第二話・肆 ー協議ー

宝治と陸は、周辺のどの家を見ても大きい屋敷前に到着した。

「あいつ、まぁた増築しよって…」

「……猫手会、こんな建物やったっけ…」

要塞のように強固になっている屋敷には、紛れもなく『猫手会映絵師共同組合連合』の看板が掲げられている。間違いなく猫手会だ。

「…あぁ、この看板まだ使っとんのか…」

宝治が感慨にふけっていると、横から2人組の男が現れて近づいてきた。

「おい、てめぇら!!猫手会になんの用だ!」

「ことと次第によっちゃぁぶっ殺すぞ!」

と、猫手会の組員に脅しかけられた宝治と陸。

「なんや、お前らわしらんこと知らんのかいな」

宝治が凄むが、2人組は吹き出した

「おめぇみてぇな時代遅れな格好したじじいも、ひょろいガキンチョも知らねぇなぁ!」

「てめぇらみてぇな、どこぞの犬っころの来るところじゃねえっつの!」

2人組の完全な因縁付けの最中、目の前の重そうな門が開いた。中から、幹部である虎が現れた。


「おやおや、いらっしゃったんですねぇ。」

「…おぉ、なんや、お前かいな。えらい老けたのぅ。」

幹部である虎と対等にやり取りをしているのを見て、2人組は目を丸くしていた。

「虎様、そいつら一体…」

2人組の言葉に、目を鋭くする虎。

「そいつらぁ?あなた方、本当に無知で無教養な輩ですねぇ…こちらはD-HANDS FACTORYの初代犬剣・宝治様と、そのご子息の陸様ですよ?」

2人組はそれを聞くと、腰を抜かしてしまった。

「何か粗相がございましたかな?」

「いやぁ、なんもあれへん。ピーチクパーチクうるさいのうと思ってたくらいや…ま、わしゃ時代遅れのじじい、やさかいのぅ!」

腰を抜かして、慌てふためいている様の2人組を一瞥し、虎の先導で館へ入っていった。


「あ、そうだ…三毛や…あら、三毛やぁ?」

虎が声をかけると、木の上からすっと降りてきた。「お呼びですかぁ、虎さまぁ?」

なんとも間延びした声の幼い猫族が現れた。

「三毛君、先ほどのやり取り、見ておりましたね?あの隊員に『注意』をしておきなさい。」

「はぁい、わぁかりましたぁ~…」

三毛はまた再びすっと消えた。


「ささ、宝治様、陸様。こちらへ」

邸内に案内されると、猫手会の職人が宝治と陸の通ろうとする通路の壁にひしめき合っていた。

もちろん、歓迎されているムードではない。

「誹謗中傷」「殺人犯」「犯罪者集団」とレッテルを貼られる原因となった者が来ているのだから。


「では、こちらです。弾様、入りますよ。」

障子を開けると、奥の席には、猫手会の長・初代猫友である弾、すぐ横には二代目猫友である武市。幹部の鉤尾、虎も同席した。

「虎様ぁ、お待たせしましたぁ。さ、皆さん冷たいお茶でもどうぞぉ」と、先ほど見た三毛が現れた。

「にゃふふ、一応私の側近であるので、同席をお許しください。」

「それはかめへん…あー、まず、猫手会の皆様におかれましては…二代目はん、何をしとんねん、おどれ」

宝治の眼前には、先ほどまで奥にいた武市が刀を突き付けていた。

「能書きはいいんだ…てめぇ、どの面下げてここに来やがった。うちを舐めてんだろ。」

宝治は受けられた刀に恐れることも無く、背筋を伸ばして座っている。

「なんのこっちゃわからしまへんなぁ…弾ぁ、お前のしつけはどないなっとんじゃ」

宝治は、武市の目を睨みつけながら、奥に座る弾に言葉を投げかけた。

「やめとけ、武市…座れ」

武市は舌打ちしながら刀をしまい、また弾の隣に座る。


「気ぃ取り直しまして…えー、今日出向いたんはほかでもない。うちの酒飲みバカ息子の騒動でえらい迷惑をかけた。そのお詫びに来た次第や。この通り、申し訳ない。で、いろいろうちでも調べてみたんやが…どうも、うちのせがれ、クスリを飲まされたみたいなんや」


ここまでいうと弾は

「まず、謝意は受け取ろう。俺とお前の仲だ。ただ今の話は聞き捨てならねぇなぁ。クスリだぁ?知らねぇよ、うちはそんなもん扱うわけねぇだろ。そんなもん!うちはな、やくざもんとは違ぇ……っ!…ゲホッ!ゲホッ!」

何かに気が付いた弾だったが、体が弱っているせいかせき込んでしまった。

「親父!ほれ、薬や…」武市が薬袋から薄い水色の粉薬を渡した。

「…はぁ…すまん。で、そのクスリってのは...」

宝治は足を崩すと、大きなため息をついた。

「『ミミズ』…ここまで言えば分かるやろ?やくざもんの物や…つまりは…お前も心当たりあるやろ」

「あぁ…奴らしかおるめぇ…」

幹部連中もここまで言えばお察しなのか、みな一様に暗い表情を浮かべた。ただ1人を除いて。


呟焼町のやくざ者、いや元やくざ者といえば、鳳一家という集団がいたことは銀に聞いていた。

もともとは鳳 鴉(おおとりからす)とお鶴(おつる)が町の商業を取り締まる役目を担っていた。大柄な2人から、小柄な鶯が産まれ一変した。鶯が産まれるまで忠実に鴉の命令を聞き、平和な町を築こうとしていた部下が、粗暴になり、暴力にものを言わせたただの荒くれ者集団になってしまった。そこには鶯のある噂があった……


「やはり、鴉さんが死んで、跡目が鶯ってのが良くなかったんだろうなぁ…」

鉤尾が虎に言う。

「えぇ…彼もいろいろ思う所があったのだと思いますがねぇ……」

お茶をすすりながら、虎も応える。

「でもよ、鳥族もこの街にはいっぱいいる。今更仲良くやってる所を鳳一家が?山奥に流されてんじゃねぇか」

数十年前の『最悪の災厄』後、鳳一家は真風山の麓へ強制的に移住させられていったのだ。

「まぁ確かに鶯の野郎がブイブイ言わせてた時代しか知らんしなぁ……」

「ひとまず、鳳一家について、うちらでも調べてみる…ぐっ」

弾が頭を押さえて蹲ってしまった。すぐに武市が水を持ってきて、息を整えた。

「すまねぇな…はぁ…もうあんまり俺も時間がなぁ…一応この話は俺の代で止めてぇ…こいつにゃ平和な時代を…」


「お邪魔するのネ」

障子が開くと、そこには今話に出ていた鳳一家の家長・鶯が現れたのだ。


「おや?アタシの名前が聞こえた気が?いやいや、何があったら知らないけどネ。殺気立っておりますネぇ…」

不敵な笑みを浮かべながら、どかりと胡座をかいた。

「何しにきたんや、鳳の…」

弾は苦しみながらも鶯を睨みつける。

「あらら?何やら体調がすぐれない様子ですネ」

慇懃無礼な態度に宝治も苛立ちを隠せていなかった。

「せやから、何しにきたんか言え!」

「おやおや、怖い怖い...いえネ、今日は些か厄介な問題がありましてネ…例の場所について」


先程の話から空気が一変した。明らかに宝治と弾の顔色が変わったのだ、先程よりも更に殺気立ったように感じるほどに。

「鳳の……何があった」

「封印が弱まっておりまして、お力を貸して頂きたいのです。」

武市も陸も何の話なのか分からずたまらず

「「親父、例の場所って?」」

と、被ってしまった。思わず陸と武市は眉を顰めて見合ってしまった。


「おやぁ?例の場所…お話してないんですネ?」「あれは俺らの代の問題だからな」

宝治も弾も考えこんでしまった。

「ならばこうしましょう、どうも弾さんも調子が悪そうですからネ。体調が良くなるまで待って、関わりのある方で見に来ちゃもらえませんか?」

そうだな、と宝治も弾も答える他なかった。

「それやったら俺も!」

という陸を制して、

「いや、お前らはひとまずさっきの話を調べといてくれ」

と、鳳一家の調査に行くよう命じた。


「流石に親父もこんな調子だから、俺がついていかねぇと」

「いや、こうなったらあいつらも招集してんだろ、何とかなるだろ、大丈夫だ...今日はもういいだろ、ちぃと具合がわりぃや...」

弾も武市を下がらせた。

「皆にはえらい迷惑かけて、すまんかったな...それを言いたかったというのは本心や。じゃあまた後日。」

宝治は鶯を一度睨み、外にいる若い衆へ頭を下げた。

「お、親父…」

「ええからお前も頭下げとけ…」

陸も頭を下げ、猫手会を後にした。



「ならば私から辺銀と奴めには連絡を入れておきます。」

「あぁ…頼まぁ…俺ぁちょっと寝る…」

虎は猫手会が始まる前からの付きあいであら銀と、ある男に連絡を取ることとなった。


「なぁ、親父…」

「あ?どないした」

「あ、いや、やっぱえぇわ」

「なんやねん…帰るで」

外に出た陸は街の匂いとは違う、何か変な匂いを感じた。先程の弾の飲んだ薬と似たような匂い…どうも鶯のほうからも匂うようだった。しかし、弾が飲んだ薬と同じかとも思ったが、あまり病院にかからない陸は市販薬かもしれないと思い、何も言わなかった。


帰路についた時、陸はもう一度問うた。

「例の場所って何や、教えてくれよ」

宝治は答えないままだった。しかし、しつこく聞く陸に宝治は、

「せやから、お前らは何も知らんでええんや!お前らは未来を見とけ、過去の遺物は俺らがなんとかするから、大丈夫や」

「ほんまかぁ?なんかスッキリせぇへんわ」

「わしらもまだやれるってとこを見せたるわい」

ははは、と二人は笑いあった。


三日後、宝治、弾、辺銀は行方不明となった。



次回、第三話・壱 ー山道ー

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