第五話・肆 ー暴君ー


ーーーーー宮殿内の何処か

ジメジメとした暗闇が広がる場所。

ここは宮殿の地下深くにある、古くから刑務所として利用されていた場所だ。

現在ここは使われておらず、近づく者もいない。


しかし、誰もいないはずの牢獄から何やら音がする。

「出せ!なんでこんなとこに入れられてんねん!出せ!出しやがれ!!」

ドアを叩き、鉄格子をガタガタと揺らし、誰もいない通路に向かい叫んでいた。

「あのクソ皇帝…どういうこっちゃ…おい!!」

高い位置にある鉄格子から月明かりが差し込む。


そこにいたのは、様相の変わり果てた陸だった。



ーーー3日前

宮殿での修行中に深手を負ってしまった陸は宮殿病院で治療を受けていた。

皇帝は一応「最低限の治療はやってやれ」と指示していたようで、素早く治療をうけることができた。


「陸様、早速ですが、宮殿に戻りましょう。」

「兄さん、少しゆっくりしてもいいじゃない」

皇帝の付き人である小柄な鳥族の兄妹、零(レイ)と翡翠(ヒスイ)。ふたり性格は真逆だが、仲のいい兄妹で陸がまだ小さいときからずっと皇帝の付き人をやっている。


「しかしだな、ジャン様からは治療は最低限ですぐ戻せと言われているではないか。」

兄の零は真面目な性格で、固いイメージがある。

「すぐって言っても、少し休憩しないと、初日からこれじゃ陸様の体がもたないわよ。ジャン様だって少しは手加減して手ほどきすれば…」

妹の翡翠はのんびりとした性格で、物腰柔らかなイメージがある。


「翡翠、その辺にしておけ…お前はいつもいつも余計なことを言って窘められているだろう」

零は鋭い目つきで翡翠を制した。

「はいはーい。いいじゃないですか、ねー陸様」

二人はああだこうだと言い合いをしていたが、零が折れ、ジュースを飲んで一息ついたら宮殿に戻るとまとまった。


「それにしても陸様ぁ、もうすこし覇気というか、なんというか…」

「うむ、本気が出せない性格という印象でございます。しかし、ジャン様のような性格になれとは言いませんが、もっとご自身のことを信用されてもよいかと思います。」

「自分を…信用……」

思い当たる節はあった。


鳳一家の闘鶏(しゃも)にD-HANDSが襲撃され、死体の山となった仲間の尊厳を傷つけられたのを目の当たりにした。

あのとき…自分の中でドクンドクンと黒いものが湧き上がる感覚があった。


怒り

いや、怒りとは別の何か…


それが体の底から湧き出し、全身が焼かれるような感覚…もしそれが解き放たれたとき、どうなるかわからない…あの感覚には恐怖を覚えていた…

正直、あの場に鉄がいてくれて本当によかった、とさえ思っていたくらいだ。


モヤモヤとした思考が頭を駆け巡り始めたとき、翡翠が手を叩いた。

「そうだわ!兄さん、私達で指導しましょう、そうしましょう!」

「しかしだなぁ…」

翡翠の提案に零が難色を示している。

「でも、ジャン様、この後会食と取材でしょ?」

「うむ…確かにジャン様は応接室だが…うぅむ、少しならいいが…」

「それじゃ武道場行きましょ!さぁさぁ!」

翡翠はふふんと笑い、陸と零の手を引き、武道場へ向かった。



「チッ…あのバカ共…」

その姿を自室の窓からジャンが眺めていた。

「ジャン様、如何したしますか」

自室にいた老執事が尋ねた。ジャンはため息をついて、窓辺の椅子に腰をかけた。

「ちょっと作戦変更かなぁ…」



武道場へ到着した三人は、道着に着替えて鍛錬をはじめた。こと戦いにおいてはズブの素人である陸には、ジャンにただ叩きのめされるだけの時間より充実していた。

鍛錬を始めた次の日、早速事件が起こった。


「ぐはっ!…陸様…お見事です。昨日の今日でここまで動きが良くなるとは驚きです。」

「すごいわ、陸様!こんな短期間で…やはり炎様と陸様は天才なのね」

手を叩いてはしゃぐ翡翠。

「いや、おふたりの教え方が上手いんです。俺は炎にぃとちがくて天才なんてそんな…」

翡翠の言葉に照れて謙遜する陸、すると零は陸の肩を掴み、声をかけた。

「陸様、あまりご自身を下げるものではありませんよ。」

「…でも…」

すると、武道場のドアが乱暴に開いた。そこにはジャンが立っていた。

「よう、強くなったんか、ワンコロ弟」

相変わらずニヤニヤと小馬鹿にした高圧的な態度だった。

「皇帝陛下!陸様は基礎体力、応用力共に申し分な…く…」

ジャンにかけより喋り始めた零は、すでに目の前にジャンがいないことに気付けなかった。

「ジャン様…」

振り向くと同時に武道場の壁に叩きつけられた。

そして、首を掴まれ持ち上げられている翡翠と蹴り飛ばされた陸が見えた。


「余計なことしてんじゃねぇよ、バカ兄妹が!」

「も…申し訳ございません…しかし…ぐぅっ!」

首を持つ手に力を入れるジャン。翡翠は更に苦しそうに悶える。

「何?俺様に口答えしようとしてんのか?あぁ!?」

更に力を入れようとしたジャンは、得体の知れない感覚にゾクリとした。



「やめろ」

振り向くと、自分を睨みつけながら立ち上がる陸がいた。



「あん?」

「や め ろ」

立ち上がりながら、ジャンを睨みつける陸。


「なんだおい、いっちょ前に殺気まで出せるようになったか?」

ジャンは鼻で笑いながら、翡翠を床に叩きつけ、踏みつける。

「てかさ……やめねぇよ?やめるわけねぇじゃん?てめぇの部下の躾は自分でやらなきゃいけねぇだろ?」


「やめろやめろやめろやめろやめろやめろお お お お お !!!」

陸の周りから、どす黒い気がユラユラと漂いはじめた。一瞬、驚いたジャンだったが、

「うるせぇんだよ!!!」

と、渾身の力で陸を殴り飛ばした。


「おい、衛兵!こいつを地下牢に入れとけ。てめぇら兄妹は…執務室に来い!」

控えていた衛兵は気絶した陸を抱え、運び出した。

一瞬目が冷めた陸は、悔しさと怒りの眼差しでジャンを見ると、今まで見たことのない悲しげな表情でうつむくジャンの姿があった。


陸の意識は、ここで再び途切れてしまった。


そして陸は、不思議な夢を見た。

ーーーーー


「見つけた。やっと見つけたよ。」

こんな路地裏のゴミだめに見目麗しいシルクハットに黒服の紳士が来た。

「あ?そうだけど、なんだよてめぇ…自分から殺られにくるとか頭おかしいんじゃねぇの?」

「まぁ、そう言わず…君の母親はどうしたね?」

いちいち癪に触る喋り方だ…それに母親?

「死んだよ。だからなんだ。」

俺はナイフを片手に立ち上がった。

「そうか……すまないことをした…」

紳士は悲しい顔をして、深々と俺に向かって頭を下げた。

なんだこの男は…ママのこと知っているのか?

「私は君のお母様を助けられなかった男…それに君の父親を知る男…グフッ」

紳士が『父親』と言うや否や、俺は紳士を殴りつけていた。

『父親』という言葉にはものすごい嫌悪感がある。それはそうだ、俺と母親をおいて一切家にも帰らず、一方的に捨てられた。そんな『父親』いるかよ。


「父親を知ってるだぁ?!今すぐ連れてこい!!ぶっ殺してやる!」

「…あぁ、はは…私はそのために来たようなものだ。時間はあるかね、付いてきてくれ…君の父君はね、君と会いたがっているのだ。私に探すよう頼んできたのだよ…」

ついに母親の仇が討てる…あぁ、俺の生きている意味、やっと死ねる。ママ…俺はやるよ…

「…わかったよ…」

俺は持っていたナイフを捨てた。でも問題ない、ナイフは一本じゃない。ポケットにしまってある、手に馴染んだ小刀を手で撫でた。

「…では、付いてきてくれ」

俺は紳士について、歩き始めた。


この街は怠惰で、暴力的…俺もそうだが、クズばかりだ。金や物は奪いあう、逃げられないなら殺せばいい。

無秩序、それがこの街だ。


「君はこの街を見て、何か思うところがあるかね?」

「あ?ねぇよ。弱いやつは奪われ殺される。生きるのはずるいやつ、強いヤツ。信念なんてねぇ。この街で俺は誰にも負けねぇように生きてるだけだ。」

紳士は、ふむ、と一言だけ相槌を打ち、隠してあった車に乗り込んだ。


「乗りたまえ。少し離れたところへ行く。」

そして、街から遠く離れ、拾った新聞や街頭テレビでみたことがある建物の前にたどり着いた。

「…おい…どういうことだ…なんで俺がこんなところに…?宮殿だと?」

「あぁ、君の父君はここにいる。」


今まで裏の世界と言ってもいい場所で生きてきて、こんなに冷や汗をかいたのは始めてだった。

さすがにビビった俺は紳士に確認した。


「まさかたぁ思うが…」

紳士は宮殿を見上げながら、

「そう、ここはこの国の中枢である宮殿だ。君でもさすがにわかるだろう?」

車を降り、さぁと促す紳士。

「俺の父親って…どんなヤツなんだよ…」

ふむ、と少し考えたあと、紳士は答えた。

「君が思うほど、悪い人ではない、かな。」


そんな馬鹿な。

俺とママを捨てた男だぞ。何故そう言い切れる。

「この方は、確かに若い頃は傍若無人。歳をとっても変わらず、手を焼いた。しかし、ある時を境に、一気に大人しくなり、あの様なスラム街を助けようと動き始めた。」

ちょっと待て…

「丁度、12年前…あの方が大人しくなったのは、それくらいか。」

それ以上言うな…

「あぁ…聡い君ならもう分かったはず…君の思っている通りだ。」

俺は膝から崩れ落ちそうになった。俺の憎むべき男が、まったく手の届かない場所にいた。

そして、今自身の今後がうっすらと透けて見えてきたからだ。

「嘘だ…嘘だ、こんなこと…」



「さぁ、君の父君が待っている。もう時間はない…

覚悟を決めたまえ。ガリアーノ・ジャン君」

殺す覚悟など、何時でもできていたはずだった…ポケットに手を入れて、震える手を必死に抑えるように、小刀を握りこんだ。



次回

第六話・壱 ー継承ー

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