第四話・弐 ー修行ー
帰路についた宝治は、自分が受けたトラウマを子供たちにも抱えさせるのか、と思い悩んでいた。
すると、弾が、
「あの修行は過酷だった...確かに過酷だった...俺はお前の修行内容は知らんが、俺は...受けるべきだと思うぞ。」
宮殿の前で車にもたれかかり弾を待つ武市を見て、弾もまた荒れた青年時代を思い返したのだろう。
「せやな...あの修行は確かに今の俺らを作り上げたっていうても差し支えはない...けどもなぁ...多分『アレ』をまたやるんやろうなぁ」
『アレ』と言われている修行を宝治は思い返し、身震いがした。
「親父、やっと終わったか。」
「おう、待たせちまったな」
「はっ、こんなん待ったうちに入らねぇっての、早く帰るぞ」
弾は、武市がずっと外で待っていたのをわかっていた。赤くなった鼻、冷たくなった指、それに車の灰皿が武市愛飲のマタタビセブンでいっぱいになっていたから。
「俺らは親子だなぁ...」
ぽつりとこぼすと、車は動き出していた。
「ただいま」
ガラガラと仮住まいのドアを開けると、陸が出迎えた。
「お帰り、親父。どやった?」
「はぁ...まぁ他の絵師連中からの風当たりは思った以上やな...」
そうかぁ、と陸は言葉に詰まってしまった。陸は話題を変え、炎の検査結果とリハビリについてわかったと報告され、うんうんとうなずきながら聞いていた。
「炎兄ぃは幸いにも上半身は問題なし、時間がたてば歩けるようになるらしい。本人のリハビリと頑張り次第やけどな...でも、前みたいに絵を描けるかと言われると、しびれが残ってたら無理らしいて...」話していて、途中から宝治が話半分な様子であった。
「親父?」
「うん...」
「どないしたんや」
「うん...」
「わ、を?」
「うん...」
「聞いてへんやないか!ホンマにどないしたんや!」
「あぁ!?なんや!」
陸のツッコミに我に返った宝治だった。陸の顔を見て、ため息をついた。
「実は今日な、会議のあと、銀からこんなもん渡されたんや...」
宝治は先ほど渡された封筒を陸に渡した。中身を見た陸は
「3日後、呟焼町役場の裏庭に来い?...なんやこれ?」
いぶかしげに手紙を見る陸に、やっぱりか...と宝治は頭を抱えてしまった。
「やっぱやるんやな......陸、お前と炎、それと猫手の武市は今回の鳳一家討伐には参加させられへんっていう決定や。でも、皇帝と銀はやらせる気や...」
「やらせるって何を」
「俺がお前ぐらいのときにやった『修行』ってやつや...」
陸はよくわからんという表情をしていたが、徐々に宝治の表情が曇り、手が震えてきているのがわかった。
「親父、ど、どないし…」
陸の心配を他所に、宝治は話し始めた。
「『修行』は…まさかお前らにも受けさせることになるとは…いいか、3日後奴らは生半可なことはやってこない…」
「奴らって誰やねん」
宝治に尋ねるも、宝治は「すまん、寝る…」とだけ告げて部屋にこもってしまった。『修行』と言われ、何がなにやら得体のしれない不安に襲われながら、三日間を過ごした。
ーーーーー
炎を連れた陸は呟焼町役場に到着した。
「なぁ、陸…役場着いたけど、ホンマにここで えぇんか?」
「うん、役場の裏庭…あれ?銀…じぃ?」
役場の窓に映る辺銀がいた。しかし、いつもの万事屋村前での店主の顔とは違う、何か殺気のようなものが感じられた。しかし、陸の視線に気がついた途端、いつもの銀の表情に戻り、外へ出てきた。
「よう、お前ら。中に入れ、武市はもう来てるぜ」
「なぁ、銀じぃよ、陸から貰うた封筒に書いてあったけど『修行』て何すんねんな」
まだ体が癒えぬ炎は車椅子の状態だった。その状態での『修行』なのだから、何があるのか想像もついていなかった。
「まぁみんな集まってからな…」
銀もどこか疲れた様子だった。
ーーーーー
三日前、宮殿での皇帝と銀の密談に戻る
「ま、これで役者がそろったってわけ...」
「いや、まだだ、ちょっと聞いてくれ......」
銀の言葉を制した皇帝は、この『修行』について、思惑を巡らせていた。
「まず、武市には狼をぶつける」
「なんだと?!やつらの属性は反発するだろ!」
「いいんだよ、今の武市は『火も消せねぇそよ風』だ。なら、あのバカでかい炎を消せるだけの暴風になるまで、努力すりゃぁいい」
風は火を焚きつける。
この世界でいう属性とは【風、火、土、水、天、闇、無】で形作られていた。そして、それぞれに特性があるのだ。
「まぁ、武市は一番実戦経験もあるから、なんとか対処するだろ...問題は」
「炎、陸か...」
「あぁ、炎に至っては体があぁなっちまってるし、一番厄介なのが陸だ...あいつは【無】だからな...」
【無】はこの世界でも珍しい属性である。
言い方を変えると、何物にも染まらないもの、であり、どんなものでも吸収できるものである。しかし使い方、鍛え方を間違えると大変なことにもなりかねないのだ。
「【無】は文字どおり、何もねぇからなぁ...ちょっと考えないといけねぇな...『あいつら』みたいになられてもな...」
「そうさなぁ...困ったガキだ...だが、一番伸びるぜ...」
皇帝は少し笑いながら、キセルに火をつけた。
「ふぅ…で、炎は銀、お前に任せるぜ…俺じゃぁ相性が悪すぎるからな…」
「陸はどうすんでい」皇帝は立ち上がり、執務室を出ようとした。
「そろそろ時間だ…陸は、もう手配済みだ。心配すんなって」
「おい!…手配ってどういうことだ…」
ーーいいか銀、これは生死をかけた戦いだ。
銀の脳裏に一瞬の躊躇が生まれたが、背に腹はかえられなかった。
「いいかおめぇら、ここから先は…」
「死ぬかもしんねぇなぁ」
裏庭から突如私服姿の皇帝が現れた。何やら肩には汚れた麻袋を担いでいた。
「え、皇帝?!おっさん…何担いでんねん。」
さすがにその場にいた全員が驚いた。一番に驚いたのは、合同葬のときやりあった炎であった。
「あなたがなぜここに?」
武市はさも当然な質問を投げかけた。すると、肩に担いでいた麻袋を放り投げた。麻袋は衝撃に「痛っ!」と声を上げ、蠢き始めた。
「えぇ?!この声…こ、皇帝、これは一体…」
あまりの情報量に陸も困惑しているようだ。
「ジャン、おめェさん『もう頼んでる』って言ってたじゃねぇか!なんでまだ袋に入れてんだよ。」
ジャンはイタズラっ子のように笑う。
「いやぁ、『頼んで』だよ?でもまぁだ納得してないみたいでな…よし、全員揃ってんなぁ?おら、出てこいよ!」
ジャンは麻袋を蹴り上げると、中からなんと狼が飛び出してきた。
「ジャン!!おどれ何さらすんじゃい!!!……あれ?炎、陸、それに二代目?なんや…ホンマにやるんか!?嫌や言うたやろが、このボケ!」
「狼にぃ…皇帝!銀じぃ!そ、そ、そろそろ説明を…」
陸の狼狽ぶりに流石に銀も気の毒になり、口を開いた。
「あぁ、宝治からも聞いてただろ、修行のためにここに集まってもらった。鳳一家との戦いで、お前らのちからも必要になってくる…でも…」
銀は口ごもるが、狼を蹴りながらジャンが続ける。
「まぁ、お前ら弱いから、はじめっから戦力に入れても無駄死にするだけ、って考えたの!俺ちゃん頭いいぃ〜。あと、今回の修行は俺がミッチリ教えこんでやるってことよ!」
「はぁ!?それは聞いてねぇぞ!…まぁとりあえず、狼を蹴るのはそろそろ止めろ、ったく…」
銀はジャンを落ち着かせ、話を続けた。
「まぁお前らがまだまだなのは確かだ。武市は一歩抜けんでて実践経験もあって、技もある。でも炎も陸も技どころか、力を発揮できてもいねぇ。俺も勿体ねぇたぁ思ってたところよ。」
銀は半紙を壁に貼り付けた。
そこには、
『武市・狼』
『炎・辺銀』
『陸・ジャン』と書かれていた。
「ここに書いてあるのは、これから修行に入ってもらうペアが書かれている。炎、お前は今から俺と寺に行ってもらう。」
「寺やて?!酒もなんもない寺?!」
銀は炎の頭を叩いた。
「俺だって我慢すんだぞ!で、武市、お前は狼についてもらう」
ぶっきらぼうな顔で横になっていた狼は慌てて立ち上がり叫んだ。
「なんで俺がおどれに教えなあかんねん!」
「狼ぃ~、相性はお前が一番なんだよぉ?それとも、俺らの決定を断るってのか?ぉお?」
ジャンがうろたえる狼と肩を組むと、狼はちっと舌打ちし、おとなしくなった。すると武市が、
「銀さん、このペアはどういう基準で決めたんで?」
武市の言葉に銀も頷き、話始めた。
「詳しくは修行の時に話すが、お前らそれぞれ個々に技の属性があるんだ。その属性と相対する属性の者を付けた。つまり、お前らの足らない部分ってことだ。相反する者から得た力と自身の力の活性のために俺らが出張ってきたってわけだ…気が乗らねぇがな...この修行は想像を超える過酷さが待っているからな。」
ジャンは上着を脱いで、陸を指さした。
「ま、というわけで、さっそく修行開始と行こうかね」
「俺ァまだ納得してへんけどな!!」
「はぁ…どないなるんや、これ…」
「銀じい、俺身体まだ本調子ちゃうで?」
「狼さん…まさか教えをこうことになるとは…背に腹は代えられんかということか…」
こうして、戸惑いと憂いの修行が始まるのであった。
次回、第四話・参 ー武市ー
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