその顔を
数あるジャンルの中でも美容系を選んだのもそれだ。
ミエコは自分の知識と見た目ならば、収益化する人数――チャンネル登録者数1000人以上も夢ではないと思ったのだ。
Youtuberのほうが軌道に乗ったら、今している派遣の仕事もすぐに辞めるつもりでいる。
「それとちょっと恥ずかしいですけどぉ……。リアルな私の姿も見せちゃいます! 恋人にも見せたことのない私の素顔……。たっぷり見つめちゃってください!」
大袈裟に手を動かし、恥ずかしそうな表情から満面の笑みを浮かべるミエコ。
まだ始めたばかりだが、彼女のチャンネルはすでに登録者数800人を超えていた。
チャンネル視聴者の男女比は7:3で、当然女性が多い。
美容系にしては男性率が高めだ。
あと200人で収益化へとたどり着く。
ここは、やはり女なら誰もが憧れるスイートルームでセレブ体験を実況しようと思ったミエコは、この部屋を予約して勝負に出たのだった。
うまくいけば1000人に到達できる。
ミエコは内心でほくそ笑みながら、カメラに向かって声を張り上げた。
「見てください! ここのバスルーム、ガラス張りでスケスケですよ! こんなの彼氏と来たら全部見られちゃいますね~」
スマートフォンを持ってバスルームへと移動し、ミエコはそう言いながら置いてあったアメニティを手に取る。
「バスアメニティは超一流ブランドのブルガリ! う~ん! オ·パフメ·オーテブルーのフレグランスと同じで、爽やかでありながら濃密な香りは、贅沢なバスタイムを過ごすのにピッタリですね!」
ブルガリのシャンプーの匂いを嗅いで、とろけた顔でそう言ったミエコは、他にも、コンディショナー、シャワージェル、ボディミルクなども紹介していった。
それからミエコは一通り紹介し終えると、バスルームから洗面所へと移動する。
「そして、こちらにはスキンケア用品のアメニティ! ブランドは資生堂で~す! 化粧水はエリクシールシェペリエルに、フェイシャルマスクはアティフリシェ。その他には、ヘアターバンやコットンあぶら取り紙、ネイルファイル、足指パットなどが全部ポーチに入っています! もう手ぶらで行けるくらい充実したアメニティーが揃っているので、かさばりがちな荷物も減らすことができるのが嬉しいですね~!」
我ながらナイス実況とミエコは内心で自画自賛していた。
素人ながらこの活舌この笑顔はどうだと、けして撮影中には出さないが、もし心に顔があったのなら間違いなく彼女の顔はドヤ顔になっていたことだろう。
「では、恥ずかしいですけど、これからスッピンになって使ってみますね」
そして、スキンケア用品を手に取って実際に使用し始める。
「うん、なんか肌が喜んでるって感じがしますよ~! やっぱりこういうのって体もわかっちゃうんですね! それでは下地はこのままで、今日はちょっと海外セレブな感じのメイクに挑戦しちゃいま~す!」
そう言った後、ミエコはわざとらしく化粧道具を手に取ってピタッと動きを止めた。
カメラの角度を考えた実に計算された動きだ。
「海外セレブなら骨格が違うから無理でしょ! と思ったそこのあなた! 大丈夫です。私のような100%純潔の日本人でも海外セレブになれちゃうんです! メイクでも彫りの深さは作れるんですよ~。早速セレブのアイメイクをお手本にして、大きく彫りの深い目元にしてみましょう」
慣れた手つきでアイライナを引いていくミエコは、顔の半分だけあっという間に仕上げた。
化粧を終えた顔をスマートフォンに近づけて、彼女はスッピンとアイラインを引いた顔の差をカメラに映す。
「どうですか皆さん? ちゃんと海外セレブになってます?」
感想のコメントが次々に投稿されていく。
そのどれもがミエコを褒め称えるものだ。
気を良くしたミエコは、スマートフォンを持ってリビングルームでの撮影に移ろうとすると――。
「ちょっとミエコ。あんたなにやってんの?」
そこにはこのスイートルームには似つかわしくない女が立っていた。
その女は、伸びっぱなしの真っ黒な髪に、ヨレヨレの学生時代のものと思われるジャージを着ている。
「ちょっとシゼちゃん!? 今は撮影中なんだから出て来ないでよ!」
「あぁ~ユーチューブだっけ? それよりもお腹空かない? あたし、なんか今日は餃子の気分。王将いこう」
突然の友人の登場にミエコは慌てふためいた。
実は二人は昨夜からこのスイートルームに泊っている。
ミエコは、酒を飲んだ次の日のシゼがちょっとやそっとじゃ起きないと知っていて動画撮影を始めたのだが、どうやら目覚めてしまったようだ。
「やめてシゼちゃん! 私のチャンネルのイメージが!」
「えっイメージ?
「うぅ……あぁぁぁッ! ぎゃぁぁぁッ!」
シゼが何を言ってるんだと話し出すと、ミエコはいきなり発狂し始めた。
彼女は暴れたせいで持っていたスマートフォンを落としまい、電源が切れて配信も止まる。
「もう終わりだ……。せっかくもう少しで収益化できそうだったのに……」
「あぁ……なんかごめん……」
その後、落ち着きを取り戻したミエコにシゼは謝罪をした。
ここまでお嬢様なイメージを作り上げてきたのに、王将とサイゼリアが好きな庶民的な女だと視聴者にバレてしまったと、ロード·ランナーを捕まえるのに失敗したワイリー·コヨーテのように打ちのめされている。
ミエコは怖さのあまり、その日一日はスマートフォンを手に取れずにいた。
次の日、いろいろと諦めがついた彼女は、自分のYouTubeチャンネルを削除しようとスマートフォンの電源を入れると、なんと登録者数が2000人以上になっていた。
どうやらコメント欄を見るに、シゼの登場で見れたミエコの反応が視聴者に大好評だったようだ。
「ねえ、シゼちゃん……」
「なに? あたしも悪かったからできる限りのことはするけど?」
「なら、今度から私のチャンネルに出てくれない?」
こうしてミエコのYoutubeチャンネルは、美容系からバラエティ系へと変わり、さらに視聴回数と登録者を増やしていった。
了
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