第七話・参 ー皇帝ー

ーーーーー数日後

手に持つ筆も汗で濡れるような暑さの中、大会は開催された。

様々な映絵師の職人が集まり、会場は熱気が立ち込めていた。

町人の下馬評では、ほとんどの者が「猫手会」と「D-HANDS」の一騎討ちだと予想されている。それを考慮して皇帝は、両者は決勝にまで進まないと対決しないような組み合わせを発表した。


大方の予想通り、両陣営ともに順調に勝ち進み、準決勝を迎えた。

その前に舞台設営のため、二時間ばかりの休憩時間ができ、出場者はそれぞれの控え室に集まっていた。

これまでの対戦の感想を述べながら談笑する者や、ピリピリムードでウロウロしている者など様々だった。


すると、ここでドアがノックされた。

気まぐれな皇帝がお付を伴い、突然控え室に現れたのである。さすがの虎も驚きを隠せなかった。


「こ…っ!皇帝…陛下…」

皇帝は虎をチラリと見てニヤリとするが、何事もないような素振りで控え室を見渡した。すると、皇帝のお付きの者が一歩前に出た。

「おい、オメェら!皇帝陛下より、提案を申し渡す。しかと聞けよ!」

荒々しい口調のお付きの男が宣言すると、皇帝が準決勝に残った4組に直々に声をかける。

「そなたたちは誠に素晴らしき才能をもっている。だが一対一という対決は少々見飽きたのでな。少し趣向を変えようかと思うた次第だ…ふむ、ここまでは一人一枚描いて居たが、準決勝からは、各陣営二人ずつ、タッグマッチで争ってもらおうかのう。」

控え室は、突然の御触れに動揺を隠せていなかった。

「さすれば各々の表現力、戦略の幅も拡がるだろうからな。さて、準備もあるだろう…よし、準決勝までは猶予をもたせる。あと三回、宮殿大時計の鐘が鳴ったら、また再開させようぞ」


皇帝は控え室を後にしようと、踵を返した。

しかし、ふと立ち止まり、「それと…」と付け加えるように皇帝はニヤリと笑いながら、

「準決勝戦の映絵からは『しっかりと印まで入れる』こと、努努忘れるなよ?以上、では皆の者、また会場でな」

そして、皇帝は控え室を離れていった。

少し後ろを歩いていたお付きの男に弾と宝治は声をかけた。

「おい、ジャン!どういうこっちゃ!」

「ハツカ様も何を突然。」

うーん、とお付きの男・ジャンは考えながら、

「一応俺もやめれって言ったんだぜ?でも、もっといいもん見たいってさ…ま、頑張ってくれや。俺は運営だからこれ以上は言えん。じゃあな」

そういうと、ジャンは去っていった。


これには猫手側は頭を悩ませた。


ーーーーー数日前

「てぇへんです!虎先生!坊ちゃん!」

「なんですか、講義中ですよ?」

猫手会の若い衆が映絵塾に慌ただしくかけこんできた。

「弾様が病院に!」

虎は血の気が引いた。武市も状況が飲み込めないのか、混乱している。

「あなた、弾様の容態は!」

「意識はあるんですが…どうも体が言うこと効かねぇみてぇで…」

生きている、それだけで虎は安堵した。

「皆さん、急ではありますが、本日はここまでにします。坊ちゃん、病院に行きますよ!」

さすがの武市もアタフタしながら、泣き出した。

すると、三毛が

「武市、深呼吸…深呼吸…弾様は生きてる、虎先生と早く病院へ。」

三毛の言葉に少し落ち着いたのか、分かった、と小さく返事をして、虎と一緒に病院へ向かった。


ーーーーー

今の猫手会は、初代猫友・弾の不調により、まともに動ける映絵師が虎と鉤尾しかいないのだ。それに準決勝にいたるまでに、鉤尾は負けてしまっているので、出場できずにいた。


陣営控え室で弾と虎、猫手会の幹部や職長が意見を交わしていたが、思うような結論にならない様子。

「むぅ...俺が出れば済むことなんだがなぁ、ハッキリ言って今まともに描ける自信は...」

結局、弾の不調は『脳梗塞』…左半身が動かしづらくなってしまい、この会場に足を運ぶにも精一杯な様子だった。

そして、虎はどう転ぶかわからない、一か八かの大勝負を進言したのである。

「師匠、ここは私に任せてくれませんか?」

「なんか考えがあるのか?」

「はい、私は師匠に仰せ遣わされて塾の講師をして参りました。今こそ、その力を使う時かと。」

皆、驚きの声を上げる中、弾は深く考え込んでから頷いた。

「...そうだったな...よし!ここは虎、お前に任せるぞ」

「ありがとうございます、師匠!」

虎は弾へ頭を下げ、猫手会の一同に向かって宣言した


「猫手会のみなさん、私は僭越ながら映絵塾で講師をやってまいりました。そのようなこともあって、この猫手会全員の映絵の実力は把握しています。そして今、猫友である弾師匠より全てを任された今!少々博打になってしまうかもしれませんが…皆さん、私を信じて協力してください、お願いします!」

動揺していた猫手会の一同だったが、虎の演説で少し落ち着きを取り戻したようだ。


「まぁ、虎がいうならいいんだけどよ…その中に虎さんの相手が務まるやつがいるのかよ?」

と、前戦で腰を痛めてしまった鉤尾。

「武市坊ちゃんくらいじゃねぇか?」

やはり、皆口々に武市待望の想いがあった。

虎はどうするのか、と固唾を飲んで、次の言葉を待っていた。


「私の相方は塾生から選ぼうと思います。ずっと一緒に学んできたのでパートナーとしては最適です…三毛君、お願いできますか?」

会場がザワつく。

「なっ!本気か!そりゃあ俺らよかずっと上手いだろうけどよ…あだだだだ、胃が…」

鉤尾も不安と驚きで思わず立ち上がったが、胃痛に襲われていた。


それもそうだ。鉤尾も三毛を知らない訳では無い。真面目に働く優秀な子だと言うこともわかってはいる。

「そうだぜ?まだ子供だし、大丈夫なのかよ」

とざわめく一同に、弾がたまらず喝をいれる。

「おらぁ!おまえら!虎の言うことが聞けんのか!こいつは俺の一番弟子だぞ!!」

よろけながら吠える弾を心配しながらも、さすがに皆黙り込んだ。


「オホン、さて、三毛君、どうでしょう?」

緊張して静まる中で虎の声だけが響く。

控え室の1番奥にいる武市と三毛を見やり、

「三毛…」

武市も心配そうに見ている。

しかし、三毛の目はむしろ輝いていた。

「やります!やらせてください!」

ふふふ、と笑う虎と三毛。まるで本当の親子のようだった。

「三毛君、君の実力は塾生で一番です。武市ぼっちゃんも、それはなかなかのものですが、まだあなたの方がかなり上の技術をもっていますよ、それに…」

「ああ、三毛が一番似てるもんね!虎先生!」

納得した様子で、武市は言った。

「ええ、その通りです。今回は感性の一番近い三毛君に出て貰います。坊ちゃん、本当に申し訳ありません。」

「大丈夫!僕も三毛がやってくれたらなって思ってたよ、苦手な映絵もないからね。」

少し寂しそうな武市だったが、すぐに三毛を向き直り、

「だから三毛!お前なら出来る、二人で特訓しただろう!」

と応援した。

すると、ふと三毛が思い出した。

「あ、そうだ、先生。僕は印なんかもってないんですが?」

「おっ!虎!コイツもう決勝行く気になってるぞ!」

職人たちが囃し立てる。勿論、馬鹿にしているわけではない。この一言でいい意味で皆肩の力を抜けたようだった。

大会前からピリピリしていた職人たちも、一気にリラックスしたように大声で笑い出した。

「いや、そういうわけじゃ……いや!いきたいけど…」

皆の期待に応えられるか不安になってきた三毛に、虎は優しく諭す。

「三毛君、印というものは、あなたそのもの、つまりあなたが今まで生きてきた証のようなものです。なにも考えず、自然体でいれば感じるものがあるはずです。それをそのまま書けば印になりますよ。良いですか?恐れずに、感じたままを刻むのです、なにも難しいことはありませんからね。」

「感じたまま…」

三毛は少しうつむくとすぐに前を向いた。

「おっ、なんかわかったみたいだな?」

武市が顔をのぞき込んだ。

「もう!...でもわかったよ。武市、君の分も精一杯やらせてもらうよ!」

「ああ、やっぱ悔しいけど、虎先生の隣は三毛が一番だ!ここはお前に託す!」

武市は三毛の背中を優しく叩いた。


総合的にみて、今の映絵の技術は三毛のほうが上だろう。

だが武市の潜在的な発想や閃きは群を抜いている。

似たような境遇の三毛に虎が親心をもったのかどうかはわからない。

ただ、三毛を選んだことに、迷いはなかった。


そして戦いのゴングのように、大時計の鐘が三回鳴った。


猫手会が出る準決勝第一試合の準備をしていると、呼び出しがかかった。

会場となる広々とした中庭を囲むように各陣営が試合を見守る。四人の絵師はそれぞれ並んで配置された。


それを見た弾は感心したように

「こりゃでけぇ映絵紙だなぁ…おい、見てみろ、出てきたぜ。」

「本当だ!がーんばれー!」

遠くから見てもわかるぐらいに、三毛は緊張していた。

「なんだ?子供?」

「おいおい、猫も落ちぶれたなぁ!」

観客は口々に勝手なことを叫ぶ。

「親父!いいのかよ、あんなこと言われて!」

勿論、武市は憤慨していた。しかし、弾は違った。

「はっはっは!言わせておけ、言わせておけ。今に…今に立場が変わ…る…っ!」

最初こそ笑って受け流していた弾だったが、対面の観客席を見た瞬間、徐々に顔色が変わった。


「ねぇ、親父?」

武市から声をかけられた弾は我に返った。それと同時に、ふと思った。

最近の親子の会話が、武市を二代目猫友にするための言葉だけだったことに。

「病気になってわかった。俺はどこか力みすぎていたのかもしれねぇなぁ…」

心の中で、弾は自嘲した。


「ねぇってば、親父!」

武市の声にはっとする弾。

「すまんすまん。で、どうした?」

「なんか、顔怖いんだけど…」

「あ、あぁ、すまんな。」弾は少しうるっときていた。


「そうだ、武市。あの皇帝がなんでこの形式にしたか、わかるか?」

「ん〜、わかんない。」

弾は武市の肩を抱いて、会場を指差した。

「いいか、まずあいつらの描いてる絵はこっちからは見えねぇ。隣同士で描きあうってことは、どうなる?」

「ん?隣の絵は見えるってこと?」

武市はまた訪ねる。

「そうだ。で、この戦いはトーナメント。たまたま神がかった絵で勝ち上がるやつもいる。まぁ、運も実力のうちってやつだ。でも、絵の実力が伴ってなければ?」

少しかんがえた武市はひらめいた。

「対戦相手に圧倒されて、嫌な顔をする!」

「そのとおりだ!…皇帝も嫌なことを考える。俺たち観客は『戦ってる者同士の顔色を見て、楽しみにしとけ』ってか?」

「うーん、そうなんだ。」


「例えばだ、お題が(なつ)だったとする。となりのヤツの描いてるのが見えるわけだ。そいつが花火を描いてたら、どうしたって花火は描きづれぇわな、よっぽどそいつより画力がある自信がねぇと同じモンは描かねぇだろ、だからここで一つ、選択肢が失われるんだ」

「そうか、それがお互いに起きるわけだね!」

「そうだ、考えすぎてどっちも同じモンになっちまう事はあるだろうよ。」

「僕と三毛なら絶対被らないのにな!」


「それはお前に苦手分野があるからだ」

「ちぇー」


「親父なら何を描く?」

興味津々に武市が訪ねる。

「おっ、そうだな、綺麗なおねーちゃんが花を持ってる所だな!」

「そういうこと息子に言う?それに(なつ)じゃないじゃん」

むくれる武市に弾はおどけて

「菜摘だ、若いな武市…」

「かあちゃんがいなくなった理由が解った気がするよ…」


そして、いよいよ準決勝が始まろうとしていた。



次回

第七話・肆 ー変動ー

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