第六話・弐 ー修了ー
「おはようございます」
零と翡翠が迎えにきた。一緒に食堂まで行き、三人で食卓を囲んだ。
ジャンは修行前にすべての仕事を終えるといい、執務室にいるそうだった。
「陸様、ゆっくり休めましたか。」
フィンクスは暖かいお茶を差し出してくれた。
「えぇ、ありがとうございます。まさか、あの地下牢も修行のうちだったとは…」
地下牢での殺気立った自分を顧みて、自分の中にある隠された感情に気づけた。
恐怖から来る焦り、自身の獰猛さ
そして、誰かが傷つけられた時の怒り
今まで自分にはない感情だった。
炎も何かを守るために、怒りを顕にすることが多かった。
「でもぉ、陸様、さすがに怒っちゃいましたよね…あまりにリアルに演技しちゃったから…」
「まぁもともとジャン様の煽りぐせもあったからしょうがないだろう。本当にあのオッサンは、加減を考えろよ…」
零と翡翠がケタケタ笑いながら話をしていると…
「なぁんだとぉ?れ〜い〜?」
と、零の後ろには邪悪な笑みを浮かべて、ジャンがいたのだった。零はガッと頭を掴まれ、振り回された
「おらぁ!」
「すいませんすいません!」
「タイミング悪いですねぇ。」
はぁ、と苦笑いを浮かべるフィンクス。
「兄はほんっと、ね、ふふっ」
翡翠はニコニコしながら、その光景を見ていた。
一通り騒ぎ終わり、ジャンは応接室の椅子に座って天を仰いだ。
「俺ぁよ、自分の力に自信がないやつが大嫌いなんだよ。夢ん中でみたろ、俺のこと。昔は俺もそうだったからよ…『なんでちゃんと発揮しないんだ!』って思っちまうわけよ」
確かに、夢の中のジャンは『自信のなさからくる虚勢』が見え隠れしていた。
「だから今日の修行で、もっと自信をつけてもらおうか、入ってくれ!」
合図すると翡翠がドアを開けた。
「よう、無事みてぇだな?ジャンも連絡よこせよ…」
「え!銀じぃ!」
よしよし、と言いながら銀が入ってきた。そして、出されたお茶をすすりながら、これからやる修行について説明を始めた。
「地下牢も体験した陸坊の最後の修行は、自分の力に自信を持つこと、そしてふたつ持ちとしての力のだし方の練習だ。ジャンはこの後仕事だからな、途中までは代わりに俺が見る。ジャンの体があいたら、試験として手合わせをしてもらう。」
「すまんな、多忙でな…俺は俺で、お前の力を引き出せたつもりだ。心配ないと思うぞ。それじゃあ…」
そういうと、ジャンとフィンクスは出ていった。
応接室から出たジャンは懐から電話を出し、どこかにかけた。
「…もしもし、あぁ俺だ……今出る所だ、問題ない…すぐに行く…」
「ジャン様…」
「俺らが考えてる以上にやべぇことになってきた…」
ーーーーー
銀と陸は武道場で修行前に座禅を組み、瞑想をしていた。銀は膝を叩き、立ち上がった。
「よし、陸坊、そろそろ始めるか。やっぱおめぇら兄弟はすげぇな。」
「そう…かな…」
構える銀と陸。空気がピンと張り詰める。
「さぁ、来い」
「いくよ……!」
陸は、あの地下牢に閉じ込められた日々を思い出した。すると、これまでと違い、体の底からなにかに押し上げられるように、力が湧いてきた。
「はぁぁぁ!!」
陸は力を貯め、銀に飛びかかった。
「っ!!この力、相当やべぇな……憤っ!」
銀は珍しく警戒して防御を固めた。
陸は一心不乱に力に語りかけた。
もう俺は恐れない、すべて俺の力。自分自身、受け入れる。と
『ならば、これも受け入れるのです』
陸の頭の中に声が響いた。
すると、陸の周りに出ていた、緑や黄色のオーラが徐々に黒のオーラになりながら、収束していった。
「なんだ?狼はこうはならんかったぞ…?」
銀は違和感を覚え始めた。
オーラが光を放つ。光がおさまってくると、そこには手に巨大なハンマー、それと艶やかな緑色と黄色の鎧を身にまとった陸が立っていた。
しかし…
瞬きをした瞬間、そこに陸の姿はなかった。
あまりの出来事に固まる銀、あたりを見渡したが気配はあれど、どこにもいない。
「下…」
陸の声がして、思わず身を反らす。すると、目の前をハンマーが通過していった。
「くぅ!!」
(あぶねぇ……身を反らしてなかったら、一発アウトだ……)
「せい!!」
頭上でくるりと向きを変えたハンマーが銀を襲う。必死に逃げに徹した銀だったが、自分が今まで立っていた場所を見ると、そこ一面、文字通り『何もなかった』。
「な!!」
驚く銀を他所に、『何も無くなった床』から、ぬぅっと真っ黒い陸が現れた。
「ふぅ……さぁ、俺とまともに立ち合ってくれへんかなぁ、辺 銀!」
光のない目でニタリと笑う陸。そこに今までのナヨナヨとした面影は感じられなかった。銀は首筋をつたう嫌な汗を感じる。
「お前さん…まさか…闇に飲まれたか!!」
「……ククク…クハハハハ!!!!」
ーーーーー
「皇帝、こちらです。」
「あぁ…くそっ、ひでぇな…イカタコとは違うと思ったけど…クマゾーでもダメか…。」
鳳一家と交戦したであろう、熊族の権次(ごんじ)がいた。それも、全身切り刻まれ、挙句、鉄筋で作った武器が深々と胸を貫いた姿で…。
「我々が応援に駆けつけたときには、すでに…親方ぁ…!」
弟子たちがおいおいと泣きながら、権次の周りにいる。
「クマゾーのこの殺られ方…相当遊ばれたな…。くそっ、こうなっちまったら、もう時間がねぇな…そんなにこっちも余力はねぇ。」
担架で運ばれる権次の遺体から、カランと何かが落ちた。
「なんだこれ…あぁ…そうか、こいつだったか…」
緑色に光る鱗状の刃、これは鳳一家の木慈(きじ)のものだった。
「幹部連中まで街に来ているという話を聞きますが…」
「ん〜…まだ何かあるんだろうか…必要なものが揃ってないのか…それとも…」
鳳一家は町の中にすでに数十もの拠点を構えていた。それを少しずつつぶしていたが、まるでいたちごっこ。
「くそ、イタチに食われる奴らとイタチごっこなんて、質の悪い冗談だ…」
ぶつぶつと考え事をしているジャンの電話に連絡が入った。
「俺だ…もうだめだ……おめぇさん、やりすぎたみてぇだぜ…」
「なんだと?まさかとは思うが……あぁもう…今から行く。」
疲れ切った銀の焦った声と漏れ聞こえた周囲の音に、陸の暴走を物語っていた。ジャンは急ぎ宮殿へと戻った。
ーーーーー
宮殿に戻ったジャンは、武道場へ向かった。しかし、そこには武道場と呼べるようば代物はなかった。
「あ?更地じゃねぇか!?どういうことだ?」
「よう、遅かったじゃねぇか、ジャン…」
瓦礫の隅でかろうじて残っていた壁に隠れていた銀がいた。
ジャンは周りを見渡すと、辺りは『きれいな真円でえぐり取られたような跡』が残っていた。
「まずい…止めるぞ、銀」
「あぁ……この力、まるで……」
D-HANDSには触れてはいけないことがあった。
宝治の妻であり、炎と陸の母
『照夜(テリヤ)』
彼女は炎と陸を産み、物心が付く前に”死んだ”ことになっている。しかしその実、行方不明……『ということにしている』のだ。
照夜の属性は闇
陸は、照夜の血を色濃く継いだのであった。
しかし、彼女は暴走した闇に飲まれ、どこかへ消えたのだった。
「あいつの…二の舞にはしない!」
「だな。もうあんなことはごめんだ…宝治のあんなツラ、もうごめんだ。」
ーーーーー
(なんだ、どないしたんやろ…体が動かへん…なんやフワフワしとる…?)
気がついた陸はまたも真っ暗闇の中にいた。違うといえば、地下牢のようにゴツゴツした床ではなく、自分自身が水に浮いているような感覚だった。
ゆっくりと目を開けると、目の前にはモニターのように映像が流れていた。
(え、なんやこれ……え?銀じぃ?怪我しとる…)
画面には、高笑いを浮かべながらハンマーを振るい銀と対峙している自分の声が聞こえた。
(え、そんな、俺が!くっそ、動け、いや、動かせない!)
「そう、この空間は私の空間。貴方は動けますまい。」
暗闇の中から、透き通るような女性の声が聞こえた。
(誰や……)
「私ですか?私は…貴方の中に眠っていた闇の力の住人です。貴方が闇の力を開放してくださったおかげで目覚めることができました。」
女性は不気味な笑みを浮かべ、深々と陸に頭を下げた。その瞬間、モニターから怒鳴り声が聞こえた。
『おい!陸坊、目ぇ覚ませ!』
『闇に飲まれるほど、てめぇは弱いのか?あぁ?いいから戻って来い!』
ふふふ、と女はまたも不気味に笑った。
「本当に変わらないわね、あの子達も……」
(え?あの子達って……)
「さぁ、いつまでもここにいては、あの子達に怒られてしまうわ……これを」
女は陸に瓶に入った丸薬を手渡した。
「これは力に飲み込まれそうになったときに飲んで……私のようにならないでね……」
(どういう……こ……と)
丸薬を受け取ると、陸はモニターの中に吸い込まれていった。
ーーーーー
「……っ!」
銀とジャンが追い詰められたとき、陸の動きが止まった。
「止まっ…た?」
二人は様子を見ながら、近づいた。
「…うっ…ごめん…銀…じぃ…」
と、陸は膝から崩れた。。
「陸坊!おい!しっかりしろ!」
「たっくよぉ…お前は宮殿潰す気かっての…」
倒れる前にジャンが支えた。深呼吸をして正気に戻った陸は、心配する銀とジャンの顔を見た。ゆっくり体を起こし周りを見ると、そこは先程までいた武道場ではなく、瓦礫の山であった。
「え…俺は何を…」
ジャンと銀は大きなため息をついた。安堵、とも言えるものだった。
「陸坊、お前は闇の力に飲み込まれて、武道場を破壊し尽くしてたんだ…」
「そんな…じゃああれは…」
ジャンは陸の頭を引っぱたいた。
「そんなもクソもあるか!見ろ、これ!」
武道場は跡形もなく消えていた。
理解が追いつかない陸は、はたと手の感触に気がついた。先程女からもらった丸薬がそこにあった。
「夢じゃ…なかった…のか…」
「ん?陸坊、何持ってん…だ?!」
銀とジャンは丸薬を見て、ハッとした
「これは…そうか、陸坊、一応助けられたみたいだな…よかったな。」
近くにあった瓦礫にジャンがどかりと腰をかけた。そこに零と翡翠が、宮殿内に被害がないか伝えに来た。
しかしジャンは「いらないいらない」と手で払い、再び大きなため息をついた。
「銀よ…こいつ闇に飲まれなかったら、どうだ?」
「どうだってのは、陸坊の試験か?…あぁ、こんなの覚醒のアクシデントだろ。力を制御できれば、充分な戦力になる。それに…その丸薬があれば、当分の間は闇の力は抑えられるはずだ。」
ジャンは陸を見つめ、値踏みするように周囲を一周した。
「そうか…はぁ…もういい、上出来だ…。宮殿の修復は気にするな、こっちでやる。ともかく色んなことがありすぎて疲れた…もういいや…お前がそういうなら合格!」
「んな適当な…」
銀は珍しく力の抜けた声をあげた。
そして、陸は無事戦力として鳳一家との戦いに加わることとなった。
「とりあえず、明日ぁ…は宮殿は忙しくなるだろうから…銀の店、使えるだろ?」
「ん、大丈夫だ。」
「じゃぁ明日、銀の店に来い。そこで作戦会議!以上!零、翡翠、ちょっと2人の治療してやれ…俺は…あぁあ、財務局行ってくる…」
ジャンは嫌そうな顔で、ふらふらと大広間を後にした。
「あぁあ、こりゃ財務局でこってり絞られるやつだな」
「ごめん…」
銀はぽんと陸の頭をなで、陸を立ち上がらせた。
「仕方ねぇだろ、不可抗力だ。ま、心配はねぇだろ…それよりも、その薬、ちゃんと見極めて使えよ?」
陸に丸薬を手渡して、銀も大広間を去っていった。
「これはなんなんやろう…でも、これで俺も戦えるんや…炎にいの手助けできるんや…」
陸は、ぐっと手を握り、大きな戦いに向け、気を引き締めるのだった。
ーーーーー
翌日、万事屋村前の前に武市、炎、陸が揃った。
「よう、陸ぅ!お前ぇ…なんや絶対強くなったやろ!」
「炎にぃ…え、炎にぃが立ってる!」
陸は驚いた。先日まで車椅子がないと動けなかった炎が、何食わぬ顔で立っているのだから。
「おう、銀じぃとあの寺のおかげでな!」
「確かにこの姿には、俺も驚いた。それにしても、二人とも修行は順調だったみたいだな。」
「俺なんて迷惑かけっぱなしで…武市さんもなんや吹っ切れたような感じやし、体傷だらけやし…狼にぃ、どんな修行つけたんや…大丈夫でしたか?」
修行前の武市からは想像出来ないくらいの角の取れた感じとワイルドさに、陸はまた驚いた。
「あぁ、心配には及ばん。それよりここからが本当の戦いだろう?」
武市は、すっと拳を前にだした。
「へへっ、ホンマやで。これで俺らは仇討ちができるっていうもんや…」
炎も呼応するように、拳をだした。
「うん…芝さん、襲われたみんな、明日を生きられなかったみんなのために…」
3人は拳を合わせ、お互いに修行で強くなった姿に安心し、鳳一家との戦いに討ち出ることになった。
ーーーーー
一方、鳳一家の屋敷では
「木慈、何かわかったのかネ?」
「えぇ、親方。鍵が見つかりました。」
「ふぉっほっほっほっほ!これでこの街、いや国、いや世界は俺たちのもんだぁぁ!」
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