第五話・弐 ー自覚ー
翌朝、銀は炎の部屋をノックした。
まったく返答がなく『これは気を引き締めてやらないと』と思い、バン!と鼻息荒くドアを開けた。
するとどうだろうか、いつもなら『ほえ?あ?銀じぃ?』と二日酔いでノソノソと起きてくるはずの炎がいないのだ。
「なんでぇ…トイレか?まさかあんだけやったんだ、抜け出すなんてねぇよな…」
拍子抜けした銀は、トイレのほうへ歩を進めると郭公が歩いているのが見えた。
「よう、おはようさん、カッコ。炎、見なかったか」
「あら、おはようございますぅ。炎ちゃん?見てませんねぇ…あら…本堂がもう開いてる…?」
銀と郭公は戸を開けた。
開けた先では、すでに炎が座禅を組んでいた。
「あいつ…まぁ一歩成長したか…」
銀はそういうと、後ろからそっと炎に近づくと、何やらぶつぶつと呟きながら集中しているようだった。近づいてよくよく聞いてみると…
「終わったら酒飲みたい…終わったら酒飲みたい…」
さすがの銀も郭公もドテンと大きな音を立てコケてしまった。その音に炎はようやく振り向いた。
「お?銀じぃ、カッコもおはようさん、どないしてん?」
「どないもこないもないわよ!何その煩悩まみれのつぶやき!ほら、銀さん見なさい!呆れて…笑っちゃってんじゃん!」
銀はこの状況を整理し、腑に落ちた。
「はっはっは!あーあ、お前は本当に馬鹿なガキだ…はっはっはっは!!」
「俺かて、ちゃんと集中するのに、どうしたらえぇか悩んだっちゅうの…いや、どんだけ笑うねん!」
「いやな…炎、カッコ、周りよく見てみろ、大仏動いてねぇだろ?」
見ると、昨日炎の頭を殴っていた大仏が動いていない。ここまで集中力が乱れたら、もう3人とも吹き飛ばされていてもおかしくはない。
「いや、始めたときは殴られたけども…なんや、ここ出たい、出たら何したいとか考えてるうちに、銀じぃたちが来たんや」
普通座禅は『煩悩を払う』という目的だが、炎は逆に『煩悩まみれ』の方が集中できる、なんとも不思議な状態だった。
「ほんっと…天才ってわけわかんないわよ…」
その後、銀、カッコも参加し、改めて座禅修行に入った。
座禅を始めて1時間くらいが経ったくらいのこと、銀がおもむろに炎に話しかけた。
「んあ?どないしてん、銀じぃ」
「いや、なんでもねぇ」
「なんやねん…」
炎はやはり天才的だ。前日だったら確実に大仏の手がひっぱたいていたところ、平然と話をしている。
「いや、おめぇ少しは寝たのか?」
「まぁ寝ようと思うてんけどな…あんなこと言われたら、色々考えてしもて寝れるわけないやん…」
確かに『二代目の素質はない』と言われて、何も考えないわけがない。炎は炎なりに、現在の状況を整理したのだ。
「俺かて、そこまで神経太くないからな…そもそも、鳳一家の野郎どもがこの街好き勝手して『PUB酔〜とデコレーション』のはるかちゃんが奴らに手篭めにされたらどないすんねん!って思うたら…そんなことさせん!ぴゃぐ!!」
大仏の手、いや、郭公の巨大警策(きょうさく)が脳天直撃で炎はまた星を見た。
「まぁたバカみたいなこと言ってんじゃないわよ!あと、はるかって結婚したわよ?」
郭公は炎に衝撃の事実を伝えた。
「だぁ?!なんやと?!!?」
「先々月かしら、うちの宴会場で披露宴したわよ」
炎はあんぐりと口をあけ、石化してしまっていた。
「ぶっ!だっはっは!おめぇは正直でいいや、あぁいや欲望にな。ま、この調子で集中してくれや」
守るもの(?)が無くなり、白い灰のように意気消沈している炎の肩に手を置き語りかける銀。
「それとよ、炎。俺が二代目に相応しくねぇってなぁ、『まだ早ぇ』って意味だからな。宝治はさっさと隠居してぇみてぇだったから、炎だ!炎だ!って騒いでこうなっちまったけど…二代目になったって、そもそもの力を理解してねぇくせに上になんて立てねぇだろうよ。」
「……んー、まぁなぁ」
「だろ?だからよ、この修行も必然だったってわけだ。でもよぉ、時代は繰り返すもんだな、この修行、宝治の野郎は1回本気で逃走したからな…1週間くらいか」
炎は目を見開き、あの親父が?、と言った表情で銀を見つめた。
「ほほほ、懐かしい話をなさる。」
戸が開き、火喰が現れた。
「宝治は確か初日に厠に行くと言って捕まり、次の日には厠の天井裏から逃げたんですねぇ」
「あれ…くはっ!親子やなぁ、やっぱ」
「ですが、炎様、貴方は充分務められておるよ。大丈夫、ちゃんと力は付いておる。」
へへ、と小さく笑い、炎はより一層集中した。
3日後
「よし、炎坊、そろそろいいだろよ。座禅は。」
「終わり?いよぉし!銀じぃ、俺なんか強くなった気がする!」
銀は静かに微笑んだ。
「座禅だけで強くなれるなら修行なんていらねぇっつの」
なんとも言わえぬしょんぼりした表情になった炎は、虚空を見上げた。
「修行はここからだ。カッコ!例のもん持ってきてくれ!」
そう言われると郭公は、木で出来た人形を一体、本堂に運んできた。息を呑む炎に、銀が趣旨を説明した。
「この木偶人形は、一箇所だけ打撃を与えると簡単に機能が停止するようにできてる。正確に突かないと、その弱点が別の場所に移動する。それでお前には集中力を高め…いや、集中力というもんを知ってもらおうと、いろんな邪魔をしながら座禅に勤しんでもらった。」
「邪魔?」
「そう、たまに話かけたり、酒抜いたり、寺に軟禁したり、わざと自動の肩たたき機の出力を変えたりよ。」
「あれ邪魔やったん…いや、銀じぃに怒られる前は多分引っかかってたけど、なぁ…ちょお待てや!肩たたき機!?」
うんうん、と銀は頷き
「お前の頭引っ叩いたのは、本当は和尚のマッサージチェアだ。それをカッコが改造…いや、今はそんな話気にすんな…それだけ周りに気を取られずにやれたってことだ…成長したな…」
「なんや釈然とせぇへんのう」
まぁまぁとなだめた銀は、スっと人形の前に立ち、構えた。すると、ギギギと音を立て、人形が動き始めた。
「あたしの特製木偶人形ちゃん、いい動きしてるわねぇ」
郭公がタブレットを操作し、木偶人形のスイッチを入れていた。
銀はじぃと迫る木偶人形を見て、すれ違うように手刀を繰り出した。木偶人形は、パスンという音とともに動かなくなった。
「すご!なんて技や、銀じぃ!」
「あ?ただの手刀だっての。一発当てりゃ止まるんだ、そんな大層な技はいらねぇ...冷静に観察すること、これをしっかりやればどうとでもなる。」
銀はそう言い残し、本堂を出て行った。
「じゃ、あとはあたしが担当するわね。いっくわよぉ!」
タブレットの画面をタップすると、本堂のいたるところから木偶人形が飛び出してきた。
「げぇ!きもちわる!」
「炎ちゃんには、1万体の木偶ちゃんと戦ってもらいまぁ~す。レッツラ~...ゴー!」
郭公は某びっくりどっきりするメカのように、ポチッとなと呟きながらタブレットのボタンを押した。
全機から、ピピピッと甲高い音が鳴った。その瞬間、木偶人形の視線がすべて炎に注がれた。ガシャリガシャリとうごめく姿に、さすがの炎も身震いしていた。
「へへへ...やるっきゃないやないか...もう!なるようになれぇ!!」
炎はまるで、俺たちの戦いはこれからだ、と言わんばかりに木偶人形に飛び込んでいった。
打撃は与えるものの機能停止まではいかず、炎はボコボコにされるしかなかった。
炎は考えた。木偶人形から殴られ、生身の犬族やほかの種族とケンカしても、これほど痛いことはなかった。やはり無策で飛び込むべきではなかった。
「ぐふォ…」
「炎ちゃん!」
炎は殴られ、気を失いながら、考えた。
自分の弱さ、力に頼ってきた今までの人生を。
目が覚めると、すっかり夜も老けていた。
「何回気絶しとんねん、俺は…クソ…」
隣の部屋の襖が開き、郭公が顔を出した。
「あら、お目覚め?」
「ん、あぁ…すまんな…起こしてもうたか?」
いいえ、と言いながら、炎の部屋に入り腰を下ろした。
「そういえば、あんた覚えてる?あたしらの仲良くなったときのこと」
まだ炎と陸が小さい頃、外で遊んでいたら遠くで郭公が虐められていた。それを助けたのがきっかけだった。
「あぁ、あったなぁ、そんなことも」
「あったなぁ、じゃないわよ!あんときあんたがぶん投げた奴のせいで、おでこに傷残っちゃったんだから!もぅ!」
ケタケタと笑いながら、思い出話に花を咲かせていた。
「はぁあ、おっかしい…どう?リラックスできたかしら?」
「おう、ありがとうな。さすが副住職や」
「じゃまた明日、ね。」
リラックスしつつ、『自分は陸だけじゃなくて皆を守らなきゃいけない』という気持ちが芽生えてきた。
翌日、木偶人形修行を再開した。
「じゃ行くわよ!」と、郭公がボタンを操作していた。
昨日と変わらず、殴り殴られ、どこが弱点なのか探りながら動き回っていた。
「弱点言うたって、生身は殴れば倒れよるけど…どこにあんねん…」
すると、1体の木偶人形の右胸に一瞬光が見えた。もしかするとこれが弱点だったのか。
見えていた光が徐々に弱くなる。これではいけない、と炎は心でつぶやいた。
「くっそ…あれや!あれを叩ければ!!」
手の届きそうにない木偶人形。すると、炎は手のひらが熱くなるのを感じた。熱いと思う間もなく、木偶人形の右胸は真っ黒く貫かれていた。
「え?…なんじゃこりゃ!!」
木偶人形に伸ばした手には、真っ赤に燃えた槍があった。
次回
第五話・参 -焔槍-
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