第九話・参 ー創始ー
「で?お前に封印が解けるってかい?」
持っていた錫杖をドンと地面に刺した。
「…銀…いつまでもいつまでもいつまでも!!!俺様をただのドラ息子と思ってんじゃねぇ!!」
「はっ…どうあがいても、あの頃から成長してねぇみてぇだけどな…」
鶯はニヤリと笑い、自身のネックレスを服の中から取り出した。
「そいつぁ…てめぇ何処で手に入れよった!」
チャラチャラと音を鳴らしながら二人に『鍵』を見せつける。狼も驚いている。
「ふふふふふふふふふふ…あとはこれだけってこたぁ分かるよな…『あの時』からずっと探し求めてた…この鍵だ!」
鶯は笑いが止まらなかった。
やっと銀を出し抜ける、やっと銀を地獄に落とせる、と。
銀は静かにため息をついた。
「やっぱおめぇ、あの頃と何にも変わっちゃいねぇや…浅はかなやつだ…」
銀は冷静に昔のことを思い出していた。
ーーーーー
数十年前、とある雑居ビルから男たちの怒号が轟いた。
「てめぇ何モンだ!コラァ!」
「俺らか?わかんねぇか?鳳一家だオラァ!!」
鳳 鶯、19歳。鳳一家の特攻隊長として、敵対するヤクザ組織にカチこんで、我先にと相手をなぎ倒していた。
「銀の兄貴!鶯のヤロー、おっぱじめやがった!」
「あぁあ…話聞いて手打ちにしろってことだったのによ…やっちまいやがった…まぁもともと潰す予定だ、おめぇら、行くぞ!」
辺 銀、20歳。鳳一家の若頭補佐に成り立ての男。鶯がひと足早く突っ込んでいったのを見て、連れていた数名の部下と鶯の後を追っていった。
「鶯ぅ!てめぇ何やってんだよ!」
「銀のアニィ!おせぇよ!もう10人は殺っちまったぜ?」
「盛るな、盛るな…ったく…行くか!」
お互いに背中を預け、武器を持つ相手にステゴロで立ち向かっていた。
数十分後、相手組織の壊滅に成功し、意気揚々と鳳一家の屋敷へと向かっていた。
「今日は話だけって言ってたのに、このバカは…まぁお陰でゴロゴロと証拠出てきたわ…」
相手組織は、秘密裏にクスリや武器の密輸したり、界隈の組を騙って詐欺を働いたりしていた。
今回はケジメの場を設ける打ち合わせ”だけ”のはずだった。
「ま、結果オーライでしょ…アニィ、腹減ったわ、俺」
腹の虫が騒音になるのではないか、というくらい鶯をはじめ、部下たちが大合唱を始めた。
「あぁ?…ったくおめぇら、親父に報告してからでもいいだろ?」
えーという声に、ため息をつきながら銀は辺りを見回した。
「おめぇら…アレが目的でこっちに歩いてきやがったな!しゃーねぇ、先に飯だ、飯!」
歓声をあげながら、目の前の居酒屋に入った。
「うるせぇと思ったら、やっぱり銀にぼっちゃんか、らっしゃい」
「いらっちゃい!”ジン”兄ちゃん、”うぶいす”兄ちゃん」
『殺戮家のオオタカ』と呼ばれた元鳳一家の鷹(タカ)と娘の跳子(とびこ)が出迎えた。
殺し屋家業を引退した鷹は、『飯が美味けりゃ心は晴れる』をモットーに安居酒屋を始めたのだ。
「よ、兄貴、来ましたぜ。トビコぉ、まぁだ俺らん名前言えねぇか、カッカッカ!」
「えへへへ」
奥の座敷に座り、「いつもの」と注文して、一息ついていた。
すると、トビコが水を持ってきた。
「お?チビ助、お手伝いか、えらいネ」鶯がトビコの頭をなでた。
「うん!トビね、将来パパとおんなじお店持つのが夢なんだ!」
先程まで血なまぐさい殺気を漂わせていた一同は、一気に和やかなものになった。そう、このトビコは、後に炎が訪れることになる居酒屋の女将となる。
酒をかっくらい、たらふく飯を食らい、落ち着きを取り戻した一同だったが、店に電話がかかってきた。
「はい、居酒屋タカ…げ、オジキ!」
一同、「あっ」と声を上げた。それもそうだ、相手組織を潰して、報告もせずに飯に直行したのだから。
「へい、へい…坊っちゃん、お電話…」
『てめぇらタカんところで油売ってんじゃねぇ!!早く帰ってこい!!馬鹿野郎共!!』
タカが耳から受話器を離した瞬間、親分である鳳 鴉(おおとりからす)の怒号が響き渡った。
一同は慌てて外に飛び出して、屋敷へと走った。
「兄貴、すんません!あとで払いに来ます!」
「ほんと、バカたれめ」タカは呆れて笑っていた。
そんなバカが集まり、にぎやかに、楽しく過ごしていた。
まだ若い鶯と銀は、ただそれだけでよかった。
しかし、歯車が狂うのは突然であった。
ーーーーー
あれから数年、辺 銀が若頭、鳳 鶯も若頭補佐筆頭になり、鳳一家が勢力を伸ばそうとしていたときのことだった。
鴉は大病を患い、床に伏せていた。喉の痛みからかあまり大きな声が出せずにいたが、弱る体を起こして、集まった組員に告げた。
「俺ぁもうこんな体だ、次に一家をまとめる人間が必要だ…ゲホッ!!」
「親父、体にさわるから…ゆっくりでいいから…」
鴉の背を擦りながら、鶯は促した。
鳳一家の幹部や、上役が集まる中、鴉は自身の引き際を話し始めた。
そして、一通り話すと、自身の代わりとなる『二代目』について言及されるのだった。
「で、親分…後継はいかが致しましょう…」
幹部の一人、籠目(カゴメ)が代表して口を開いた。
「あぁ、分かってる…ゲホッ…後継者はまだ候補ではあるが…銀に頼みたい…」
ザワついた室内で、一人動揺を隠せない男がいた。
鳳 鶯…鴉の実の息子である、この男だ。
「親分…それは何度もお断りさせていただきやした。鶯はしっかり一家のために…」
「鶯ぅ…おめぇはまだ精神的に若ぇ。銀の下で、もっと色々勉強しろ、話はそれからだ。銀、そんな訳だから、当面の頭はおめぇだ、頼んだぞ。」
「へい…」
銀は思慮するも、鴉の提案に賛成した。これは、あくまでも『鶯を鍛え、長にする』ために受け入れた。
しかし、鶯はそうは思わなかった。
「お、親父…どういうことネ…?」
背中をさする手を止め、鶯は尋ねた。鴉はゆっくりと鶯と向かい合った。
「いいか、鶯。おめぇはまだ若けぇ…こないだの抗争だって、銀なら平和的な解決にできた。でもおめぇはただ潰して傘下に入れて絞りあげる。考え方を銀から学んで、メリハリついた長になって欲しいんだ、俺は…まだまだ修行の身だ…一度、銀をもっと頼ってみてくれ」
鶯は黙って従うしかなかった。
「わ…わかったネ…」
鶯は一気に地獄に叩き落された心境だっただろう。だが、こうも考えた。
銀の下について一気に結果を残せば、すぐにでも自分が一家の長を継げる、と。しかし、それも打ち砕かれるのに、さほど時間はかからなかった。
銀に一家を任せたあと、鴉は入院した。
そして、体調が少し持ち直し、町外れの庵に隠居して、たまにくる幹部たちと一杯傾けるような生活をしていた。
「お邪魔します、大親分」
鴉の庵に、鶯と銀が様子見に訪れたときに事件は起こった。
「大親分はよせやい、俺ぁしがない老人になったんだ。さ、飲め飲め」
「親父、今日はいい酒を手に入れたから持ってきたネ」
鶯は風呂敷づつみを開け、町で一番の酒を取り出した。
「お、いい酒じゃねぇか…さすが俺の息子!気が利くな!」
皆で酒を傾け談笑にふける中、ほろ酔いの鴉がポツリといった。
「このまま一家は銀に預けたほうがいいのかもなぁ…」
鶯は後継者となるべく、銀に付き従い、結果を出し続けていた。それなのに、親父の心はすでに銀、銀、銀…
鶯の中で、何かが弾けてしまった。
憎い…憎い…
一家も、親父も、すべては俺のものなのに…
「お、親父、俺…」
「いや、お前は2番手が一番似合ってるかもしれんなぁ、まぁ俺とお前は違うってことかもな」
鶯は立ち上がり、用事があると庵を出ていった。
「おい、鶯…大親分は酔っ払って訳わかんねぇこと言ってるだけだ。気にするな、今日はお前を…」
追ってきた銀の手を払い除けると、鶯は無言で去っていった。
鶯はその足で、呟焼町で一番治安の悪い垢裏(あかり)地区にやってきた。この街には名うての殺し屋や、指名手配中の極悪人がひしめき合っている。
鶯はひとつのBARに入っていった。
「で、あたしたちんとこに来たんだぁ」
フードを被った者が八人の男たち…
「なぁ、頼む。金はいくらでも引っ張れるんだ!俺に能力をくれ!」
男たちは大笑いをする。
「ここまで潔くワルに堕ヨウトハ、感心シマース」
「能力ぅ?いいよぉ」
と、二人の男があっという間に鶯の目を抉りだし、新たな目をはめ込んだ。
「はぁい、手術完了〜」
痛みにのたうち回る鶯を見て、一人を除いて更に笑いが止まらない。
一人に薬を嗅がせられ、痛みが消えてきた鶯は立ち上がる。
「馴染むまで時間かかるやろが、安心せぇ…」
鶯は聞き覚えのある声に、ニタリと笑った。
数日後、庵の庭で鴉の遺体が発見されるのだった。
次回
第九話・肆 ー背信ー
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