第四話・肆 ー光明ー
「まずは…抑え目に風を起こしてみるか…」
武市は自分の技を前ではなく、その場で留めた。しかし、風を持続させるのは生半可なことではなく、技はしゅるしゅると弱くなってしまった。
「くそ…こいつぁ大変だ…燃費が恐ろしく悪いぞ…」
『食え』
「なるほど、あれだけ狼さんが食うのも頷ける…俺に足りないのはスタミナってことだもんな……そろそろ飯を食いに行くか…」
街へ戻った武市はいつもの町中華に行き、帰りには修行しながら食べられるものをこれでもかと買い込み、また杉の木へ戻った。そんな生活をもうすでに三日は続けている。
「あとは、風を自由に動かすことができれば…」
『この木揺らすの何年かかんのかなぁ…これやったら、武器でも持ってきたほうが早いんと違うか?』
「そうだ、武器か…力では揺らせなかったからな…どうするか…あとは」
『そんな無理やり木を揺らしたって、周りになんぞ落ちてくるかわからんのに…知らんでぇ、怪我しても』
「俺にできるかどうか…いや、これだけボロボロになったんだ、やれなきゃおかしいだろ...」
何度も狼の言葉を反芻していくうちに、武市にあった不安はいつしか消え去っていた。
「俺ならできる…」
瞑想しながら、病院で放った技よりも穏やかな秋のつむじ風をイメージした。手をかざすと、イメージ通りの風が現れた。しかし徐々に大きくしていこうとして何度も試みるが、なかなかうまくいかない。
「たまには自分を犠牲にしてみんかい」
後ろから、声がした。
「狼さん…でも、これ以上、何を犠牲にすれば...」
「あ?お前、まだまだくそ甘ちゃんやのう!おどれの今の考えが『驕り』いうんじゃ!二代目って名前だけ背負ってそれだけの甘ちゃんが、生意気いうとんちがうぞ、ゴルァ!」
武市は狼の怒気にはっとした。そして、狼と初めて行った町中華のことを思い出した。
あの時の視線はすべて自分に向けられたものだったが、好意的ではなかった者ばかりだった。しかし、無我夢中で狼に追いつこうと食らいついていったときには、皆応援してくれるまでになっていた。
「すいません…犠牲…そうか!」
今にもフラフラで倒れそうな足に、武市は鞭打つようにパァン!と張った。
「自分を犠牲にしなくて、何が二代目だ!」
すると、つむじ風は自分の体に纏わりついた。しかし、つむじ風はぐいぐいと足から体へ、今度こそと思い、「よし!」と叫んだ。その瞬間、武市のあごに風がクリーンヒットしたのだ。
「ごふっ……」倒れこむ武市。
意識が飛びかけながらも、ゆっくりと立ち上がろうとした。すると、狼が一気に助け起こした。
「なんや、できたやんけ」
驚く武市に狼は声をかけた。どうして?と武市は風を見つめた。するとさっきまで制御できていなかった風が自身にしっかりとまとわりついていた。
「やった!これは全て狼さんのヒントから導き出したんですよ。」
「はぁ?俺ァヒントなんぞやってへんわい!」
狼は図星だったのか、変におどける様な態度で、近くの丸太にドカッと腰を下ろした。
「俺の言ったことから、ようわかったな」
狼は煙管を吸いながら尋ねた。
「えぇ、俺の技は『ただぶっぱなすだけ』なので、武器になるようなものが無い。つまり、『武器を作れ』ということかなと思いまして。あと、無理やりやるなって言ってましたけど、いっその事その武器で一気に揺らしてやろうと。極めつけは、さっきかけられた犠牲…フルパワーで自分にあてることです。」
「ま、そういうこっちゃ…あとは、今の風からの『やっとか!』っつう一喝のおかげちゃうか。それから、お前は力入りすぎやねん。力まず、自分の技を信じたらよかったんや。」
簡単なことだった。しかし、真面目すぎる武市には『力を抜く』ことも難しく考えていたのかもしれない。
「ほんだら、あの木も揺らせるやろ?やってみ」
体にまとった風に武市は笑いかけた。自分でも今までこんな表情をしたことがないと感じていた。木の前に立つと、今までのようなすぐに切れてしまうような緊張感はなかった。
「さて、武器はと…風か……じゃぁこんなイメージか」
力が抜けた風は、今まで以上に鋭く、しかししなやかに…自由自在のムチのようになった。
「よし、成功…文字通り、鞭打ってやってたからな…んじゃいくぜ、せーの!」
杉の木へ伸ばした鞭を周りの風を纏わせながら、グングンと伸ばしていった。一周、二周…何周巻いたか分からないが、武市は手応えを感じている。
「やっといけたか…そういや、さっきジャンの使者から連絡がきた。海洋の奴ら全滅、皆殺しされたらしい。ちなみに一緒に行ったフリーの映絵師連中もな。」
「そんな!あの人たちが!?」
あれだけ力のある者が皆殺しになるとは、と武市は驚愕した。
「ま、時間はなくなった…でもここまで来たらいけるんちゃうの?」
「そうですね…よし!いきます!」
風のムチで木を揺らそうと構えた武市の前では、すでに木が大揺れしているではないか。
「なっ…まだ何もしていないぞ」
すると奥からズン…ズン…と大きな足音がして、木の影から巨大な龍が現れた。
「なんでこんなところにおんねん!伝説の龍やないか!!」
さすがの狼もうろたえ、呆然としているようだ。
「狼さん!」
「しゃーない…倒すしかないやろ!!」
狼も、自身の持つ大筆を構え、力を貯め始めた。
武市は杉の木から外した鞭を龍の首にかけ飛び乗った。
「狼さん!!」
狼は構えながら、
「まだや!ひとまずお前が倒す手立てを探せ!やれる!」
「くそっ…やるしかないってか…」
龍の背に乗った武市は動く龍が起こす風を使い、この龍の弱点を探った。
「どこだ…弱点…龍には絶対あるはず……あった、ここだ!」
それは逆鱗…誰も触れたくない龍の逆鱗に一縷ののぞみをかけ、風のムチの先端を尖らせ、突き刺した。すると龍は苦しみ、暴れだした。
「狼さん!!今です!」
「おうよ!!犬狼絶技・武雷槍!(けんろうぜつぎ・ぶらいそう)」
風の鞭が突き刺さった逆鱗に、狼の技がヒットし、龍は力なく倒れた。
するとどうだろう。龍は、ボンっという音と共に、一枚の映絵に変わった。
「ふぅ…この印は…やはり銀さんの絵ですか。」
「あら、なんでバレてもうたんや?その通りや!今の龍は銀に無理言って書いてもろたんや」
「まさかとは思いますが、これが…」
狼はニヤリと笑った。
「お察しの通り、銀から言われとったんや。でかい敵を倒すこと、これがホンマの最終テストや!ほんで見事に合格や。お前が1人で倒さなあかんかったけど、あそこまで使いこなせてたら、もう問題ないやろ…」
「本当に狼さん、龍出てきたとき、わざとらしかったですよ、ははは」
「うっさいわい!…お前、ちゃんと笑えるやないか。」
それを聞くと武市は一気に気が抜けた。ゆっくり立ち上がって狼を見ると、今度は一気に緊張した。
「…今のお前なら、俺と楽しゅうドンパチできるやろなぁ…」
狼の表情は、それはもう満面の笑みを浮かべ、よだれを垂らしているのだ。狼は、もともと『犬族でも最強の戦闘狂』である。しかし、最近は全く鳴りを潜めていた。それは対等に戦える相手がいなかったからだ。そして今、成長した武市に可能性を見出した。
「正直龍はびっくりしました。でも俺もまだ鍛え足りないなと思ってたんですよね。」
武市も鞭をしならせながら、笑顔で狼に返す。
「そうこな!あのチキン野郎共と殺し合う前に、いっちょここで殺りあってもえぇわな!二代目猫友、武市よぉ!」
狼が大筆を構えながら突進してくる。
「なんででしょうね、私もウズウズしてしまってます…望むところですよ!まだあなたからは盗むものがありますから!」
二人は飽きるまで戦い、飽きたら飯を食らう。
その繰り返しを、一週間続けた。
武市が鳳一家との戦いに向け、一層力を付けたのは言うまでもなかった。
次回、第五話・壱 −寺院−
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