第八話・弐 ー血身ー
決勝戦は下馬評通りにD-HANDSの勝利…猫手会との対戦となった。
休息に終わりが告げられると、二組とも華々しく飾り付けられた通路を通り、会場入りした。
対面同士で現れた二組に、観客のボルテージは最高潮となる。歓声、野次、不穏な言葉まで入り交じって、カオスそのものであった。
そして皇帝が玉座に座り、付き人二人が脇に控えた。
先に舞台に上がったのはD-HANDS。
「ほえー、ハデになったもんやなー。俺のこと知らんやつ、何人おんねん…ぶちのめしたろかって」
客席を見渡し、たまに威嚇するような素振りを見せる狼。
「アホ、何してんねん…それよりも、やっぱり弾が出てきてくれたみたいやな」
宝治の言葉に気を引き締める狼。
「そやったそやった、ビシッと決めて勝って、またあっち戻らんといかんからな」
「そっちの話も後で聞かせてくれ」
「わかってますー」
狼は当初この大会には出られない予定だった。
狼自体もこのような大会には興味もなかったが、偶然にもある仕事の途中に立ち返った所に、宝治からのリザーバー要請があったため参加することになった。
猫手会の2人が姿を現すと、また更に歓声が大きくなった。
と同時に、武市が前に出てきて膝をついた。
「恐れながら申し上げます!」
「どうしましたか?申してみなさい」
皇帝の付き人の女性が武市を見ると優しく促した。
「親父、いえ!父である猫友・弾は体を病んでしまいました。ですので、自分が体を支えて一緒に会場に入ることをお許しください!」
「武市、お前…」
「ほー!あの小さいの、弾の息子か、なかなかえー根性しとるわ!」
褒める宝治に、
「ほんまですね!」
目を輝かせている狼
「お前はあのねーちゃんを見とるだけやな」
「あー、ほんまですね!」
「どついたろか!」
宝治は自前の文鎮で思いっきりどついた。
「あいだ!もうどついてるやないか、師匠!」
狼はそんな攻撃も意に返さず、客席にいる美女探しに戻った。
皇帝の横に控える付き人の女性は武市にやさしく
「そのようなことを誰が咎めるのでありましょう、さぁお父上のもとにお急ぎなさい。皇帝、それくらいよろしいですね?」
「ええ、構いませんよ。」
「ありがとうございます!」
武市は一礼をすると弾のもとに走っていった。
「ではこれより、決勝戦を執り行う!」
ジャンがドラを鳴らす。
武市が弾を支えながら入場する。そしてそのあとを少し離れて続く虎。
「親子ねぇ…あの目、ちゃんと親父やってんじゃん、弾もさ…」
「あのタダのチンピラだった二人が、ちゃーんと親やれてんだ。あんたらも、しっかりやんなさいよ?あーしはあいつらの姿が見られるのも最期なんだから…」
「おい、叔母さん…縁起でもねぇこと言わんでくれ…そろそろはじめますよっと。」
皇帝も横に控えるジャンとお付の女性も感慨深く、目を細めながらつぶやいた。
決勝の席に着くと、弾と宝治、そして狼は目を合わせて頷いた。
痛々しい弾の様子をみた宝治は思った。
(…弾、体大丈夫なのか…あまり無理はしてほしくないんやがな…)
少しボーッとした宝治に狼は
「師匠、始まりまっせ!」
「…ああ、わかっとる。精神統一しとっただけや」
「お優しいこって…」
ほどなくして、皇帝のお付の女性が桐の箱を四つ持ってくる。
その桐の箱が四人の目の前に置かれると、皇帝が立ち上がり、箱を開けよ、と言い放つ。
開けた中には翡翠で出来た綺麗な絵筆が入っている。
「そなたらの絵、そして魂の印、とくと見せてもらうぞ」
どうやら皇帝は本気の姿がみたいようだ。そしてこの絵筆こそが狼の任務に必要な物なのであった。
「…うおっ!これやこれ!翡翠や!しかもこんな仰山使うとる!」
「せやな、これはめっけもんやな」
「見事、勝利した暁にはその絵筆を授けよう、存分に戦うがよい!」
翡翠は、個がもつ印の力を倍増させる不思議な石として流通している。
しかし、先の抗争からその数が激減し、今ではなかなか手にいれられない貴重なものだ。
4人が握りしめた瞬間、その絵筆輝き始めた。
狼はこれまでのようなオチャラケムードではなく、ギラリとした目で弾を見つめながら、
「こうなったら、勝たなしゃーないな。恨みっこなしや…」
どうやら狼もスイッチが入ったようだ。
そして決勝のお題が告げられた。
皇帝は勿論、どちらかを贔屓している訳ではない、ただ、このお題があまりにも残酷に、猫手会にはあまりにも不利だった。
これが勝負の綾…というものなのか、皇帝が立ち上がり高々しく宣言する。
「この決勝のお題は」
「えん」
皇帝の発表が、会場にこれまで以上のざわめきをもたらした。
それもそうだ。余りにも題材がD-HANDS寄り…宝治の息子である炎を想起させてしまうからだ。
「静まれ!黙って聞けバカヤロー!」
ジャンが叫ぶと、会場は静まり返った。会場を睨みつけていたジャンは、目で皇帝へ合図を送った。
「コホン…決勝戦は少し時間を長くする。存分に描くがよい!制限時間はこの砂時計がすべて落ちるまでにしよう。では…はじめっ!」
といって、女性の付き人のほうがどこから持ち出したのか、大きな砂時計をを準備し、ぐるりと回転させた。勢いよく落ちる砂に客席はどよめいた。舞台の四人は、緊張…とは無縁の表情で筆を取っていた。
客席に戻った武市は三毛に
「三毛?準決勝って、30分だったよね?」
と尋ねた。
「ん?そうだよ」
「砂時計が変わったから…30分より長いのかぁ」
「うーん、あの砂時計は恐らく僕らの時の倍…一時間くらいかな?」
そんなに、と驚く武市…すると、舞台から大声が聞こえた。
「おーい、たまちゃぁん、久しぶりやのぉ!」
決勝を前に狼が静寂を破って話始めた。
客席では、英雄達が声をかけあっていることに色めき立った。
「弾ちゃん、おどれ、まだ生真面目にやっとったんかい!」
「ふっ、相変わらずだな。生真面目かどうか、そいつはわからんがよ」
「狼!あんま挑発すな! すまんな…弾…お前体は…」
「ははっ、大丈夫だ。まぁ、ここに出そろったのが俺たちってのは、まだ生きろっていう思し召しなんだろうよ」
「じゃ、いっちょはじめまひょか!ハツカ姐…じゃなかった、皇帝もわしら寄りになってくれてるみたいやし、なぁ~。わしは早う勝ってチャンネーしばかなあかんからな!」
手を揉みながら豪快に笑う狼に、聞いてる弾も宝治も心底あきれたように天を仰いだ。
「ふっ...まぁ、お前のおつむが足りないのは、いつも通りで安心したぜ。俺の信念は変わってねぇ。絵に身体も心も全身の血もこれまでに得た知識でさえも、全部ぶち込んで描いて死ぬ!それが映絵師の本懐!」
「変わってへんなぁ…当たり前や、わしかて変わってへんて…絵を残し、印を…魂を刻み込む!『映絵師の極印(えしのしるし)』じゃぁ!!」
今まで久しぶりの言葉を交わしたとは思えない闘気と殺気がこもっていた。
映絵師としての信念、誇り、技、知識...これが今、ぶつかろうとしている。
勿論皇帝は宝治の味方をした訳ではない。いろいろな解釈ができる言葉、それを対戦毎に振り分けていただけだった。
しかし、それが残酷な運命というのか。
このお題は、やはりD-HANDS側に有利に働くことになってしまうのだった。
ーーーーー数十分後
「弾様…あの男は何をしに来たのですか」
虎が怒りの表情で見ている方向に目をやると、大の字になって寝ている狼がいた。
「あぁ?!なんだありゃ…おい、狼!てめぇバカにしてんのか!」
弾が声をかけると、狼は体を起こし答えた。
「俺の出番は終わり終わり!俺ぁ、絵より印専門やからな、もう印でけたから寝かせてくれ、二日酔いなんよ」
そういうと、また大の字になり、衆人環視の中、大いびきをかきはじめた。
「皆、えろうすんませんな。狼がうるさあて…ほい、完成しました。」
弾と虎は驚いた。
宝治の絵は緻密で、細部までこだわって描くため、時間がものすごくかかる。
しかし、それをものの数十分で描き終えてしまった。
「なっ!なんだとぉ!?」
虎の視界はぐにゃりと歪んだ。
次回
第八話・参 ー決心ー
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