第九話・壱 ー鍵穴ー

『鋼よ。力の使い方を間違えてはいかん。決して悪に染まってはいかん…儂のようになるでないぞ…』


祝詞を唱えながら、広橋 鋼は一度目の死の前…百数十年前のことを思い出していた。

広橋家という、歴史の彼方に消し去られた結界師一族の産まれだった鋼は、鳳一家の技術により現代に蘇った。


「…目が覚めたか」

広橋は気配を感じ、祝詞を止めた。目線を合わせることなく、広橋はアイコに声をかけた。

「…ん…私は…何これ…いや、助けて!」

暗い洞窟の中、磔にされてる自分にパニックを起こしてしまう。広橋はアイコの肩をさすり落ち着かせた。

「しっ!今ここで抵抗しては、奴らが面白がるだけだ…それに…」

「それに?」とアイコが尋ねた。

広橋は周りに誰もいないのを確認し、アイコに告げた。

「案ずるな、辺 銀達はもうすぐここに乗り込んで来る。それまでの辛抱だ。」

アイコの顔がぱぁっと明るくなった。

広橋は頭を撫で、再び祝詞を唱え始めた。


「…あの結界師…こりゃあ報告だな…」

物陰から広橋とアイコの会話を闘鶏が聞いていた。急いで伝えに行こうと踵を返す、しかしそこにすでに木慈がいた。

「あんだよ…驚かすなぃ」

「闘鶏…余計なことはするな、いいな」

「なんでだよ!」

木慈は、しっ、と牽制すると、耳打ちした。

「親方様はすでに広橋様の処遇は決めておられる。封印解除の祝詞が終わるまで、だそうですから」

「けっ、んだよ…お見通しってわけか…」

えぇ、とだけ告げると木慈は去っていった。

闘鶏も広橋のほうを一瞥し、自身の部屋へ帰っていった。


カツン、カツンと通路を歩く木慈はため息をついた。

「はぁ…やつが余計なことをする前に、対処せねば」


ーーーーー

その頃、討伐隊として参加する鉄は準備をしていた。

「にぃちゃん…お顔怖いよ?」ふすまの影から鉄の妹・こゆりが覗いていた。

「そうよ、鉄にいさん…こゆりが怖がっとるよ…」こゆりの頭をなでながら、もう一人の妹・ゆきが鉄に声をかけた。

鉄は武器を準備しながら、相当険しい顔だったのだろう。

「あ?おぉ…すまん…」とだけいうと、武器を置きどさりと寝転がった。

「わかるよ、兄さんがどれだけこの街やD-HANDSのことを思ってるか。映絵師を辞めて、おとんの店やるって言うたときはびっくりしたけど、それもこの街に思い出があるからよね?」

鉄は天井を見上げ、今までの思い出を回想した。


幼い頃から幼馴染で一緒に遊んでいた炎、泣きながらくっついてきた弟の陸。他にも今回戦いに出向くもの、すでに家庭を持ち『家族を守る』という戦いをするもの...すべての思いにあてられ、戦えるかわからないが鉄は愚連隊を結成したのだ。

「俺ぁなぁ…この街が好きやねん…でも、今俺らが止めなきゃ、この街は血の海、火の海、あとには何も残らねぇ…そんなん嫌や。自分の手ぇで守らなあかんのや…」

鉄は拳をぐっと握り、突き上げた。

「よし、兄さん、ご飯食べよ!ちゃんと食べて、頭働かせるの!ね、D-HANDS遊撃隊長・鉄!」

ゆきは鉄のおでこをぺしっと叩き、台所へ向かった。

「ははっ…おいで、こゆり...ごめんな、怖がらせて」

笑顔になった鉄にこゆりは抱きついた。

「にいちゃん…ちゃんと帰ってくる?」

まだ年端もいかぬ妹が不安そうな顔で覗き込んでいる。鉄自身、まだ不安は残る。

「あぁ…ちゃんと帰ってくるから…ちゃんと守るから、大丈夫や」

「ほんま?ちゃんと帰ってきてや?」

と、こゆりは笑顔になり、鉄に抱きついた。

鉄は「あぁ」と返事をし、3人で用意されたご飯を食べるのだった。


ーーーーー

「あー、俺も年やのう」

武市との修行でも立ち寄った、食堂・玉胃宴(ぎょくいえん)のカウンターでビールをあけ、すでに出来上がっていた。

「ソウネ、ワタシも鍋振るの疲れてきたネ…あ、そうだ、ローちゃん、これ餞別ネ」

店主はフカヒレのスープ、ではなく体にいい春雨のスープを狼の前にだした。

「なんやねん、こんなん餞別て…ケッチくさいのぉ!」

ガハハ、と笑う狼。店主はチッチっと指を鳴らすとこういった。

「ローちゃんにはいっぱい、いっぱい助けてもらた。街守ってもらわなかたら、この店、もうやる気力ないネ…だから、街をまもて、またぶっちゃんと一緒に、いやぁみんなで一緒にここで、こんな質素な料理ぢゃなくて、バカ盛り食べてほしいネ!イイね!約束よ!」

店主は、指切り、と手を差し出した。狼は照れくさそうに笑い、指切りに応じた。

「せやな。俺の唯一食える飯やからな、ここの…バカ盛りチャーハンはな。」

ニッと笑うと、カウンターにあった残りのビール瓶数本を一気に流し込んだ。

「うぃ〜……ほな、今日の飯代はツケといてくれや。あとで絶対払いにくるからのぉ」

「うんうん、待ってるよ、ワタシたちの朋友…」



ーーーーー

宝治が、仏壇の鈴を鳴らした。

手を合わせる炎と陸。仏前には亡くなったとされる母・照夜の遺影があった。

「…じゃあ、行ってくるぞ、照夜…」

宝治がボソリと声をかけた。

「かぁちゃんが死んで何年経ったか…」

陸が何気なく零した。すると、宝治が炎と陸を見やると

「お前らに言うとくことがある…もうえぇ大人やしな、かぁちゃんのことなんやけどな」

「え、何ぃ…」炎は訝しげに宝治を見た。

「実はな、かぁちゃん死んだって今まで言うてたけどな……行方不明…突然消えたんや」

2人は言葉を失った。それはそうだ、ずっと死んだと聞かされていたし、もちろん遺体も見ている。


「いや、俺ら葬式でかぁちゃんの遺体見てたやん!」炎の言うことも最もだった。

「あれはあいつが置いてったんや……あれは人形やった…えらく精巧に作られたもの…まるでかぁちゃんが本当に分裂したような……」

宝治の告白に、陸は心臓が高鳴った。次第に呼吸が荒くなり、その場に倒れてしまった。



ーーーーー

「……鶯様」

鶯の背後から木慈が現れた。

「どうしたネ?お前が来るということは、何か分かったのかネ?」

木慈は耳打ちし、討伐隊が近く来ることを伝えた。


いつもなら、笑って流す鶯も表情強ばらせた。

「…笑えねぇなぁ…おい、あの結界師に言っとけ…奴らが来る前に封印が解けなかったら、分かってんだろうなってな…」

「…!!…わ、わかりました…」

木慈は鶯の顔が比喩ではなく、物理的に歪んだ表情を見て固まってしまった。

鶯は、しーっと促し、『ミミズ』を溶かした水を飲んでいた。



ーーーーー

「…さて、俺もそろそろ行くか…」

冷静さを取り戻した銀は、村前の映絵展示場の天井を開けた。

そこには、古びた錫杖と分厚い刀身の刀があった。

「これでやれるか…いや、やらなきゃいけねぇ…あれを解き放つ訳にゃいかん…」

準備をしていると、ガラガラと戸が開いた。


「銀さん……」

焦燥しきった顔の武市が立っていた。

先日の戦いで親友に深手を負わせ、未だ生死不明。よもや死んではいまいか、生きていたとして、また元の友人として居られるだろうか、と悩むことが多く、心も体も休まらないのだから無理もない。


「どうした、武市……とりあえず入れ」

「銀さん…俺、どうしても三毛を刺した感触が取れねぇんだよ…小さい頃に喧嘩したりはあったけど…」

銀は暖かいお茶を煎れながら、話を聞いていた。どこか懐かしさを感じながら。

「親子だな……ほんとおめぇら」

ふふっと笑うと、英雄となったときの弾の話をした。

人一倍ビビってまともに戦いも出来なかった男が、八面六臂の活躍したこと。

顔の傷は迫力を付けようと、子供の時に自分で付けたこと。

そして、初めて敵を倒した時、武市と同じことを言ったこと。

「あいつは恥ずかしがって何も言わんだろうが、そんなとこか。その感触、覚えとけ。誰にもそんな感触を味わわせることの無い世の中を作れ、お前らは。その苦しみは正義の苦しみ、産みの苦しみだと思えばいい……っておいおい、ったく」

ふと武市を見ると、銀と話をして心が軽くなったのか、いつの間にか眠ってしまったようだ。


「…今はこれでいい。な、二代目猫友・武市…」


夢の中で武市は三毛の笑顔を見ていた、そして

「ありがとう…ありがとう…」

と、二人涙しながら抱き合うのだった。


ーーーーー


「パパ、そろそろ準備……!?」

燕が鶯を呼びに行くと、暗くなっている部屋からウネウネと巨大な『ミミズ』が顔を覗かせていた。

苦しそうな歯をガチガチ噛む音や呻き声が、徐々におさまってくると鶯が部屋から出てきた。


「パパ……もしかして…」

「…あぁ、そろそろ体に馴染んできたネ…あの姿は冴えるネ。それに封印の解放の仕方がわかったネ…」

燕は驚いた。

「本当に!パパ!!」

「ククク…捕らえた娘は鍵…じゃなかった…あの子は『鍵のための鍵』なのだよ」




次回

第九話・弐 ー解放ー

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