第七話・弐 ー不動ー

「私は…不動なのだ…揺るがない…」

鶯からの再洗脳と強化された『ミミズ』に苦しむ虎。

「ダメだ…消してはならん…消されてはならないんです…」

苦しみながらも正気と必死に抗っていた。

すると、ひとつの記憶に行き着いた。

「…これは…そうか…これが私の因果の始まり…」


ーーーー10年前

「おーい、虎ぁ、もうすぐ時間だよ!」

猫友映絵塾と書かれた建物から声がする。

数名でマタタビの蘊蓄を話している中に若き日の猫手会幹部の虎がいた。

「ニャフフ!あれ、ぼっちゃん?もうそんな時間でしたか。ありがとうございます。」

塾の中から虎を呼んだ声の主は、猫友の1人息子である武市だ。映絵の講師として教鞭をとっていた虎を呼びに外に顔を出したのだ。


「今日の講義は何?」

「今日ですか?今日は風景描写についてですよ。」

目を輝かせる武市に虎はニコニコと笑いながら答える。

「風景かぁ。僕は生き物を描くのが好きだからなぁ…」

少々不満気味な武市に虎は諭すように

「坊ちゃん...絶えず姿を変える自然を捉えてこそ、本物の映絵師なれるのですよ?それにですね…」

「あー、また長くなるからいいや、行こう!虎先生!」

指を立てて説明に入ろうとする虎を引っ張って他の生徒たちと中に入る武市。虎は「本当にもう..」と笑顔でため息をついた。武市は虎をはじめとした猫手会全員の子供みたいなものだ。


元々、虎は孤児だった。

やさぐれていた所に弾と出会い、映絵師としての才能を開花させ、側近にまでなった男だ。そして、現在は猫手会を背負って立つ将来の映絵師養成のため、猫友映絵塾を開講している。


ーーーーー

「…このようにすると、奥行きを出しながらも、手前の構図を生かせるのですよ」

虎の講義をみな真剣に聞いている。

「うーん、さっすが虎だな、なあ三毛?」

「う、うん、そうだね…でも、講義中だから、静かにね?」

武市に話しかけられて焦るのは、この映絵塾で一番優秀な三毛だ。彼もまた虎と同じく天涯孤独。虎も同じ境遇である三毛のことも息子のように思っている。

武市に三毛は「しぃ~」と小声で注意する。

「ちゃんと聞いてるから大丈夫!それに、このスタイルが一番リラックスできるの。」

「ほんとかなぁ…」

はぐらかす武市に苦笑いを浮かべる三毛。


「さて、一通り描き終えたら、印を押すのを忘れてはなりませんよ。我々プロの世界では『印無し』が一番危険です。どんなに素晴らしい絵でも、印が無いために、『印刷されたものだ』だとか、『盗作だ』なんていう、言われのないことを触れ回られることにもなりかねませんからね。」

そういうと虎は描き終えたお手本に落款を押した。


『不動心 虎』


「これで、映絵は私が完成させました、ということになります。わかりましたか?」

はーい、という子供たちの声に、虎は頷いて続ける。

「これが自身の魂を刻み込むという意味で『魂込め』といいます。そして、印は一人として同じ物はありません。」

今にもザワザワという音と、涼し気な風が流れるような渓流の映絵が完成した。


「いやぁいつみても虎の印はかっけーよな!な、三毛!」

虎の絵に興奮して騒ぐ武市に三毛は、少し暗い顔になった。

「静かに…でも、君はいいさ、将来を約束された立派な印があるじゃないか。僕は印なんて夢のまた夢なんだから…」

そう言われた武市は、さらに大きな声になる。

「なんだよ!俺だって、まだその域に達してない、って何度親父に叱られてるんだぞ!だから三毛と一緒に塾で学んでるんじゃないか!」

「やめろよ、声が大きいだろ!」

苛立つ三毛に武市は更に興奮して言い放つ。

「三毛も僕も一緒だよ!まだ印が無いならこれから作っていけばいいんだ!」


「オホン!!…ぼっちゃん、三毛君、落ち着いて下さい。」

二人の前には、教鞭をふるっていた虎が立っていた。

「あ、虎…先生…ごめん、三毛…」

「うん、僕もごめん、言いすぎた…」

落ち着いた武市と三毛の頭を撫で、虎は自分の印を指差しながら諭す。

「いかなる時も、山のように構え、冷静に判断し行動する。それが私の印『不動心』の基本です」

「はーい…でも僕には無理だなぁ」

「ニャフフ、ぼっちゃんはまだお若いですからね、そのうち解ってきますよ。印に同じものが無いのは、自分の確固たる教示を刻むからなのです。」

武市は三毛の方に目をやった。

「不動心…いいなぁ、自分も極めたい…」

目を輝かせる三毛に武市は納得したように、

「そうだよ!三毛が目指すのにはピッタリだよね、虎!」

「えぇ、それは嬉しいですね、私の不動心を基礎にする者はまだいませんから、三毛君が精進してくれるのは、大変喜ばしい事です。」


「喜ばしいってよ!三毛!」

三毛の背中を、ぽんと叩くと武市は椅子に座り直す。

「そうと決まれば精進、精進…だな!」

「ほんと、調子いいんだからぁ…」

「てへへっ」

少し照れて笑う武市と三毛だったが、内心は燃えていた。


三毛も虎と一緒で孤児だ。

親に捨てられ、路頭に迷っていた所を虎に救われ、映絵塾で勉強をしながら猫手会で使用人として働かせてもらっている。

本当の父親のように、虎に憧れている三毛は、この時から虎の不動心を目指して映絵を勉強するようになったのだ。



ある時、猫友塾に一報が届いた。

皇帝が開催する映絵師やアーティストの大会である『皇宮映絵会』の開催の知らせであった。


とある事件の影響により中止されていたが、現皇帝により、『武力ではない、映絵による世の平定が重要であり、より一層の産業発展と強化していく』という名目で、町一番の映絵師を決めようという大会だ。勿論、恩恵は非常に魅力的で、今後一切働かなくてもいいくらいの報奨金もでる。


当然、猫友映絵塾はその大会の話題でもちきりだ。そこである生徒がポスターを見ながら話をしていた。

「いやぁ、うちは不利だよね。なんたって、ガッツリ描けるのが猫友様と虎先生くらいじゃん?」

「D-HANDSの方だって、犬剣様と芝って人くらいじゃないの?」

「でもさ、やっぱ人気はD-HANDSだからなぁ〜」


ザワザワする教室の中で、ばんっ!と机を叩く音がした。毛を逆立たせた三毛だった。

「何言ってるんだ!僕たちの虎先生が負けるわけないじゃないか!」と、鼻息を荒く話す。

「相手が犬剣だって、不動心は負けない、負けるはずがない!」

続けざまに叫ぶと、「悪かったよ」とほかの生徒が数名で謝り、宥めた。


すると今度は武市が

「そうさ、本当は僕が頑張らなきゃいけないんだけど、お前はダメだって怒られちゃったけど、どうしても出たいよなぁ!」

武市も三毛と同じように興奮しきりだった。

と、そこに話題の『不動心』たる虎がやってきた。

「ほらほら、みなさん、忘れてますよ、冷静さを。にゃふふふ」

「虎先生!」

「犬剣様が相手でも負けないよね?」

虎は駆け寄る生徒の頭撫でながら、

「…勿論、私は勝つつもりですよ。それに今回のルールはこちらにも分があると踏んでいるのです。」

「ルール?」

首を傾げて、武市が尋ねた。

「そうです。今回の大会要項にルールが簡単に一言だけ書かれていましたから…」

三毛が不思議そうに切り出した。

「虎先生が有利になるんですか?」

「…いえ、有利というほどでもありませんが、付け入る隙はあるはずです。」

普段にこやかな虎もこればかりは眉間に皺を寄せていた。

武市が我慢出来ない様子で、

「どんな?どんな?どんなこと書いてたの!?」

ふう、と虎は一息ついて答えた。

「今回書かれていたのは『即興』」

「...即興?」

少し分かりかねる表情の武市と三毛に虎は続ける。


「そうです。今回は『お題が出たのと出場者が同時に描きあげる』…つまり、猫手会の得意とする『速描き』が優位になるのではないかと…」

虎は一度生徒たちから目線を外した、しかし再度向き直して、生徒たちに言った。

「卓越した技術の蓄積では到底犬剣には勝てないでしょう。ですが、瞬発力に関しては、若い私でも十分に勝負ができると思っていますよ。」

教卓でニコリと笑う虎に、

「なんと言っても不動心だからな!」

「はい、ぼっちゃん」

おぉ、と他の生徒からも感嘆の声があがる。

「そうと分かったら練習しようよ!」

「そうだよ、練習!練習!」

ますます興奮する二人にほかの塾生も盛り上がりを見せた。

「ニャッハッハ、よろしいよろしい。みな気合いが入ってきましたね。ではこれから大会までの間はみなで即興映絵の練習をしていきますよ。」

不安がる者、気合いが入る者、様々な声が聞こえる


「二人一組になって下さい。その組んだ相手と勝負すして下さい。」

「よっしゃー、三毛!やるぞ!」

「よし、負けないよ!」

目を輝かせながら準備をしている武市と三毛。その傍らで考える虎がいた。


以前、虎は弾から言われていたことがあった

「虎ぁ…おめぇさんは心の重心がしっかりしてて、びくともしねぇやな。すげぇいい事だ。ただ考えてみろ、それを掻き乱す『何か』があると、簡単に転がっちまう...ころがしにきたやつらをむしろ踏みつぶす勢いじゃねぇとな...ま、もうちょっとがんばれや」

(あの時から私は考えましたよ…つまりは、私には柔軟性と緊急事態の冷静さがまだ足りないということですよね...大会までにやるしかないですね…不動心だけではなく…柔軟性…)


虎は考え事をしながら、3、4…5枚の映絵紙を取り出した。

それを黒板に張り、筆を持ちながら盛り上がる生徒に告げた。

「みなさんが勝負してる間に私は5枚の映絵を描きます、さて、どうなりますかね」


「5枚も!やっぱ虎はすっげーな!」

「武市…相手はこっちだよ?ふふっ、それとも、僕に負けるのが怖いのかい?」

三毛が珍しく武市を煽った。二人は親友...普段から仲がいいからこそ、三毛は武市の本気を味わいたかったのだ。

これに対し、武市は

「誰が負けるって?あぁん!?やってやろうじゃねぇか...三毛ぇ!」

案の定、怒髪天を衝く勢いで応戦しようとしていた。三毛はその表情にドキリとした。


各組がそろったところで、虎の号令が響いた。

「では、制限時間は発表の時間もありますから、30分です。お題は…『はな』」

「げっ!風景かよ!」

「ふふふ、勝った!」

勢いづく三毛と焦る武市。

虎は武市の感情的なところ、三毛の慎重さを見極めていた。


十分後、一通り描き終えた虎は、ぐるりと一周して、皆がどのような絵を描いているか見て回った。

「そうか...なるほど、この手はありですね...」

と、虎は何か名案が浮かんだのか、ポツリとつぶやき、別の紙にもう一つ、映絵を描き始めた。


大会に向けて、毎日にぎやかに練習は行われていったのだった。



次回

第七話・参 -皇帝-

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