第二話・参 ー心酒ー

足取り重く病院から外へでた陸。するとはらはらと雨が降ってきた。空を見上げ、強くなってくる雨に身を委ねた。

「今の俺は...炎を消してしまった雨水ってことか...」傘もささず、歩き始めた。


「おかえりなさ……陸さん!?どないしたんです、びしょ濡れやないですか!すぐ、風呂準備しますから!」使用人は雨ざらしの陸に驚いた。

「いや、いらん…1人にしてくれ…」

陸は濡れたまま部屋へ向かった。濡れた服を脱ぎ、横になった看病疲れや、目覚めた炎のこと、色んなことが頭に巡っていた。するとそこへノックする音が聞こえた

「よう、陸坊、入るぜ」

「銀じぃ?」ドアが開くと、銀が酒を持って訪ねてきた。

「今は1人にしてくれや、銀じぃ…」

「まあまあそういうな、炎坊も意識が戻ったそうじゃねぇか、宝治から聞いた。まぁ…ほかにも色々話は聞いた、一旦切り替えろ、な」

あまり酒を飲まない陸だが、銀は「これは飲みやすいぜ」とハイボールを作り、差し出した。


「で、濡れ鼠になってまで帰ってきた男は、一体何を悩んでるんで?」銀はいきなり核心をついた。「宝治も悩んでた、医者から炎の体は良くても下半身不随、これで心が折れたら二度と起き上がることもできんだろうと言われてもいるみてぇでな」

「……さよか...」

と力なく答えた。

「奴もよ、今は1人にしてくれって言って、お前みたいにしょげてる……ふっ、親子だな」

銀はキンキンに冷えた小瓶の冷酒をぐいっと飲み、昔のことを話し始めた。


「少しだけ昔のことを話してやる。あんまり詳しいことは言えんが、俺と宝治、猫手会の弾。それと、お前らの兄弟子、いや兄貴って言っていいか、狼だ。俺らは昔つるんでてな……お前も聞いてるだろ、【最悪の災厄】…」

それは陸も聞き及んでいた。


……『最悪の災厄』……


数十年前、炎も陸も産まれるずっと前、この呟焼町がある男達に壊滅寸前まで破壊し尽くされた事件があった。それをおさめて、復興に尽力したのが宝治を含めた五人おり、町では英雄として語られている。

「銀じぃも、英雄の1人だったんか…ただの昔馴染みやとばかり」

「なぁに、俺は…俺は贖罪のつもりで手伝っただけだ…」

はぁ、とため息をつき、残っていた酒をあおった

「え、なんで贖罪…?」

銀はキセルに火をつけた。深く吸い、ゆっくり煙を吐き出した。

「その時、暴れ回ってたのは、今この街には居ねぇならず者衆『鳳一家』だ。俺ぁ、事件の直前まで、そこにいたんだ…」

「鳳一家ってあの山賊?!」

「あぁ、でもあの時はまだどこにでもいる街のヤクザだったんだ。」銀は寂しそうに笑う。


「まぁ俺も深くは聞かねぇけどよ。悩んでる中に、正解は絶対ある。宝治とも、炎とも、落ち着いたらちゃんと話してみろ。俺はどうなっても、お前らを応援してやるからよ。」

立ち上がると、陸の肩に手を置いて、部屋から去っていった。

「銀じぃ…」

陸は泣いた。


炎が見つかったとき、意識が戻った時、それともまた違う、自分にやれること、できることが見つかった。

やっと炎の影から隣に並べるこもしれない、という涙だった。

その日、銀が帰った後も飲み慣れない酒を煽り、炎の気持ちを味わっていた。

「炎兄ぃはほんまにこんなもんばっかり飲んで…」と、グラスを傾けた。


その時、ふと考えた。

炎は一体どこに飲みにいき、どこで襲撃されたのか…。

「炎兄ぃが見つかったのって、鉄の飲み屋に行く通りちゃうよな……」

スっと立ち上がると、部屋の前にある職人休憩所に残ってる職人に声をかけた。そこにいたのは、先程鉄の調査隊にいた、町人にイライラをぶつけてしまった男だった。


「なんすか、陸さん…仮眠とらなあきまへんねん。」

「あぁ、悪い…いやな、今日鉄と回ってたんやろ?なんか分かったんかなと思うてな?」

あぁ、と「昼に犬剣様に報告しましたけどね」と前置きして話し始めた。


「炎さんが見つかった通りは大体の行きつけからは離れとって、裏通りから1本抜けて大通りに出た店の周りでして。夕方、炎さんを見たって目撃者がいまして、その時にはやってなかったんですが、どうも居酒屋の前に居たみたいで、なんて店だったかなぁ……」

「いや、そこまでわかればあとは調べて見るわ、ありがとうな」職人は、うっすというと、仮眠部屋に入っていった。


「勝手知ったる店を避けた……と見た方がえぇのかな……」

と、徐に自分のスマホで大通りの居酒屋について調べた

「呟焼一丁目…大通周辺…居酒屋………呑み処海と天…新規オープン……居酒屋のんだくれ……ふっ、炎兄ぃにぴったりやなぁ……」

スマホから目を外すと、ウイスキーグラスにまだ少し残っていた。

「………なんかひっかかるなぁ……ん、さすがに目ぇ回ってきたか……寝よ。全ては明日や……」

氷が溶けたグラスを空にし、横になった。


その日見た夢は、桜の木の下を炎と歩いている夢だった。


夜も開けぬうち、芝はどこかへ連絡を取っていた。

「わしや…うちのボンクラ、目ぇ覚ましよった。よくて下半身不随…なぁ、わしゃここまでせぇとは言うちょらんぞ…何?わしはクスリなんぞ…」



次の日、陸は軽い二日酔いに見舞われた。しかし、意を決し、宝治のいる大広間へ向かった。そこには、D-HANDSの役員連中がそろっていた。

「ん、陸ぼっちゃん、おはようさんです。どないしはりました?」

芝が声をかけた。

「あれ、芝さん…親父は?」

「えぇえぇ、今しがた猫手へ行くと出ていかれましたよ…」

はははと陸は小さくわらった。

「なんや考えることまで一緒かいな…」

玄関へと走りだした陸、まだ玄関には宝治の姿があった。

「親父!」

「あ?どないしたんや、陸」

屋敷の中を走っていたから、少し息は上がる。炎より体力は劣る。しかし、立ち止まった宝治に力強く伝えた。


「親父、今から俺も武市さんとこ連れてってくれ!」

陸は動き出そうとしていた


─────次回、第二話・肆 -協議-

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