第十話・壱 ー闘鶏ー
注射を打ち込んだ闘鶏の体が一回り大きくなった。腕や足からドクンドクンと鼓動が聞こえてくるようだ。
「ふぅ…効くねぇ…『強化ミミズ』は…」
ニヤリと笑う闘鶏に二人は背筋に嫌な汗が流れる。
「これが『ミミズ』の力…怖っ…でもやらなあかん!特攻隊長・鉄!いくでぇ!」
鉄の喉がごくりと鳴る。こんな凶悪な敵、会ったこともない。店の酔っ払いなんて可愛いものだ。
意を決して、残った愚連隊と闘鶏に向かって行った。
「雑魚が…」
闘鶏はガッカリした顔で足元に転がっていた、ただの角材を一振りする。
「避けろぉ!鉄!」
陸は叫ぶも、愚連隊はことごとく吹き飛ばされた。
「ぐあっ…くそ…」
「ぶひゃひゃひゃひゃ!無様だなぁ、雑魚はぁ…」
闘鶏はつまらなそうな表情で陸に向いた。
しかし鉄は立ち上がろうとするが、闘鶏の角材が頬を掠めた。ストンとへたりこんでしまい、鉄は立つことができなくなった。
「なんやねん、こいつ…あかん、走馬灯見えた…」
鉄はこの世のものとは思えないほどの恐怖に足はガクガクと震え、失禁してしまっている。
「まぁ雑魚は生きる価値ねぇんだわ、鳳一家の支配した世界では!潔く死んどけ!」
振り下ろされた拳が鉄に届くか届かないか、本当に紙一重だった。
「おぉ?やるじゃねぇの?」
陸のハンマーが、拳を地面にめり込ませていた。
「離せや、筋肉ダルマ…」
陸は目を見開き、しっかりと闘鶏を見据えた。
そこには、あの時のような恐怖心はなかった。
ハンマーの大きさや形を変え、何度も何度も闘鶏へ叩きつける。しかし、不気味な笑顔の男に陸の攻撃をはことごとく効かず、防がれてしまう。
「おうおう、どしたどした!まだまだ来いやぁ!」
と、持っていた棍棒で陸の周辺を吹き飛ばした。
「うおおおおお!」
と、それでも黒い大槌で向かっていく陸。
ガシッと掴まれると、闘鶏の顔が近づいてきた。
「ただ殺すだけじゃあ、面白くねぇからなぁ…足先から少しづつひき肉にしてやろうかぁ」
じゅるりと舌なめずりをしながら陸の首をもちあげる。
「ぐっ…はな…せ…」
ジタバタしながら必死に抵抗するも、『ミミズ』を打ち込んだ闘鶏の力には遠く及ばない。
ーーーーー陸
頭に響いた母の声に、陸はハッと我に返る。
自分と闘鶏の手の間に柄の長いハンマーを滑り込ませ、無理やり引き剥がし距離を取った。
『母さん…ありがとう』
『陸、闇の力を使いなさい。今の貴方ならできるはずよ。』
陸はジリジリと迫る闘鶏を見ながら考えた。
「もしかしたら…できるかもしれん!」
ハンマーを一度消し、そのまま闘鶏に突っ込んでいった。
『陸!危ないわよ!』
母の声も構わず、陸は闘鶏の懐へと飛び込んだ。
「あ?とち狂ったか?んじゃ、へし折らせてもらうわ!」
闘鶏が手を伸ばすと、違和感を感じて手を止めた。
「なんだ?こいつの周りが暗い…?」
陸の周囲が、ぼんやりと暗くなっていた。闇の力を霧状に変えて、自身に纏わせていたのだ。
「皆誰でも呼吸はする…外から力をぶつけても倒れないなら、内側からやろ!」
闘鶏の伸ばした腕を掴み、力いっぱい引き倒した。
「ぐふっ…くそがァ…あ?」
立ち上がろうとするも、体に力が入らない。
筋肉、関節、血液…全て自由がきかないようか感覚。
「て、めぇ…くそ、息、が…」
「やっぱり成功したみたいやな…でも、まだまだ行くで」
陸が手をかざすと黒い霧が濃くなった。
「なんだこりゃ…っ!やめろ!入ってくるなぁ!やめろぉ!!」
自分の体に伸びる黒い霧が、呼吸をする度に鼻や口、果ては耳やあらゆる所から、体に入り込んでいった。
苦しむ闘鶏を陸は見下ろした。
「陰の物には陰をぶつけて、陽にする。数学で習ったろ?なら、お前の『ミミズ』と、俺の闇の力で相殺できるだろってな」
「やめろ!やめろおおおお!!」
一頻りもがき苦しんだ闘鶏は、ふと動きを止め、目を見開き虚空を見つめ、前のめりに倒れ、動かなくなった。
その音で鉄が目を覚ました。
「痛たた…え、陸、やったんか?」
「なんとか…でもどやろ…成功してたら、当分動かれへんと思…っ!」
鉄と陸は互いに支え合いながら、歩きだそうとした。しかし、背後に気配を感じた。
振り向くと、倒れたはずの闘鶏が立ち上がっているではないか。
「かぁ〜、しぶといやっちゃ…でもこれあかんかも…」
鉄は折れた足をかばいながら、戦闘態勢を取る。
しかし
「すいません…」
闘鶏から発せられた声は、まるで別人だった。
「え…?」
陸と鉄が戸惑うのも無理は無い。戦っていたときの殺気は微塵も感じなかったのだ。
「すいません、貴方が『強化版のミミズ』と『鶯の精神干渉』を消してくれたお陰でやっと正気に戻れました…私、ジャン様の近衛兵の一人、鶉(うずら)と申します。」
二人は驚いた。
「なんやて!じゃあ今回の一件、皇帝はんは…」
「いえ!ジャン様は知らないのです。」
鶉が言うには、数年前に山にある封印の巡回で来ていた近衛兵だったが、鳳一家と見られる野党に数名が殺され、自分は鶯に精神干渉で記憶を消され、書き換えられた、とのこと。
「数日前に記憶が一時的に戻り、慌ててジャン様に連絡を取りました。自分たちの師団が行方不明であること、そしてこの戦いのこと、色々聞きました。手助けになるかと、鳳一家の内部について連絡をしようとしていたのですが…また鳳 鶯の手により、精神干渉が強化されてしまい…」
俯く鶉に陸は優しく声をかける。
「じゃあ、D-HANDSを襲ったのは…」
「申し訳ありません…記憶のなかった状態とはいえ、なんと惨い事をしたのか、後で思い知らされました…」
鶉は大粒の涙を流し、陸と鉄へ頭を下げた。
「こんなことがあってええんかいな…くそっ…」
鉄は天を仰ぎなから、顔をタオルで拭っていた。
「鶉さん…俺は貴方のした事、許せはしないでしょう。でも、今からでも俺たちに協力して貰えませんか?」
鶉はその言葉に涙を更に流した。しかし、鶉から返ってくる言葉は以外なものだった。
「できません…」
「はぁ?!なんでやねん、お前!」
鉄が驚くのも無理は無い。
「実はこの『強化版ミミズ』を使用にあたり、一つ副作用があるのです。」
鶉は悲しい笑顔で二人に話した。
「心臓への負荷が激しく、一度使用したら心臓は破壊されてしまうんです。体が強化される代わりの諸刃の剣…もう時間がありません、これだけお伝えします…鶯はすでに…かいぶ…つ…」
そこまでいうと、鶉は前のめりに倒れた。
荒い息で必死に体を動かし、天を見上げる。もうすぐ死ぬ。それでも、鶉は笑顔であった。
「鶉さん!鶉さん!」
陸の声に、微かに口が動いた。
「…おかあ…ちゃ…ん…死にたく…ないよぉ…」
ーーーーー
屋敷の中に金属音や破壊音が轟いていた。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」
「クックック…お主もまだまだよのう」
怒りに冷静さを失った木慈と、その攻撃を軽くいなすジャン。
「おめぇよぉ、まだ俺に勝てると思ってんの?」
ジャンは飛んできた羽の刃を数本握りつぶした。
「なぁ、雉間よぉ…あれは事故だ!」
「嘘だ!あの方々は、貴様に殺された!」
ジャンは、はぁとため息をついた。しかし、木慈はお構い無しに攻撃する。
「いくら『ミミズ』で強化しても、心根が弱いんじゃあ、いっくらやっても勝てねぇぜ、雉間ぁ!現実を受け入れろ!」
「うるさい!」
木慈の息が荒くなる。ジャンと対峙する木慈にいつもの冷静さはなかった。
「坊ちゃん!使わせてもらいますよ!」
「なんだぁ?ドーピングでもすんのか?根性なしが」
ジャンに煽られ、木慈は叫ぶ。そして、懐から取り出した注射器を肩に刺した。
次回
第十話・弐 -木慈-
映絵師の極印~えしのしるし~ 櫻木 柳水 @jute-nkjm
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