第七話・壱 ー汚染ー
廃屋から脱出すると、跡形もなく潰れた。
痛みを堪えながらの脱出に狼は、ふぅと胸をなでおろした。
「あっぶなぁ…それより武市…あの赤黒い虫みたいなん、みたか?」
「え?あ、はい…」
武市は、虚空をぼんやりと眺めていた。
「まぁ、しゃあないって…あぁでもせんかったら、奴ぁ止まれへんかったんや…」
今にも泣きそうな武市の肩を抱き、瓦礫を背に歩き始めた。
「しかし…お前は優しい過ぎるのう…」
「すいません…」
すると背中にスパーン!と衝撃が走った。
「いつまでもメソメソすんな!とりあえず、向こうの戦力は一人削った!今はそれでえぇやろ!」
「…はい」
「問題はや!奴の中から出てきた、あの気持ち悪いもんのことや!」
しかし、二人とも『得体の知れないもの』ではない、と感じていた。
「あれは…『ミミズ』を強化したものなのではないかと…出回ったら、とんでもないことになる…この街には、あんなモノ必要ない…」
武市はキッと目線をあげた。するとまたも背中に衝撃が。
「ガッハッハ!そのとおりや。さっさと銀のとこ戻って、このことは報告せなあかんな!」
二人は急ぎ、村前に戻った。
ーーーーー
「三毛君……どうか無事でいてください…」
三毛を病院に運んだあと、虎は鳳一家の根城へ向かおうとした。頭痛のせいか、少し体が動かしづらい。痛みを堪え歩いていると、鳳 燕がゆく手を遮るのだ。
「虎さぁん、迎えに参りましたよ。」
すると首筋にヒヤリとした感覚。木慈が後ろから虎を足止めした。虎はこれから自分がどうなるか、容易に想像がついた。
「ふぉっふぉっふぉっ…迎え、ですかぁ…有難いですねぇ…」
木慈の後ろにいる燕はニタニタ笑いながら答えた。
「えぇ…あなたには、まだ使い道があるからね。パパからは連れ帰れとの命だよ。抵抗しないよね?」
首筋の刃にぐっと力が込められた。
「わ、わかりました。こんなことになったのは私のせいですからね…仕方ありません。」
用意されていた車に乗せられ、虎は鳳一家へと連れられていった。
鳳一家へ到着した虎は、鳳 鶯のいる屋敷ではなく、封印の洞穴へと連れられていった。
「これは…っ!もうここまで…」
封印の扉の隠された閂が徐々に浮かび上がってきているのだ。
「そうだネ、虎君。遅かったネぇ?」
松明が燃える中、ニコリと笑い振り向く鶯。そして封印の前には祝詞を唱える広橋。そして扉と向かい合わせに磔にされている人影を見た。
「まさか!…もう見つけておられたんですなぁ…それにもうすでにここまで進んでいたとは!待ち遠しい限りですねぇ…」
驚きの声をあげる虎だったが、すぐに取り巻きに取り押さえられてしまった。
「フフフ…虎君…もうすでに封印解除は最終段階にきているのネ…あとは今後私の邪魔になる者の排除、そして…」
鶯は目を見開き、虎の目を凝視した。
「な、何を…するんです…」
「しらばっくれんな!」
鶯の表情に虎の鼓動は跳ね上がった。
「な、何のことでしょうねぇ…」
鶯は虎の頭を掴むと、顔を近づけながら
「てめぇを再洗脳するんだよ!燕から聞いてんだぞ、あ?俺が知らねぇとでも思ってんのか?解けてんだろぉ?じゃあまたやるしかねぇじゃねぇか…強化した特別な呪詛でな!このボケが!」
虎はしまった、という表情を返してしまった。
「そ、そんなわけ…ないじゃ……あ”ぁ”っ!!」
鶯の目が紫色の光を放ち、虎の目を見続けた。
虎の頭の中に入り込んだ光が、虫食いになった虎の思い出を更に消していった。
虎は気絶した。
「よし。これでもう元には戻れないだろ、ったく余計な力使わせてんじゃねぇよ…おい、燕!あれもってこい!」
「は〜い、パパァ」
と、燕は例の虫が入った小瓶を鶯に手渡した。
「あんまり使いたくねぇんだが、しゃあねえ…」
虫をまだ気絶している虎の口に押し込んだ。虫はうねうねと体内に入っていった。
「封印が解けたら『強化型ミミズ』の開発費も捲れるくらいになる。やっとこさえたんだ…幹部連中全員に使え、いいな。」
鶯はその中から1本を取り、はりつけの少女の前に立った。
「苦労したぜぇ……」
松明の火を近づけると、そこには猫インコのアイコがいた。
「うぅ…」と小さく呻くアイコ、その声に広橋の祝詞が途絶えた。
「鶯…貴様、何をしている…その子に近づくなと申したはずだ。」
「おっと、すまないネ、触れてはおらんからネ…それよりも、あとどれ位かかるのかネ?」
広橋は錫杖を地面に刺し、立ち上がった。
「あとは、この子の力が覚醒すれば、一両日中…だからその子には触れるな、覚醒の邪魔になるやもしれん。わしは依頼された事をこなす…だが、妙な邪魔が入れば…わかっておろうな?」
広橋は鶯を睨みつけた。
(「くそぉ……鳥族の伝承と違うじゃないかネ…広橋鋼ォ…」)
ふん、と鼻で笑い、座り直す広橋。鶯は座る広橋を苦虫を噛み潰したような顔で見つめた。
(「そうだ…コイツに虫を飲ませれば…」)
鶯が懐の虫の小瓶を取り出そうとした瞬間
「喝!!」
鶯は身を強ばらせた。
「懐のものをおさめておけ、鶯。鍵と封印、そして、わしの祝詞がセットでないと、貴様らの益に成らんぞ?それでもいいのか!」
広橋は顔を鶯のほうへ向けることなく、動向を牽制した。鶯は舌打ちとともに封印の間を出ていった。
「くそっ!なんであんな奴にデカイ顔されなきゃいかんのかネ…まぁ、最後の鍵は…ククククク…」
鶯を追い払った広橋は、アイコを見つめながら呟いた。
「辺 銀…早く来い…わしの元へ…」
ーーーーー
万事屋村前に戻った二人から、三毛撃破の一報を受けた銀と弾は深くため息をついた。勿論、意味合いはそれぞれ違ったものだ。
「もう三毛の野郎も、虎の野郎もそんなに…くそっ…」
「本当に無茶しやがって…多分ここも完全にバレるまで時間の問題だ……早急にしかけねぇとな」
「OK、じゃあ早速、やっちまうかぁ?まずは…」
ジャンが纏まった作戦を確認しようと立ち上がった瞬間、銀の携帯が鳴った。
「…ぎぃん?」
「いや、すまねぇ…あ?紅玲(クレイ)…?」
それは、アイコの母からの連絡だった。
「どうした!」
電話の向こうでは、すすり泣きが聞こえる。
「おい!紅玲!何があった!」
「銀さん!アイコが…アイコが帰ってこないの!」
その一言に銀は指先から冷えるような感覚に襲われた。嫌な汗が首筋を伝う。
「やられた…ジャン…やばいことになった…アイコが、恐らく…」
「…聞こえた…やっぱ嗅ぎつけてやがった…あの娘にまで手が伸びちまったか…」
アイコの家族はとある事情により、銀よって匿われていた。そして、その事情はジャンも預かり知るところである。
「銀じぃ、アイコって誰や?」炎が疑問を口にした、すると鉄が
「あぁ!あの猫とインコみたいな女の子!!」
鉄は心当たりがあった。炎が策略により『ミミズ』を盛られたとき、犯人さがしをしていた鉄たちの前に現れた少女がアイコなのだ。
「あぁそうだな、鉄は会ってるか…アイコにまで奴らの手が伸びたってことは…もう少しの猶予もねぇ!作戦変更だ、狼!」
武市の手当てをし、ごくごくと酒を飲み、肉を食らっていた狼は銀を二度見していた。
「なんや、もう俺の出番かいな!休みなしやな!」
「あぁ、俺と一緒に奴らの中枢に突っ込むぞ。」
一同はざわついた。
「ジャン、いいな?」
「了解…じゃあまず、鉄部隊は鳳の雑魚共を片付けろ。死人がでるかもしれん、覚悟あるやつだけでいけよ?」
鉄は一瞬ドキリとしたが、力強く頷いた。
「おうよ!皇帝!」
「よし…頼むぜ?次に陸、今のお前ならあのデカブツの鶏野郎も倒せるだろうよ」
裏切り者とはいえ、自分の身内である芝を殺した闘鶏への復讐…いやもうこうなっては復讐だけが目的ではなくなっている。
「はい、俺らの街を守るために…」
「よろしい。その後は、武市と炎、お前らはおそらくもう二人…鳳の息子とその執事と戦うことになるだろう。」
武市は、三毛の顔を思い出していた。
「すいません…作戦の前に、一度行きたいところがあるんですが」
「ん?済ませられることは済ませてこい。さてはぁ…」
武市はごほんと大きく咳払いし、立ち上がった。
「あなたが考えるような野暮ったい用事ではありません!では、私は先に…」
そういうと狼に手当てされたところをさすりながら出ていった。
「さ、街にはびこっとる悪いモン、さっさと取り除きにいきますか!終わったら…みんなで酒でも飲めばえぇんですわ」
もしかしたらこの中で、一番冷静なのは炎だったのかもしれない。
「よし、出発は明日の夕暮れ前…それまでに万全の準備をして来い!」
応!という声に、皆会議場を後にした。
こうして、D-HANDS、猫手連合軍は鳳一家討伐へ向け、動き始めたのだった。
ーーーーー
「いや…おじ…さま…助けて…」
アイコは夢を見ていた。自分の胸にあいた鍵穴に入ろうとする、黒い影の姿を。
ひとつは獅子のような髪をなびかせ、
ひとつは邪悪な牙を輝かせ、
ひとつは羽を羽ばたかせ高笑いをあげる。
その周りには4体の影…
『早く出せ』『暴れさせろ』『クッフフフフフ!』
頭の中に流れ込み、おかしくなりそうだった。
悪夢、それですめばそれでいい。でも自分の力のせいで何か起こってしまっては、と少女は折れそうな心を震わせながらも踏みとどまっていた。
彼女もまた、人知れず戦っていた。
次回
第七話・弐 -不動-
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