第九話・肆 ー背信ー

鴉が亡くなり、一家をあげて盛大に送り出そうとしている中、喪主となる鶯は一人祭壇の前にいた。

肩を震わせて泣いている、かと思われたが、

「これで鳳一家は俺のモンだ…ククク…」

と、不気味に笑っていた。

鶯は、自身が上に立つにあたって、邪魔な奴らを排除するという思惑があった。そう、邪魔者とは…

「おい、鶯…鶴竜先生が用があるとよ…」

辺 銀…鶯にとって、今や目の上のたんこぶでしかない男。

「鶴竜先生が?あぁ、あの話かネ?」

「もしかして遺言状か?」

二人はもともと鴉の部屋だった和室へと歩を進めた。


和室にはいると、鳳一家の顧問弁護士の鶴竜が着慣れないスーツで神妙な面持ちで待っていた。

「やっと来よったか、二人とも…」

書類を片付けながら、吹かしていたパイプの火を消した。

「鶴竜先生、今日は…」

「遺言状かなにかかネ?」

鶴竜はため息をついて、ひとつの封筒をテーブルにおいた。

「…あぁ、その通り遺言状についてや。なんや鶯、ウズウズしとるな?」

遺言状という言葉に、銀は緊張していた。そして鶯はついに来たという感覚だった。

「遺言状…ですか…」

「あぁ、ほな読むで…」


『今後一切の家業を仕切る、鳳一家二代目は 辺 銀 とする。』


鶯は思わず、「は?」と声を出した。


「坊っちゃん、ちょい黙っといて、続きあるんや」


『嫡男 鳳 鶯 は、若頭長の役職を与える。』


鶯の喉は乾きに乾いて、声も出せないくらいに絶望が襲ってきていた。自分が鳳家の嫡男であるという誇りが実の親によって砕かれたのだから。


「…資産については…坊っちゃん?大丈夫か?」

続きを読む鶴竜は鶯の様子に声をかけた。しかし、鶯には声は届いていなかった。

「…ど、どういう、ことネ…銀……アニ…」

「いや、後継の話はあった。でも、俺はもちろん断った!鶯がいるじゃないか、と」

鶯はゆらりと立ち上がり、鶴竜から遺言状を奪い、中身を確認した。鶴竜の言葉の通りに書かれた遺言状を見て、鶯は叫んだ。


なぜだ、という慟哭。ひとしきり叫び、鶴竜を見やる


「先生ぇ…この遺言状ぉ…偽物だよネぇ…」

「んなわけあるかい、わしの目の前で書いたんや!腐ってもわしゃ弁護…ガッ!!」

鶯に睨みつけられた鶴竜は苦しそうにうめき声をあげた。しかし、それは一瞬…すぐに立ち上がった。

立ち上がった鶴竜はうつろな目で遺言書を破り捨てた。

「坊っちゃん…この遺言状は、偽物です。旦那さんが辺銀に書かされたものです。失礼いたしました。偽物を世に出したので、私は死にます。失礼いたしました。」

鶴竜は、その場にあったペーパーナイフで喉をつき、掻き切ってしまった。


「先生!!鶯…おめぇ何をした!!」

銀が鶴竜を抱き起こすが、すでに鶴竜は絶命していた。

「ククククク…ヌフフフフ…あぁたぁりぃぎぃん〜…貴様ぁ、私を謀ったネぇ…?」

すでにそこには今までのバカでも明るい鳳 鶯の顔はなかった。明確な殺意を感じた銀は和室から飛び出した。


するとそこに、鶯についていた部下数十名が、鶴竜と同じような目で部屋を取り囲んでいた。


「鳳一家を乗っ取ろうと謀った辺銀を捕えろ!!!そして殺せぇ!!!」


鶯の号令でゾンビのように襲いかかってくる組員。傷つきながらも逃げ、自分の部屋に控えているであろう部下の鵜飼と籠目の二人を探した。


しかし、希望はそこにはなかった。


鵜飼は銀の部屋で首を吊り、籠目はその死体の下で全身を切り刻んで絶命していた。

二人とも、死に顔は笑顔だった。


「あぁ、その二人なら俺に暴言を吐いたネ。『銀さんが上に立つにふさわしい』『銀さんは才覚がある。』『銀さんは』『銀さんは』『銀さんは』!そんなやつら俺の部下にはいらないネ。ヌハハハハハ!」

くそっ、と逃げようとするが、組員たちに捕まってしまった。そして、ゆっくりと鶯が近づいてきた。

「辺銀〜…昔っから俺のことバカにしてやがったのは知ってんだ…知ってんだ、俺は…お前が何度も何度も親父のところに行ってたのを!」

「だから違う!俺は何度も断りに行ってたんだ!お前に家督を譲ってくれ、そのサポートはいくらでもするからと!」


「信用できるかぁ!!」

と鶯は銀を足蹴にし、殴り、蹴り上げ、高笑いをあげた。虚ろな目の組員たちに見下ろされ、銀は死を覚悟した。


その時だった。

「おいおい、なんだってこりゃあ…穏やかじゃねぇな…」

「なにしてんねん、これ…あ?あれ若頭の辺 銀ちゃうんけ?」

まだ町のチンピラであった宝治と弾が、弔問に訪れたところであった。


「誰だてめぇら?!」

鶯が振り返り叫んだ。

「誰だてめぇって言われたなぁ…なんや、俺らんこと知らんと喧嘩売っとんか?ワレ、モグリか?」

「はぁ…弔問の挨拶をしていたら、突然受付のやつがおかしくなっちまったから様子見に来たら…大丈夫か、若頭?」

二人はすぐさま臨戦態勢を取った。

先程まで銀を囲んでいた組員たちがゾンビのように向かってきた。

「えぇ、きっしょ!きったな、ヨダレ垂らしとるで、こいつら!」

「生気がまるでない。操られている?…それよりも…」

と、弾は手のひらから竜巻を飛ばし、組員を吹き飛ばした。開いた隙間から、宝治は銀を助け出した。

「あらよっと…おい、大丈夫か?ボロボロやないか…」

「すまねぇ…」

銀は気を失った。


ーーーーー

数日後、目を覚ました銀は見知らぬ部屋に居た。

「ここは…」

スゥと襖が開き、寺の住職らしき男が現れた。


「やっと起きたかい。わしはここの寺の副住職の火喰だ。おかゆがあるが、食えるかい?」

たっぷりと髭を蓄えた火喰という男から、ここは呟焼町の中心にある『四聖院 炎法寺』であると聞かされた。

「なんだって俺ァここに…確か、親父の葬式で…」

「あぁ、宝治と弾がアンタを担いで来たんだ。この中立地帯の寺なら安全だ、とね」

宝治と弾に助けられたあと、銀は気絶したらしく、事が事だけに銀の命がまずいと思い炎法寺で匿ったそうだ。

「あいつらに礼を…」

「あぁ、それが鳳をぶん殴ってくるって言って出てったんだ」

そうか、と銀はおかゆを口に入れた。まだ口の中の傷にしみた。

「なんでこんなことに…」

傷のせいか分からないが、銀の目から一筋落ちた。


その後、全身を切り刻まれ、何かに跳ね飛ばされたようにボロボロになった二人が発見された。



夜の鳳一家…フードの男が二人、鶯の前に座っていた。

「Oh、鶯サーン…ワタシタチを呼んだとイウことハ?」

「早くあんたにした『手術』代とぉ、あのわんにゃんを処分したお・か・ね、頂戴よぉ」

鶯は金庫を開け、ありったけの札束を二人に渡した。

「これで一先ず、この目の金は終わりネ…あとは…」

外人風の男が鶯を見る。鶯はスっと立ち上がり、金庫から書類の束を取り出した。

「これが、宮殿を落とす計画書ネ…」

これが街の存亡に関わる大事件の引き金となる。


鳳一家はその後『鶯が用意した偽の遺言書』により、家督が鶯に移された。それから傍若無人なならず者集団となり、『ある者たち』と凶暴した大量虐殺そして宮殿の乗っ取り未遂事件を起こした。

まだ若き宝治と弾、ハツカの死後に即位したばかりのジャン、鳳一家を追放された辺 銀が英雄と呼ばれる事になる。

この事件がきっかけで鳳一家は、ジャンの権限で山奥の廃屋敷に幽閉され、皇帝近衛兵の監視のもと、自由はなく生活することとなった。


ーーーーー

「この屈辱…この積年の恨みはここで晴らしてやるネ!」

鶯は首元に小さな注射器を打ち込んだ。

「…おいおい、マジかよ…」

銀と狼は言葉を失った。

洞窟内には、鶯の不気味な笑い声が響き渡る。


ーーーーー

ジャンと対峙する木慈にいつもの冷静さはなかった。

「坊ちゃん!使わせてもらいますよ!」

「なんだぁ?ドーピングでもすんのか?根性なしが」

ジャンに煽られ、木慈は叫ぶ。そして、懐から取り出した注射器を肩に刺した。


ーーーーー

「でやっはっはっは!!雑魚ばっかりじゃねぇか!なぁ!」

闘鶏は手を血で染め、高笑いを浮かべていた。

「くそ…みんな…」

「やっぱり…強い…」

陸と鉄は倒れそうになりながらも、闘鶏に対峙していた。


「まだやるかい?あんちゃんら…グッ…」

闘鶏は顔を歪め、頭をおさえた。明らかに苦しそうな表情に、一瞬何が起こったのかわからなかった。

「…はぁ…はぁ…これは…」

闘鶏は先程までの表情と違い、驚いた表情だった。

しかし、すぐにまたおぞましい笑顔に戻り、二人に近づいてきた。

「さぁて、これ使ってぇ、ちゃちゃっと殺っちまいますかぁ!」と、注射器を取り出した。

腕に刺すと、中の青い液体が体に入っていく。

それと同時に、全身の血管が浮かび上がり体が一回り大きくなった。

「よぉし!虐殺開始〜!」

奇声をあげながら、闘鶏が向かってきた。



次回

第十話・壱 −闘鶏−

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