第四話・参 ー武市ー
ーーーーー武市と狼の場合
役場での話が終わって、狼は一足先に飛び出した。
「狼さん!待ってくれ!どこに行こうってんだ!」
一応のペアにされた武市は、無言でそそくさと去ろうとする狼を追っていた。
「飯や飯!こちとらジャンに捕まって何日も食うてへんのや!!ついてくんな、毛が飛ぶ!」
「この野郎…」
カチンときた武市も無言でどんどん狼の後ろをついていく。
すると、一軒の中華料理屋へ入っていった。
中に入ると、厨房には冷静に調理しているベテランの店主と店員が数名あわただしく動いていた。イラッシャイマセー!と元気な声、そして片言の言葉でコミュニケーションを取っていて、なかなか繁盛している店だった。
「ここは…」
「俺の行きつけや…ほんましつこいねん…まぁえぇわ、何食うねん。」
様々なお客さんを横目に、奥の座敷にあがると狼はどっかりと横になった。
「狼さん、なんで俺には修行つけたくないんですか。俺が猫手だから手を貸したくないのか……もしくは、もしかして10年前の…」
「それはちゃう!あんときは正々堂々やった、全員…いや、あいつだけか、納得してへんかったんは…しましま野郎だけやな…」
虎が変わっていったのは、10年前のある大会が終わってからだった。徐々に顔つきが変わり、様子もおかしくなっていた。
「確かに虎は...」
「ここは飯屋や、そんな辛気臭い話する場所ちゃう!なんか頼まんかい。」
狼は厚い表紙のメニューを見ながら、2・3品注文した。しかし、ここで狼から思いもよらない言葉がでてきた。
「おっちゃん、こいつにも『おんなじの同じだけ』出したってくれんか」
「えぇ?いきなりスギルヨ!」
今まで冷静だった店主がエプロンを取り、外に飛び出した。そして、あれだけ盛況だった店内も、一気に張り詰めた空気に変わり、殺気だったのを感じた。
どうやら、狼に対して、というより武市に視線が注がれているようだった。
「俺の修行その一!ここにいる全員と戦うことや。ま、これは俺と宝治さんもやった修行や。あ、ちなみに、ギブアップしたら、わしはお前の修行から降りるからな。」
武市は爪をむき出しにし、臨戦対戦を取った。しかし、誰も席を立たず、ただひたすらにテーブルに向かっていた。
「あれ…?狼さん…戦うんじゃないんですか…?」
狼はピッチャーの水を飲みながら、横になったまま、
「アホかおどれ!ここにいるカタギの皆が俺らみたいに戦える思うなよ!飯や、飯!ここはな、泣く子も黙るフードファイト専門店じゃ!!」
「ヨシ、作るワヨ!」
店主が大量のダンボールと共に戻ってきた。
そこから数分後、各テーブルに山盛り...いや、皿に乗りきらないほどのチャーハンを店主が置いていくではないか。こんがり揚がった唐揚げや、ごま油の効いたチャーハンの香りに、武市もゴクリと唾を飲み込んだ。
「狼さん、今日はなんとかギリギリデキタよ...今度は予約するネ!」
店主が狼に言うと、すんまへん、と一言笑顔で答えた。
「デハ、みんなヨロシか!制限時間90分!玉胃宴(ぎょくいえん)特製爆発チャーハン、ヨーイドン!」
合図とともに、各テーブル一斉に食べ始めた。
「こ、これは...」
老若男女問わず、一心不乱にチャーハンをかきこんでいく。
「お前驚いてばっかやのう...はよう食えや、知らんぞ?」
すでに狼は山の約1/5を食べ終えていた。慌てて武市も食べ始める。普段食べない量のチャーハンにしり込みした。周りの異様な姿に驚きながら、横の壁を見ると...
「狼さん…あなた…!」
狼はこの店の初代、9代、そして現在18代大食いチャンピオンであった。
「ほーれ、どうしたぁ?」
すでにのぞき込まなくても顔が見える位置まで狼は減らしていた。
「いただきます…え、うまっ!!」
武市は極上のチャーハンに思わず声を上げた。
数分後、狼を追いかけながらチャーハンをかきこむ武市。
「兄ちゃん、無理せんでえぇんやで!」
「そうそう、狼の旦那が早すぎんの!」
「味わったらヨロシ、ネ?」
店主や、ギブアップした客からのエールに、武市は少し笑ってしまった。
「ははは!まだいけます!」
ふと考えた。
武市は、初代から受け継いで二代目として猫手会をまとめ上げようたしている。でも最近、素の武市として、心の底から笑ったことがあっただろうか、と。
猫手会の地位向上のため、昼夜問わず働き詰め。飯は忙しい合間に少しだけ…最近は夜もろくに食わず、寝酒とつまみ程度だった。
あぁ、こんなに笑いながら食う飯はいつぶりだろうか。町中華の味が体の奥底まで染み渡るのを感じていた。
「狼さん…俺はあんたに憧れてた。10年前のあの大会、あの絵…猫手をでかくしたい、あなたに追いつきたいと願ってきた…だから、いま思ってもない状態だ…あなたに絶対修行を付けてほしい!」
武市は食った。必死に食らいついた。がっつき、かきこみ、味を確かめながら。
いつの間にか、皿には何もなくなり、周りから健闘を称えられていた。
「…食いおった…はぁ…お前が言うてた、憧れてた男はもうおらんで?さすがに爺になってもうたからな…それでもえぇんやったら、俺の無茶ぶりにも耐えたんや。修行つけたらなあかんか…猫手に余計な力つけるような気もするが、そんなことも言うとれんっつうことか…」
すでに2杯目に突入していた狼が、ぽつりぽつりと目の前のチャーハンを流し込みながら(若干嫌そうだが)修行をつけることを了承した。
「ありがとう…うっぷ……ございます…動けん…」
「吐いたラ、負けヨ、オニイサン」
と、店主も満足気に笑っている。
「ほんだら、明日や…明日、町外れの老杉に来い。遅れてきたら、シバくからな!」
「あのでかい木…ですか。わかりました!」
そういうと、あっという間に2杯目を平らげ、店を出て行った。
ーーーーー
翌日、呟焼町の外れ、そこには老木とは思えないほど大きな杉の木がある。木の下には大きな祠と祭事場があった。御神木としても崇められている一本杉まで来た武市は、木を撫でながら憧れの狼に修行を付けてもらえると逸る気持ちを抑えていた。
すると、ドスドスと足音が聞こえた。
「おはようございます、狼さん」
「よう、遅れんと来れたみたいやな、ほなやるぞ」
少しだけ遅れてきた狼はさっそく杉の木の前に立った。
「3割やな…」とつぶやくと、木を一撃殴った。
「え、これだけ?」しぃんと静まり返った林の音に武市は思わず呟いた。しかし何も起こらなかったと思われていた杉の木が徐々に大きく揺れた。揺れに揺れて、木に留まっていた鳥がすべて逃げ出してしまった。あっけにとられていた武市に、狼が一言。
「はい、これ、やれ」
「え?これを!?」と狼狽する武市は、『要するに木を殴り、狼のように木をしならせればいいのか』と考えた。
「…なるほど、わかりました。では…青龍砲!」
武市は構え、木に全力をぶつけた。
「いっ!!!…え?」
ドォンという音が響くが、木は微動だにしていなかった。
「はぁっはっはっは!やっぱそんなもんやってんなぁ…こら戦われへんわ。」
一部始終を見て、ついに耐えられなくなった狼。武市のきょとんとした顔がよほどツボだったのだろうか、笑いが収まるまで少しかかった。
「どういうことだ…フルパワーだったのに…」
「あぁ、おかし…もっかいやってみ」
言われるがまま、武市は別の技を放った。
すると木は葉を少し揺らすだけで、やはり狼のようにはならなかった。
「なぜだ…」
「よっしゃ、そんなら俺にぶつけてみ」
武市は耳を疑った。今まで人に技を打つことはなかったからだ。
「いや、でも…」
「えぇからはよ全力でこいや!」
少し苛立った狼に気圧され、全力で技を放った。
「青龍砲!!!!……なんだと…?」
土煙が晴れたそこには、首を鳴らしながら、まだか?というような表情で佇んでいる狼の姿があった。
「弱いのぅ…あぁ、そうか、ただぶっ放してるだけやもんな…そうかそうか…あぁ…この木揺らすの何年かかんのかなぁ…これやったら、武器でも持ってきたほうが早いんと違うか?」
ここまで言われた武市は、狼に背を向けて木に何度も技をぶつけていった。
「こりゃ自然破壊かなにかか?そんな無理やり木を揺らしたって、周りになんぞ落ちてくるかわからんのに…知らんでぇ、怪我しても…おぉ、怖いのう…」
さすがに体力が尽き、地面に突っ伏してしまった武市だった。そして狼は、
「青龍砲五発か…まだまだやな…お前の親父はこんなもんちゃうやろ!こないだの中華屋まで走れ!食え!そしてやれや、全力で。俺ぁ帰る。また明日来るでな、な!」
そういうと狼は瞬時に帰ってしまった。
「はぁ…はぁ…食わなきゃ…くそぉ…俺は二代目なんだぞ…猫手全員の思いを…くそぉ…」
武市は地べたを這いながら、泣いていた。
何度目かもうわからないぐらいの挑戦に、武市も苛立ちを隠せなくなってきていた。
「くそぉ!なんでだ!なんでなんだ!!」
武市は悔しそうに膝を叩いた。
「はぁ…はぁ…え?」
叩いた膝に予期せぬことが起こっていた。
なんと、自分の技である竜巻が足に絡みついていた。気が付いた頃にはスッと消えたが、冷静に今の出来事を考えた。
「…なんだ今のは…まさか」
と、もう一度膝を叩いた。武市は声を張り上げた。
「…もう少し…やってみるか!」
少し離れたところから狼は見ていた。
「はっ…アホめが、やっと第一歩かいな…」
次回、第四話 肆 -光明-
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