第六話・肆 ー親友ー

「俺は…まだお前を…今でもちゃんと親友だと思ってる……だから、今俺は全力でてめぇを殴る!!」

武市は修行で編み出した風の槍を…三毛の匕首も取り込みながら、するりと作り出した。

「ヒャハハハハ!!やぁってみなよぉ!!ぶぅちぃ!!!」


虎とともに一時的にとはいえ猫手会を離れ、様子が変わってしまった三毛をまだ親友と呼べるのか、自問自答したこともあった。

しかし、心の奥には三毛との思い出が蘇る。いつかまた、新たな思い出を作れるようになると信じながら。しかし、そんな武市の思いとは裏腹に、三毛の手はすでに血で汚れすぎていた。


そして今や、虎や鳳一家に投与された『ミミズ』により、凶暴になっていた。


武市は荒々しく笑う三毛を見据え、静かに構えた。

ここで止めなくて、何が親友か…そんな思いで。

両手の指の間に匕首をセットしながら、その場でジャンプを始める三毛。

「来いよ、三毛」

三毛は、ちっと舌打ちし、ジャンプを大きくして壁や天井をはねまわりはじめた。

「余裕ぶってんじゃねぇよ!武市!君はいっつもそうだ!普段はやんちゃなくせに、いざとなったら落ち着き払って余裕かまして!さすが弾様の息子だ!俺みたいな孤児とは違う、エリート様だもんなぁ!」

徐々に跳ねるタイミングを変え、槍を構える武市に少しづつ傷を負わせていく三毛。

「…いいや…俺はお前のおかげで、ここまで来れたんだ…」



ーーーーー

「武市!こい!」弾の怒号が轟いた。

この日も虎が常設している学習塾兼絵の塾から帰ってきたばかりだった。

当時現役バリバリの弾は事ある毎に武市を呼びつけ、自分なりの帝王学を叩き込んでいた。

当時、D-HANDSに大会で負け、仕事が急に立ち行かなくなった頃…まだ10歳であった弾はまだよく分からないというのに。


「お前はな、これからの猫手会を守って貰わねぇといけねぇ。犬共から、全てを取り戻すんだ!」

弾の言葉は、武市にとっては呪縛のように心根に絡みついてくる。


『早く二代目になって、猫手を救ってくだせぇ』

『坊ちゃん、弾様の言いつけは絶対ですからね』

『君が猫手会の御曹司…今後とも何卒よろしくお願いしますねぇ』

周りからかけられる言葉に、武市は徐々に心をすり減らしていた。


「武市、大丈夫?顔、凄いことになってるよ?」

そんな中で唯一、自分を心配してくれるのは、三毛しかいなかった。

「そんなに…酷いか…」

うん、と自分たちが映るガラス戸を見た。

「猫手会の為とはいえ、堪えてるんだなぁ…」

手で顔を覆う武市、三毛はそんな武市の肩を揉んだ。

「だぁいじょうぶ!武市はしっかりやってるよ!あ、そうだ。今度さ…内緒で街に出ない?」

優等生で知られる三毛から、とんでもない提案をされた。

「お前、だめだって…そんなんバレたら、何されるか…」

「パトロールって言えばなんとかなるって、皆俺には優しいから」

と三毛はにこりと笑った。


翌日、パトロールと称して、武市と三毛は出かけた。しかし、二人は終了時間になっても戻って来なかった。

猫手会総出で捜索され、二人はあっさりと捕まり、二人は弾からの鉄拳制裁、そして…

「てめぇが武市を誑かすたぁな!三毛!てめぇは破門だ、破門!今すぐ出ていけ!」

弾は、三毛を棒で撃ちながら処分を下した。

「お待ちください。」と、虎が三毛を殴る弾の手を止めた。

「おい、虎!」鉤尾は戸惑いながら、虎を止めていた。

「三毛は非常に優秀でございます。破門とするのは早計かと…ここは私の預かりにさせては貰えませぬか?」

虎の提案を始めは突っぱねた弾だったが、渋々ながら了承し、三毛は虎の事業補佐として連れられていき、二人は一時的に猫手会を離れた。

それから数年間、虎と三毛を猫手会に早く戻そうと、弾や幹部の重圧に耐え続けた。


そして再会の時がきた。しかし…


「三毛!やっと帰ってきたか!元気…だった…か?」

「やぁ〜、ぶぅいちぃ〜」

もう既に、虎と三毛の様子はおかしくなっていた。

ニヤニヤと笑い、時折殺気を孕んだ目付きで周囲を見渡していた。

「虎先生…三毛…?」

「坊ちゃん、まだ我々やる事がございますので、この辺で…」

「あ、ごめぇんね、もう行くねぇ〜」

武市は二人の後ろ姿を見つめることしかできなかった。


そして現在…


ーーーーー

廃屋がギシギシと今にも崩れそうな音を立てている。


「おい、武市……っ!」

狼は見た。これほどまでに悲しく、冷たい涙を。


「三毛……終わりだ…」

武市は構えを解いた。

「ひゃひゃひゃひゃ!戦う気も無くなったかなぁ?なぁにが終わりだぁ!

三毛は武市の肩口に匕首が突き刺さる。すると、武市は渾身の力で三毛の腕を掴んだ。

「なっ!離せ!離…せ…?」

三毛は自分の腹から伸びる槍の先端を見た。赤い血がドクドクと流れ落ちる様を見て、体の震えが止まらなくなった。


「なっ…え…これは…」

「ごめんな、三毛……俺の槍はただの風…何処からでも攻撃できるんだよ…こうでもしないと止められない俺を…許してくれ…」

三毛の口からは赤黒い塊が、重い咳払いとともに地面に落ちた。そして、三毛は膝をつき、ゆっくりと倒れた。


「武市…大丈夫か…っ?!」

狼は赤黒い塊がうねうねと蠢いていることに気が付いた。

「なんやこれ!!」

狼が叫ぶや否や、赤黒い塊は地面を激しく動き回り、そして息絶えたかのように吸い込まれていった。


「うっ…あっ…ぶ…ち…」

武市は倒れる三毛を抱き寄せた。

「俺はここだ!三毛!ごめん…ごめん…」

三毛は昔のままの笑顔で、力なく首を振った。

「いいんだ、自業自得だよ…ありがとう…君に止められるなら…本望だよ…」

三毛は武市の手を借り立ち上がった。すると奥の通路へとヨロヨロと歩き始めた。


「三毛!どこ行くんだ!」

「僕はもう大丈夫、ありがとう、本当にごめんね…武市」

そういうと、廃屋の奥へ消えた。


ーーーーー

「虎様を止めなきゃ…今なら、まだ」

廃屋の奥にある隠し通路から外に出て、虎を追う三毛。体から血が抜けてきて、体はとうに冷えている。もう痛みも感じなくなってきていた。

数分ほどなんとか歩を進め、虎との打ち合わせ通りの場所に向かった。

「よし…この角を…」


「こっぴどくやられたね、三毛?」

突然の声に驚き三毛が振り向くと、そこにはいるはずのない男が立っていた。


鳳 燕であった。


「燕…さん…?」

「いやね、虎さんから君の帰りが遅いからって言われてねぇ?随分やられたね…おっと、ここじゃ見られちゃうから…あっちの茂みに隠れな、ささ、早く。」

燕に連れられて死角になりそうな茂みに身を隠した。

「槍で一突きかぁ…やるねぇ、あのボス猫、クククっ」

燕は、三毛の傷を見ながらニヤニヤしている。

「ボス猫…武市のことか…あんまり僕の親友を笑わないでくれ…」

「あぁ、すまない…じゃとりあえず、上着取る…よっ!」

燕が三毛の上着を脱がそうと背後にまわった。すると三毛の肩口にドンッと衝撃が走った。


「ぐっ!!」

「おっと我慢我慢。今すぐ『楽にしてやるから』」

肩口に感じた衝撃を今度は背中に感じた。

「ナイフって案外感触ないんだよなぁ、あるのは骨にあたる感触なのかな…あ、君はもう戦力外って言ってたよ、パパがね」

「なん…で…」

燕は懐から瓶を取り出した。その中にはうねうねとうごめく虫のようなものがいた。


「これはね、パパの精神汚染を更に効果アップさせる、僕が遺伝子操作した虫なんだ。君と虎さんの中にはこいつがいるわけ。わかる?これ…」

気を失いそうになりながらも、虎の元へいこうと這いながら動こうとする三毛を踏みつけ、更に罵倒まじりに燕は叫び、踏みつけた。

「高かったんだよね、これ!!わかる?!凡人に俺様みたいな天才の所業を台無しにされたんだよ!えぇ!?」

三毛の傷口をグリグリと踏みつける。三毛は声にならない声をあげ、苦しんでいた。

「そうだよ、凡人は俺様天才の実験台で生涯終えればよかったんだ!お前ら猫手の運営資金を俺らに借りたのが運の尽きなんだよ!!きゃきゃきゃ!!!カメラで見てたからわかんだよ、虫を吐き出して精神汚染が途切れたのは明白だ!この約立たず…あ?死んだか?」

息はあった。しかしもう体は動かない。血を流しすぎて、指一本動かせない。

燕は倒れる三毛につばを吐きかけ、去って行った。


ーーーーー

「あああぁぁあぁっぁああぁぁあ!!!!!」

虎は苦しんでいた。

得体の知れないものが自分の思い出を喰らい尽くすように頭の中を這いまわっている。


「やめろ!やめろぉ!!その思い出だけは!!あぁぁぁ!!!」


映絵教室での子どもたちの笑顔


大会で狼に負けたときの敗北感


そして


我が息子のようにかわいい武市、三毛との思い出。


狂いそうになりながら、思い出を食い散らかす虫を必死で払いのけようとするが、一向に虫には手が届かない。


「くそぉ!!くそぉぉおあ!!!」


はっと目を覚ます。


「はぁ…はぁ…最近、ひどいですね…この頭痛は…しかし、三毛は遅いですねぇ…」

汗をぬぐいながら、打ち合わせの場所へと戻る虎。しかし、そこで見たのは、茂みから流れる赤い血だった。

「これ…は……まさか!!」

虎は慌てて茂みをかき分けていった。すると、そこにはおびただしい血を流し倒れる三毛だった。


「三毛君!!!」

倒れる三毛をみた虎にさらなる頭痛が襲った。

「い”っ!!!……ぎっ…くそ!三毛君!!」

三毛に駆け寄ると、まだ息はあった。

「三毛君!今病院……いや迷ってる暇はありませんね。行きますよ、三毛君!」

虎は三毛を担ぎ、近くの病院へ運んだ。

躊躇いなどなかった。お尋ね者になろうが、なわだろうが、『自分の息子』同然の三毛を捨ておけはしなかった。

そして、三毛を病院の受付まで運び、預け、その足ですぐさま鳳一家の根城へと向かおうとしていた。


手術の甲斐があり一命をとりとめた三毛は、動けぬ体で虎の姿を探した。

しかし、どこにも虎の姿はなかった。

孤児だった自分にありったけの愛情を注いでくれた、父親のような人。

「虎様……どうか……ご無事で……」

三毛は久しく感じなかった頬をつたう、温度のある涙に、虎の無事を願うのだった。



時は戻り…

三毛が虎によって運ばれたとき、燕が尾行していた。おもむろに携帯を取り出し、連絡を取り始める。

「あ、パパぁ?やっぱりあのクソ猫共、精神汚染、解けてるね。」



次回

第七話・壱 ー汚染ー

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