第八話・壱 ー欠信ー

準決勝を勝利した虎たちが仲間のところに戻ってきた。勝利の喜びの中、虎は真剣な面持ちで弾に話しかける。

「師匠…」

「ああ、俺からも見えた…」

「いつからあいつはいたんだ…っ!」

虎の表情が、徐々に苦虫をかみつぶしたような顔に変わった。

「そんな顔するな…俺も勝負の最中は気づかなかった。声が聞こえたからわかったんだが、お前は集中してたから聞こえんかったのは…まぁ、良かったんだろう」

「間違いなく狼…ですよね…」

「…だなぁ、あのツラとガタイはそうそういねぇな」

狼について語る二人。


「あの男…いつ戻ってきたのでしょうか…」

「さぁな、昨日今日なのは確かだ」

「まさか、この大会に出場してくるんでしょうか?!」

「ああ、あり得るな…」と弾は対戦表を確認した。


「唯一参加しているD-HANDS…まちがいねぇ、あいつはここに出てくるだろう…。宝治もバカじゃねぇ、リザーバーくらい用意してんだろ。次のアイツの戦いを見とく必要がありそうだな」

はしゃぐ武市や三毛とは対照的に静まりかえる2人。

「あれ?その試合、今から始まるぜ、親父、虎先生」

控え室のテレビには狼の出場する準決勝第2試合が始まろうとしていた。


犬剣の宝治、続いて狼が会場に入ると

「なんだアイツ、あんなんで映絵がかけるのか?」

武市が狼を見て言った。

それもそうだ、どう見てもただのやくざ者。絵を描くような印象はない。弾と虎は無言で狼を見つめていた。


皇帝が立ち上がり、お題が告げられると、第2試合が始まった。


「どんな絵を描くのかなぁ?」

三毛は不思議そうに武市に話す。

「あのデカイのになら僕でも勝てそうかな?」

武市は狼の外見でそう思ったのだが…

「よく、見ておけ...」

弾は久しく見せていなかった、闘志のこもった目で会場を見ながら、力強く武市の肩を抱きしめた。



お題は『つき』だった。時間いっぱいの号令がかかった。


まずD-HANDS側…狼の映絵が広げられる。 

弾たちは固唾を飲んでその瞬間を向かえた。

会場全体の驚きと共に、武市と三毛の呆気にとられる顔が凄い。


この狼という男、見た目に反して細かい描き込みで素晴らしく繊細な絵を描く。

そして、見た目の性格の通りにお題の(つき)に対してストレートに空の月を描いたのだ。


しかしそれは夜の月ではなく、明け方の月…


朝焼けの中のうっすらとしたなんとも言えない描写、それでいて存在感があり今にも優雅な虫の声が聞こえてきそうだ。

特に秀逸なのは朝焼けの色だ。

まだ明けきらぬ空を表現するグラデーションのかかった空の色。人の手で描かれたとは思えない美しさだった。

しかも宝治はこの絵に一切触れていない。一人で、しかも30分という短時間で描いていたのだ。


その見事な朱を見た三毛はすっかり怖じ気づいてしまったようだ。

「…僕はあと何年かかったらあの色を出せるんだろう…」

「三毛!弱気はダメだ!忘れるな、不動心なんだぞお前は!」

武市が必死に励ますが、すっかり消沈してしまった。

「うーん、参ったな、あの色彩感覚は落ちてねぇか、まだそんな時も経ってねぇもんな…」

弾が腕を組んで悩むと、虎の心配はそれ以上だった。

「ですね、それに三毛君がすっかり落ち込んでしまってますね…」

三毛に目をやる弾と虎。

「しょうがねぇ、ここは俺が出るか」

「師匠!」

え?と顔を上げる三毛

「三毛の印は見てみてぇが、ここは勝負優先だぜ」


「師匠いけません、決勝は印を刻むんですよ、とても体が持ちませんよ!」

いつも冷静な虎が、珍しく声を荒げた。

「落ち着け!まだアイツにゃ少し荷が重い...それは確かだ。俺ぁ宝治の野郎には負けんから、虎、お前が狼を倒せ!」

虎の胸元をトントンと拳で小突き、弾は虎を落ち着かせた。

「師匠…」

「なぁに昔みてぇな情けねぇ声出してんだ!大丈夫だ!ちょっとばかり回復が遅れるだけだ!俺の男前が落ちるわけじゃねぇ」

虎は大きくため息をついた。

「…わかりました、三毛君…あれ?」

控え室に三毛の姿がなかった。

「すいません、師匠…探してきます。」

「分かった。オメェらも探してこい!武市?あいつもいねぇ…まぁ、あいつらなら大丈夫か」

その場を離れ三毛の所に向かう虎。恐らく武市は一足早く、追ったのだろうと弾は確信していた。


「はは、いでで...後世のために無理もしねぇとな…」

弾は立ち上がったが、よろけてしまった。体のつらい弾だったが、気丈に振る舞っていた。だが、それだけ無理をしなければ宝治と狼には勝てないと感じたのだ。



第2試合は満場一致でD-HANDSが勝つと、再度一時の休息が取られた。

先ほど素晴らしい映絵を書いた狼が陣営に戻ってくると、すぐさま若い女性達に囲まれていた。

無理もない、あんな映絵を描くとは誰しも思わなかっただろう。加えて強面だが少々男前の狼だ。

「あの映絵、スゴく素敵です!あの、あの、今度あたしのお店にいらしてくださらない?」

「いやん、私のお店にきてぇ♡」

目をハートにする女性達に

「もうすぐ決勝やさかいな、後で!それにホンマは自分、映絵苦手なんや」

「いやーん、じゃまた後でかならずねぇ♡」

女性たちを上手にかわすと、宝治と控え室入って行った。


「狼よ…」

宝治が重い口を開く

「ワシがもてへんのは納得がいかん…」

流石の狼もずっこけた。

「はい?師匠は顔がイカツイからちゃいますか?」

「ほな、このへんに押し花でもつけて、どうや?」

「ついでに紐かなんかで口んとこ釣ったらどないですか?」

「あほんだら、ボケが」

もはや余裕まで見せる犬剣側とはうらはらに、すっかり肩を落とし、三毛。

心配する武市はすぐ後ろを追っていた。

「待てよ、三毛!」

「武市…僕は自信がないよ。あの狼という人の絵を見て…あんな色使いに、凄いより恐怖を感じたのは初めてだ…」

遠くから走ってくる音が聞こえた。二人は振り向くと、息をきらせながら走る虎が見えた。

「やっと…追いつきましたね…はぁ…はぁ…二人とも、まずあっちの公園で落ち着きましょう」

虎は二人を見つけ、会場の外にある公園に連れ出した。


「虎先生、僕…」

「ええ、大丈夫ですよ…決勝は弾師匠が出てくださるようです」

「親父が?ホントに?」

「はい、男前は下がらないそうです」

「何いってんだ?大丈夫かな、体がヤバイのに…」

「はい、そうかもしれません、ですがそこを見せずに闘ってくれるのはやはり漢ですね」

三毛が目に涙を溜めながら、

「ごめんなさい...僕が不甲斐ないから…弾様に無理を...」

「いいえ、あなたのせいではありません。ただ私と師匠…弾様は、あの狼を倒さなければいけないのです。」

虎は怒りと悲しみが混ざりあった目に、三毛は堪らず抱きついた。

「そうだよ、三毛!ここは親父にまかせよう、気にすんなって!」

「うん、わかった…でも決勝…出たかったな」

「三毛君も武市様もまだ若い、これからまだまだチャンスがありますよ」

「はい、先生!」


涙を拭くとしっかりと前をみる三毛。

「そうだ…二人に…みてほしいんだ。」

「どうしました?」

不思議そうな虎にこう告げたのであった

「決勝で見せられなかった僕の印を見てほしいんだ…」

二人は驚いて顔を見合わせた。三毛は道具筒から用紙と筆を取り出すと、虎と武市と三毛自身の簡単な似顔絵を描いた。


「僕は一人だった...あのまま一人だったら、生きていないかもしれない。だから、猫手会への"義"は忘れない」


「武市、君は最高の友達だ…親友だ!僕といつも仲良くしてくれる…そんな"友"」


「そして虎先生、先生は僕に生き方を教えてくれた。まるで父親のように心を教えてくれた…大好きな先生の印から、一文字だけいただきます。」

涙を流しながら、笑顔で似顔絵に一つ一つ大切そうに文字を添えて描いた。


【義友心 三毛】


そう書き綴ると、絵が輝きだしたように見えた。

少し涙を浮かべた虎だったが、次第に優しさ溢れる笑顔に変わる。


「すごいや、三毛!もう、印の力もつかえるんだ!」

武市が少し悔しそうな顔をする。しかし、印を見つめ、笑顔になっていた。

そして、友へ抱き着いていた。

「本当は『不動心』を受け継ぎたかったんですけど、これは虎先生を見て学んだ、そして感じた僕の印です」

そして渾身の印を見た虎は少し目頭をおさえながら、そっと三毛と武市を抱きしめた。


「三毛、あなたの気持ちは決して無駄にしません!私と師匠にすべて任せて安心していなさい。」

「はい!先生!」

「坊ちゃん、弾様は必ず私が守りますからね」

「うん!わかってるって!」

勇気を取り戻した3人は決勝の舞台に向かって行くのだった。



次回

第八話・弐 ー血身ー

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