第二話・弐 ー渇望ー

遠雷の方向、呟焼町の郊外にある「真風山」(しんぷうさん)。

登山が楽しめる観光地として、人気のスポットである。

しかしこの山、別名がある。


「魔封山」(まふうやま)


10年前に呟焼町で起こった暴動事件、【最悪の災厄】で暴れまわった者が封印されているというのだ。真風転じて魔封…そして、山の反対側に鳥族の集落がある。ここは犬族のD-HANDS FACTORY、猫族の猫手会と並ぶ勢力がいる。その名も


『鳳一家』


「野郎ども!ついにこのときがきたぁ!!」

鶏冠をギンギンに立て、檀上で叫んでいる男が、鳳一家の幹部・闘鶏(しゃも)。

「今こそ、鳳一家がこの世界の天下を取るんじゃぁ!」

おぉぉ!と雄たけびを上げる鳥族。


「闘鶏、いったん落ち着かないかネ?今から興奮してたらネ?疲れちゃうネ?」

薄緑色の着物を身にまとった小柄な男が奥の扉からでてきた。

「お、親方!」

そう、この男、鳳一家の総代、鳳 鶯(おおとりうぐいす)なのである。


「皆の者、ご苦労であるネ。この鳳一家も、皆がいてこそ…しかし、今現在の鳥族は実に情けないネ…」

鶯はソファにドカッと腰を下ろすと、言葉を続ける。

「この中に、今の生活をよしとする者はおるかネ?」

あたりを見回すと、ちらほら手を挙げ、

「昔と違い、安定して仕事を頂けて、嫁も子供も飯が食えてますから、ありがたいと思っております。」若手の組員がいう。

「街にいた頃よりのびのび出来とりますわい、親方様には感謝ですじゃ。」昔から仕えている老人がいう。

俺も俺もと口々に、鶯への感謝の言葉を述べていた。


「そうかそうか…それはよかったネ…木慈」

奥から派手なコートを着た、長身で細身の男…もう1人の幹部・木慈(きじ)が現れた。鳥の雉の尾のような飾りを腕につけ、ヨーヨーのように手で遊ばせている。集まった組員を一瞥し、鶯に尋ねた。

「どうなさいましたか、親方様」

「うん、今の生活をよしとしてる者が結構いるのよネ。ちょっとそいつら、殺してよネ」

一同が更にザワつく。


しかし…

「うるっせぇんだよ!ガヤガヤガヤガヤ!!何が安定だ!何が今となってはこの生活がいいだ、馬鹿野郎ども!!」

と、さっきまでの温厚な表情から一変し、鬼の形相と化した鶯。

「この生活になったのは誰のせいだ…あの野郎共のせいだろ?!なぁに甘んじて受け入れてんだ!俺たちは鳥族だ、獲物があれば掻っ攫う、安定しておまんま食えて幸せ~なんて甘いやつはこの鳳一家にはいらねぇんだよ!!粛清だ、粛清!!」

大広間はしぃんと静まり返った。そして、何かを察した組員が突然立ち上がり、出口に向かい走り出した。

「いけ」

木慈、闘鶏へ顎で合図すると、逃げ出そうとする者を片っ端から惨殺していった。


数分後、大広間はたちまち血の海となった。

「親方ぁ、いいんか、こんなぶっつぶしちまって」

まだ息のある者の首を折りながら闘鶏が聞く。

「イイネ…まだまだ兵隊はいっぱいいるネ」

「闘鶏、お前は殺し方が荒すぎます。片づける方のことも考えていただきたい。」

首と胴体に切り分けられた死体を俵のように積み上がった横で、木慈は手を死体の服で拭いながら、闘鶏へ注意していた。

「おい、木慈?テメェ何匹殺した?」

「ざっと49でしょうか…」

「勝った!51!」

「どうでもいいです」

などと、子供のようにはしゃいでいる。


「お、おお、親父ぃ...終わったぁ...?」

扉がゆっくりと開くと、そこには鶯と同じくらいの小柄な男が恐る恐る部屋を覗いていた。

「おい坊、おめぇまぁだ血ぃ見るん苦手なんか?」

長身で岩みたいなごつい身体の闘鶏は地べたを這いつくばるように、『坊』と呼ぶ小柄な男に目線を併せた。


「ひぃ!ち、近いよ...え?血?......おえっ」

「あぁあぁ...燕様、少々入ってくるのが早かったようですね...はい、桶ですよ」

盛大に桶にぶちまけた、燕、と呼ばれた男。そう、この男はたった今大量虐殺を指揮した鳳 鶯の一人息子である。彼らと違い、気弱で人一倍血を見るのが苦手なのだ。

「ほんとにもう、燕ったらネ。まだ入っていいよって合図してなかったのネ」

「ごめんなさい、父上。でも情報が入ったんです、アレを壊せる男がいるって。」

燕はタブレットを鶯に見せた。すると鶯のつぶらな目が見開いた。

「それは本当かネ、燕!優秀な奴がいたのかネ!」

燕はタブレット端末で情報を確認した。

「はい、父上。こいつです。名は『広橋 鋼(ひろはしこう)』という男ですね。」

燕が広橋と名を告げると、鶯や闘鶏、木慈までもが驚きの表情を浮かべていた。


「おい、坊よぉ、今広橋って言ったか?」

「坊ちゃん、それは誠ですか?」

「燕、冗談はやめるネ。広橋鋼はもう…」

3人の声がここでそろってしまう。


「「「死んでいるんだ」」」


まったく、という表情に変わった3人に、燕がニヤリと笑い告げる。

「知ってますよ…うぷふっ…皆さん…話はここから。確かに広橋鋼という男は死んでいる…だから優秀な人材を探したんですがね…実はその広橋の死体、今手元にあるんですよ!ぶへへ、生き返らせる手立てがありまぁす!」

そういうと、燕は袖口から『青い粉末』の入った包みを取り出した。燕はいやらしくニヤリと笑い始めた。

「僕ぅ、屋敷にラボ持ってるじゃないですかぁ。そこで、『もっと効くやつを』って改良していたんですが…注文が多いんですよ、あの人も…おほん、なんと!細胞の活性化を促す物がですね、奇跡的に含まれてまして…死んだマウスを使って検証したんですがね…生き返ったんですよ!マウスが!」

燕はこれまでと違う、ギラギラとした目で、青い粉末【ミミズ】を眺めていた。今、映絵町内で増加傾向にある薬物依存。その際たるが、この【ミミズ】である。

「では、それを使えば…」

「くふふふ…早速、実験してもよろしいでしょうか、お父様ぁ!」

気弱な性格はどこへやら、稀代のマッドサイエンティストがこの燕という男である。


ーーーところ変わって、再び病院。


いまだ意識が戻らぬ炎の横で、ずっと付きっ切りの陸。父の言葉が頭から離れず、考えても考えても結論が出せずにいた。

「まだ炎にぃは生きてる...意識が戻ったら、絶対二代目としてがんばってくれるんや...それを一生サポートするのが俺の務めや...それが俺ら兄弟の夢やってん...」

すると静かな病室の空気をつんざくような、ぐぅぅという腹の音。

え?と陸が顔を上げると、そこには目を開いた炎がいた。


「炎にぃ!炎にぃ!!」

突然の陸の声に

「うるっさいのぉ...なんやしょぼくれよって...腹減ったわ」

と悪態をつく炎。

「何が腹へったや!!当たり前や!!炎にぃ、自分がどないなったんかわかれへんのか!」

涙を流しながら笑う陸に、炎は深くため息をついた。

「ホンマにすまん…わかっとる…今自覚した。」

「ほんま何考えてんねん…もうちょい二代目としての自覚を…」

炎は陸に笑顔を見せ…涙した。


「どないしたんや、どっか痛い…」

「ごめんな、陸...俺...体動かせへんわ。」


そういうと、炎はすべての思いがあふれ出し、とめどなく涙を流した。

「…俺が不用意に出歩いたばっかりに…命狙われる立場やのに、自覚もなく……こんな男が二代目なんて…」

陸は力の入っていない炎の手を取り、

「炎にぃは悪ぅない……今犯人探しとる……あ、せや、炎にぃ!二代目として犯人探しの号令かけてやれよ!」陸は動けない炎を起こそうとした。


「………れ」

「え?炎にぃ?ほら、なに?」

「一人にしてくれ…」

陸は、炎のあまりにも気弱な姿に、陸は肩を落とした。炎は笑顔だが、何処と無く寂しい表情で、

「すまん……今日は、帰ってくれ……」

「………うん……」

今は炎も自身の体が動かず、動揺で不安定になってしまっているのだろう。しかし初めて炎は、どんなことがあろうと陸に『強い兄貴』を見せていたが、今回ばかりはできなかった。

陸は力なく病室のドアを開け、出て行ったのであった。


ーーーーー次回 第二話・参 -心酒-

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