第五話・参 ー焔槍ー

「えぇ〜…なんやこれ…」

炎は自分の手に握られた槍を見て呆然としていると、周囲の木偶人形から攻撃を受け、吹き飛ばされてしまった。瞬間、槍はふっと消えていた。


「ちょっと炎ちゃん!大丈夫?!」

郭公は木偶人形を停止させ、炎に走りよった。

「……あー、なんやあれ…でも手応えあったぞ、カッコ!!これやこれ…はは、やっと見つけたわ…俺の…」

炎は郭公の肩に掴まり、立ち上がろうとする。

「とりあえず一旦治療するわよ!ほら、立って」

郭公の手を振りほどき、フラフラと動かぬ木偶人形の前に立つ炎。

しかし、ファイティングポーズを取りながら、そのまま前のめりに倒れてしまった。


「炎ちゃん!!」

「あかぁん……集中力切れて、足動かんようになってもうた…」

もちろん、炎の足はまだ完治していない。しかし、座禅修行で得た集中力と寺に充満している炎の気のおかげど、なんとか保っていただけなのだ。


「ちょっと!パパぁ!銀さぁん!」

郭公が叫ぶと、ドタドタと足音が聞こえてきた。

「どうした、カッコ…炎坊!何があった!」

銀は、ニヤニヤ笑いながら虚空を掴もうとする炎を運んだ。

「大丈夫か!」

ぼやぁとした顔で銀を見る炎。

「あぁ、銀じぃ…なんの、集中力が切れただけやって…でも見つけたで、俺の、俺自身を…俺自身の武器を…」

炎は興奮気味だった。体を起こし、なおも立ち上がろうと藻掻く。しかし、体が言うことを効いていないようだった。

「くそっ…足動いてくれ…いや俺が悪いんやけどな…あぁもどかしい!」

「大丈夫だ、今日は休め。寝てねぇんだろ、昨日俺があんなこと言っちまったばかりに…お前はちゃんと成長したよ。」

銀はまるで自分の子供のように炎を包みこんだ。

宝治から預かっている大事な『未来の子供』だから。いや、英雄のなかでは、武市も炎も陸も…今は敵になってしまった三毛も、大事な『未来の子供』なのだ。


心を鬼にして叩き直そうと思っていた。しかし、武市も炎もしっかりと成長していた。ちゃんと『未来』はつながり、啜んでいるんだと、銀も理解したのだ。


少し休んで、炎の興奮も冷めてきた。

「大丈夫か」

「すまんな、銀じぃ、カッコ、住職…」

カッコも住職も、微笑みながら炎を見つめていた。


「あぁあ、こんなん陸に見せられへんな。」

「はっはっはっ!違ぇねぇ。アイツなら、兄さん!兄さん!って取り乱しそうだ…」

しかし、ひとつだけ、心配なことがあった。

「そう言えば、ジャンの野郎、何にも連絡寄越さねぇ…あの野郎…また何か企んでんじゃねぇだろうな」



ーーーーーところ変わり、宮殿…炎の木偶人形修行より数日前


舞踏会も開かれるような大広間で、ジャンは一人あぐらをかいて座っていた。

壁には何かがぶつかったり、削られたような跡が見られる。


「おーい、聞こえてるかぁ?死んだかぁ?」

銀の心配を他所に部屋の隅には、陸が壁に打ち付けられた状態で倒れていた。

「死んだなら俺の仕事終わりなんだけどよ、返事ぐれぇしろ!」

ジャンは、つかつかと、わざとらしく足音を鳴らしながら近づいて、陸の顔面を蹴り上げる。

蹴りが気付けになったのか、陸は体に力が入らない中、やっとの思いで体を起こす。


「ぐっ…くそっ…」

立ち上がろうとするも、すぐに崩れ落ちてしまう。

「あぁあ…あのよぉ、俺も弱っちぃヤツにいつまでも教えてらんねぇんだよ、ん?わぁってるよな?」

そういうと、ジャンは立ち上がろうとする陸をまた蹴り飛ばした。

「立つならパッと立てや、アホ。あー疲れた…弱いやつに合わせると疲れるんだよな...さぁて、今日の酒はなぁに呑もうかなぁっと...」

そう言いながら、大広間から出ていってしまった。


「くそっ…あんなのが皇帝でいいのかよ…あいつはただのーー」


ーーーーー


「ーーーあいつはただの殺し屋、いや壊し屋だ。皇帝じゃなければ今頃生きてるか死んでるかわからねぇヤツだったんだ…だからどうなってるか、連絡よこせって言ってるのに、連絡もつかねぇ…」

銀は炎の横で、陸に対する心配を吐露した。

「そうやったんか...ほな、陸をそんな奴んとこにいつまでも預けてられへんな!」

立ち上がろうとする炎。しかしやはり少し休んだだけでは、力は回復していないようで、すぐによろけてしまった。


「無理はすんねい、炎坊...それに、修行がつらかったら、つらいって言ってくれていいんだ。」

ここで未来を潰えさせたらいけないと、銀は声をかけた。息子と呼ぶに等しいような若者へ、あまりに自分らしくない言葉、と銀は思っていた。

「何をいうてんねん、修行がつらいんやったら、また逃げ出しとるわ。でも今、俺がつらいんは…芝おじがうちを裏切ってしもうたことや...その芝おじを簡単に殺しよって…守られへんかった……すまん、銀じぃ、やっぱいったん寝るわ...」


銀は、おう、と一声かけた。

「銀さん…」

カッコが心配そうに銀を見ていた。余程ひどい顔だったのだろう。

「すまねぇ、今日は中止しよう…俺も顔洗ってくる…」

そういうと、銀は部屋を出ていった。


翌日、翌々日と炎は滾々と眠りについた。その中で炎は夢を見た。自身のちゃんとした襲名式だ。

横には宝治、陸、見届け人で狼や銀、それに芝。それに犬族も猫族もほかの種族も分け隔てなく、自分の襲名を喜んでくれている。あぁ早くこういう時がこないものか、と思ったのもつかの間、気が付くと病院で縛られている自分がいた。両足がない。ない、ない!と探す夢に変わってしまうのだ。


悪夢ーーーとしか言いようがないくらい、希望から絶望へとたたき落されるような夢...


しかし、今の炎は違った。夢の中で叫んだ。


「足が無かったら!這ってでも、腕だけでも、首だけになっても俺は生き続けたるぞ!!!」


真っ暗な病室が光で包まれていった。




5日目、修行時間のタイムリミットが近い中、炎はようやく起きた。

「おはようさん、こないだはすまんかったな、銀じぃ、カッコ…」

朝餉の席にゆっくりと現れた炎。

「あんたもう大丈夫なの?」

「でもなんかスッキリした顔だな…やれるか?」

銀は笑顔で問うた。炎からの返事は

「ええで」

と、憑き物が落ちたような表情で、落ち着いた言葉が返ってきた。


そして朝餉のあと、ついに炎の修行の時間が訪れた。

この修行は最終仕上げへの第一歩、時間との勝負になると、銀から事前説明を受けた。正式に時間を計るため、スタートの合図が必要だったがそれは火喰が行なうこととなった。


「では、炎様、よろしいですかな?」

「あぁ、いつでもえぇで...」

炎はいつになく冷静であった。


自慢の弟が、あのいけ好かない皇帝について何をされているか気が気ではない。それに街も、鳳一家のことも気が気ではない。むしろ心は焦っているのは自分にもわかっていた。しかし、心は燃え滾る炎というより...


「炎ちゃん、まるで...」

「あぁ、まるでおきたての炭だな、こりゃ。どんどん熱くなってきやがる。はは、こりゃ、やるかもな」

銀は確信していた。炎は必ず修行をやり遂げると。


「では、1時間1本勝負!1万体の木偶人形対炎様!始めぇ!」

スタートと同時に、郭公がストップウォッチを押した。そして、火喰と銀は話があると出て行った。

「で、銀さんや、話ってのはどんな話だい」

「いやね、ジャンの野郎と連絡がつかんのですわ...無茶してなきゃいいんですが。」

やはり銀も陸の状態が確認できないのが、不安でしょうがないようである。

「ほっほ、奴めも考えあってのことだろうて...多分...言われたら奴もやりすぎる手合いがあるからのう...」

銀の気配に火喰も一抹の不安を覚えた。


それから暫く部屋で二人、鳳一家討伐の話をしていると、本堂からズドン!と大きな音が鳴り響いた。

銀と火喰が慌てて向かうと、本堂の壁が完全に崩れていた。がれきの中には郭公が倒れていた。


「おお…!郭公!どうした!」

「ん...パパ...銀...さん!はっ、ちょっと聞いてよ!あのバカ、マックスで力使っちゃって、一発で1万体倒しちゃったの!」

3人とも信じられないという面持ちで、本堂の方を見た。

するとそこには、二本の槍を持った炎の姿があった。

「......ふぅ...んお?銀じぃ、終わったで?」

あっけらかんとした笑顔で銀に声をかける炎。

「終わったでじゃねぇよ...なんだよこれ...」

あまりの銀たちの表情に、おや?と思いながら辺りを見回す炎だったが、あまりの惨状に叫んだ。

「ん?んなぁ!!!なんじゃこりゃ!!!え、これ俺やったん?!」

やはり、炎は周りが崩れさるほどの力を使ったことに、炎は気がついていなかったのだ。


「なんて事してくれてんだ!馬鹿野郎!…あ?その槍はなんでい」

銀は炎の手にある槍を指さした。

「おぉ、これ?こないだ、こっちの赤い方出したせいで、ぶっ倒れてんな。で、今日始まる時に『あれ出してぶっ倒れるくらいなら、分割しましょ、分割ついでにちいちゃくしましょ』って考えてたら…こんなんなりましたぁ、へへへ」

炎の手には、先日も出した赤く燃える槍、もう片方の手にはなんと

「氷の...槍?」

炎の属性とは真反対の槍が現れていた。

「そ、そういうこと...みたいやなぁ...なんでやろ」

すると火喰が驚いていた。

「なんと…炎様の槍は...まるでこの仏様のようじゃのう…陰と陽の力を使って世を平らかにした神様じゃ…もしかしたら、ご加護があってのかものう。」

そう言いながら、本堂に置かれていたであろう仏像をみながら、手を合わせていた。

そして、郭公と一緒に木偶人形を確認しはじめた。

「ふむ、確かにすべての木偶人形の急所を捉えておる...文句なしじゃ..して、郭公や、時間は?」

「え?うっそ……あんた、宝治おじ様より早いわよ…28分...15秒...」


タイムを聞くと、炎は自慢げに誇ってみせた。しかし次の瞬間、銀からのきついきつい拳骨が待っていた。

「一体どんな力使ったらこんなことになるんでい!!アホたれ!」

「いだぁ~...ま、まぁえぇやないの、修行の成果やって」

「あんたね、あたしん家壊しといて、何言ってんのよ!」


すると、火喰が

「ほっほっほっ、やはり炎様は炎様のようじゃのう。なぁに、この寺は時期に復旧する。ほれ、みてみぃ」

火喰が指を刺したところが、徐々に修繕されていった。

「この本堂は仏様からの不思議な加護を受けておるからのう、技を食らったくらいでは困らんよ」


「でも…うん…すんまへん…」

冷静になり、周りを見渡した炎はさすがに詫びを入れたのだった。

それから、改めて炎の技を外で見た銀は、太鼓判を押して炎の修行を終わらせたのだった。



ーーーーー

ぴちょん、ぴちょんと天井から雫が垂れる暗闇の中から、猛獣のような叫びがこだましている。



「出せ………出せぇ!出しやがれ!!!」



次回

第五話・肆 ー暴君ー

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