第六話・壱 ー継承ー

「覚悟を決めたまえ、ガリアーノ・ジャン君」


ママの名前はガリアーノ・マリア。

3年前に、俺をおいてこの世から旅立ってしまった。そんなママが唯一愛した男が、これから出会う『父親』だった。


「俺は…いつでも覚悟なんてできてる……」

「それにしては、何か…臆して見えるぞ?」

フィンクスは横目にジャンを見やる。ジャンはその目線にゾクリとした。

「くっ…うるせぇな!…いいから、会わせろ…」

「あぁ、入ろう」

門の前の衛兵が俺に気がついて、剣を向けた。まぁ、身なりも完全にスラム街の人間だと丸出しだから。

すると、紳士は手をあげると、衛兵は敬礼し、何も言わずに門を開けた。


「なっ?!お前、何者なんだよ……」

「私は執事長、名はフィンクスだ。」

そういうと、被っていたシルクハットを取り、片眼鏡を付けた。

「では付いてきたまえ、ジャン君。父君に会わせよう。そこで……君が今そのポケットに忍ばせている覚悟が実行できるかどうか、見てみるといい。」

やはり見透かされていたようだった。


赤いカーペットに敷かれた長い廊下を二人歩いて、応接室に通された。俺の心臓ははち切れるんじゃないか、そんな緊張感でいた。少しばかり待たされ、いよいよ俺は『父親』と対面した。


「なんだよ、これ…」

俺は思わず息を飲んだ。それもそうだ。医者や看護師が何人も慌ただしく動いていた。

ベッドに横たわる男は、体には点滴が繋がれ、いろんな管やケーブルがあちこち繋がれていた。


「おい……これが『父親』だってのか…」

フィンクスはこくりと頷いた。

「そう、この方が君の父君…皇帝陛下であらせられる、モルト公だ。」


死の淵にいる『父親』

察しは付いていたが、いざ目の前に現れると、何もかも真っ白になる。

「どうして…」

「えぇ、ジャン君……君が何を考えているか、この方をどれだけ憎んでいるか。私が調べているだけでも、ひしひしと伝わってくる。でも、お願いだ……声を…声をかけてくれるだけでいいんだ!」

フィンクスは俺に片膝をついて懇願した。それだけフィンクスはモルト公を尊敬し、助けたいかが俺にもわかった。


「……フィン……フィンクス……この匂いは……連れてきてくれたのか…」

しゃべるのもやっとであるはずのモルト公が体を起こしたのだ。しかし、もうすでに目は見えてはいないようだった。

「は、皇帝。貴方様のご子息様をお連れいたしました。」

俺は思わず固まってしまった。今まで殺してやりたいと思っていた男が目の前にいるのに…


「俺は…俺は…」

見えない目を細め、ほほほ、と笑うモルト公。

「その声……マリアと似ておるのう……お前たちには本当に申し訳ないことをした……」


「母さんはいつもあんたのことを話すとき、笑顔だった。でも明けども暮れどもあんたは帰ってこない。母さんが最後どうなったか知ってるか?流行病で、ボロボロに痩せて……それでも明るくて……俺をここまで育てて…うっ…」

やっとの思いで絞り出しながら、モルト公に話す俺は、いつの間にかぽろぽろと涙を流していた。すると、看護師と医者に支えられながら、モルト公は立ち上がったのだ。


「皇帝!ご無理は!」

フィンクスは慌てて駆け寄り、支えになった。

そして、モルト公は俺を抱きしめたのだ。

「すまない……すまない……マリアも君もを助けてあげられず……最期の最後まで、こんなことしかしてやれない…不甲斐ない父を許しておくれ…」

もう見えていない目を開き、俺をしっかりと見据え、涙を流していた。

俺は真っ直ぐなモルト公の瞳を見て、声を上げて泣いた。


俺は暖かさが欲しかった。

パパとママ、そして俺で暮らしたかった。

家族がほしかった。

憎んでも憎みきれない。

モルト公に包まれ、俺はどこか安心した。

これまでに溜まっていた涙が溢れた。



それからモルト公は少し持ち直した。

モルト公の無理にならない程度に、俺は宮殿で寝泊まりしながら数日間かけて、離れ離れだった間の俺とママの思い出話、少ない時間ではあったが許されるだけ話をした。

医者も驚く程の回復ぶりだったそうだ。


「ジャン、お前はわしのようにはなるのでは無いぞ。」

「どういうことだよ、皆から信頼されて、尊敬された男のくせに…」

モルト公は俺の頭を撫でながら、少し悲しそうな顔をした。

「だからじゃよ…」

そういうと、モルト公は力無く手を下ろした。いや、落ちた、と言った方がいいだろう。

それから、一週間後にモルト公は亡くなった。

また俺は天涯孤独の身…



「ジャン君、少しいいかね」

国をあげてのモルト公の葬式の間、魂が抜けたような状態だった俺にフィンクスが声をかけた。

「なに…」

「君に会わせたい人が…」フィンクスが言うや否や、俺の部屋のドアがぶち破られた。

「だーっはっはっは!!おう、スラム街の隠し子って、おめぇか!おぉおぉ、似てんなぁ、兄貴に。」

俺は状況を飲み込めずに居ると、フィンクスはこの粗暴な女性を紹介してくれた。

「この方は次期皇帝、モルト公の実妹であらせられる、ハツカ様だ…ハッチャ…ごほん…ハツカ様、普通にドアを開けて来てくださいよ。」

「わりぃな、フィン!よーし、わっちがハツカだ!今日からおめぇ、わっちの下について勉強しな!」

フィンクスは深いため息を付いていたが、ハツカにゴリ押しされ、そのまま俺はハツカ様の従者、そして認められ筆頭大臣として努めた。


ーーーーー

「で、俺は皇帝としての力を得たってわけよな。」


「え...?」

耳元で突然声が聞こえ、陸は飛び起きた。そこはまだ静寂と暗闇が広がる地下牢。すると外から押し殺したような笑い声が聞こえた。


「くっくっくっくっ......汚ねぇ顔......ぷっ!」

陸は皇帝だと気が付くと、怒りのまなざしを持って、鉄格子に向かっていった。

「あんた!どういうこっちゃ、なんで俺が地下牢に!そもそもあんた、自分の部下をなんだと!!」


「あぁ〜、それな......もういいぞぉ!」

ジャンが合図すると、今まで広がっていた闇が一気に白んだ。思わず目を背けた陸。目が慣れてきて見ると、皇帝の横には零と翡翠が何食わぬ顔で立っていた。


「零さん、翡翠さん、無事だったんですね。」

「ごめんねぇ、陸様......ジャン様やりすぎちゃって、ここまでやるとは思わなくて」

翡翠が何を言っているのか、陸はわからなかった。

目をパチクリしている陸に何かを察した零がジャンに尋ねた。

「あの、ジャン様、陸様には説明は?」

「ん?いや、先に『わけわかんねぇ』って顔見たくて、まだだ!」

零は今までに見たことの無い形相でジャンに詰め寄った。

「だぁからあんたいっつも勘違いされるんだって何回言えばわかるんだ!」

零も翡翠と同様、様子がおかしい。


しばらく考えていると、ジャンが廊下に正座して頭を下げた。

「すまん!思ったより興がのって、やりすぎちまった......いや、違うんだよ、ほら、お前どうも本気出すの嫌がってるみたいじゃん?だからさ、どっかで本気になってもらわんと困るなぁって......だからさ」

間髪を容れず陸は怒りを顕にした。

「だからって、自分の部下を酷い目に……え、水?ありがとうございます……ぷはっ…あれ?」

陸は零から差し出された水を飲み干し、改めて考えた。

武道場でのことが何日前かわからないが、それにしても二人とも何ともなさそうな様子。


「え〜っと…零さんと翡翠さんは、あれだけやられて、大丈夫だったん…ですか?」

2人は顔を見合わせて答えた。

「あぁ、あれですか。あれしきの攻撃凌げないのであれば、ジャン様の傍には居られませんので。」


つまり

この宮殿にきて、今この状態は


全て演技


ということだった。


「いや、このままだったら、お前は鳥野郎共に瞬殺されてた。それはマジだ。で、考えたんだよ、俺だってさ……宝治からな、お前の力を覚醒させてやってくれ、って言われてたのもあってな。俺が煽れば発奮するかなって思ったんだけどぉ…」

「それで二人ともやられた演技を…」

陸はやっと状況が理解できた。

「そゆこと。で、気絶する寸前、ちゃぁんと覚醒した。でも…それと同時に、お前は暴走しかけた。だからぶん殴ってでも止めなきゃいけなかったんだわ。」

ごめんな、と軽く謝罪しながらジャンは続けた。

「それと、陸よ。お前の中には木と…闇って属性があるのがわかった。」


通常、名のある映絵師やアーティスト、それに準ずるものは『属性』と言われる固有の力をひとつ持つ。なんと、陸は珍しい『ふたつ持ち』という、属性が二つ宿る体なのだ。

しかし、属性によっては、覚醒後に暴走することが確認されており、細心の注意を払わねばならないのだ。今回の陸の覚醒では、暴走が起こったらしい。

「俺がふたつ持ち…」

「お前らD-HANDSの中でも、狼とお前2人だけだ。」

狼は『火』と『鬼』という属性を持っている。それは陸も、子供の頃から聞いていた。


「そうか…俺もふたつ持ちになったのか……あ、そうだ!」

陸はさっき見た夢を思い出した。

「さっき、俺が気絶してるとき、夢を見たんやけど…」

「あぁ、あれ?夢じゃねえよ。」

「え?」

もう陸は目が覚めてから驚かされてばかりだ。翡翠がコホンと説明を始めた。

「陸様の見たのは、私の力で『過去を脳に刷り込んだ』んですよぉ」

「刷り込んだ……?」

翡翠の能力は『光』の属性のなかでも強力な『精神干渉』で、ジャンの記憶と眠っている陸の脳を繋いでいたのだ。


「お前が見たオレのあの記憶は…マジなやつな。親父が死んで、ハツカおばさんに代替わりしたとき、修行として俺もここに入ったんだよ。元々が凶暴だったから、フィン爺も最後は疲れてたけどな…で、今のこの強さがあるというわけ」

「本当に大変でしたよ」

階段を降りて来る音が聞こえ、老紳士がやってきた。

「お、フィン爺!」

夢の中で登場した、執事長のフィンクスが鍵束を持ってきたのだ。そこで、やっと牢の鍵が開けられた。

陸の覚醒から、三日が経過していた。


「とりあえず今日からは部屋用意してやる。風呂はいって、身だしなみ整えろ、仮にもここは宮殿だからな。まぁ、明日からは…力の使い方教えてやるよ」


「デレたな」

「デレたわね」

「デレましたな」

「うるせぇ!いいな!明日は暴走しないように、今日はゆっくり寝ろ!疲れをとれ!バカヤロウ!」

三人からいじられるジャンを見ながら、陸は牢を出た。

陸は石段を登りながら、まじまじと自分の体を見た。

ふたつ持ちになって何かが変わってるのかと思ったが、外見に変化は特に無かった。

風呂で鏡を見た時に、自分の顔の酷さに驚くことになるがそれはまた別のお話。


用意されたご飯とベッドに、陸自身も冷静さを取り戻した。




ーーーそして、翌日


「───はぁ…もういい、上出来だ……疲れた……合格!!」



次回、第六話・弐 ─修了─

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